25 約束(ドリス視点)

 初めて東の最果てに辿り着いた時、ルーツが判断ミスをしてしまった。次の繰り返しの時には、紆余曲折あってルーツの心境に変化があったらしく、アンデッド・ドラゴンに単身で挑むことはせず、私たちは全員で戦った。


 しかし、どこかに潜んでいたもう一体のアンデッドにウィルが刺された。明らかに致命傷だった。マヤはウィルを抱き締め、動けないでいた。ドラゴンに後ろから狙われているのに気づきもせず……。


 敗北を悟った私は魔女の秘法ジルヴァディニドを発動させ、再び世界を巻き戻した。また、やり直しだ……。


 私は甘いのだろうか。マヤが死んだ後でもあの巨城の先に何があるのか確認するべきなのだろうか。しかし、やはり私にはそんな決断は下せない。マヤの死を受け入れたくはない。例え巻き戻せるとしても。


 戻った先は、既にルーツと出会った後だった。ルーツを連れてセンクタウンまでやって来た直後だ。巻き戻せる時間が段々と後ろになってきていて、何かを変える余裕はどんどんと失われている。


「はぁ……」

 ため息は止まらなかった。


 前と同じように、ルーツにウィルの指導をお願いする。もうどうなるかは分かっているからルーツでなくても良いのだろうけれど、ウィルにとっても新しく出会った人から指導される方が伸びやすいだろうから、引き続きルーツにお願いするのが良いのだと思う。


 その次は、アンデッド・ドラゴン起因の避難作戦までに何か新しい武器を探す。もうそこぐらいにしか時間の余裕がない。前回調査した石人形のいる神殿は無駄足だったから、今度は別の情報を元にし、ある古代遺跡の洞窟に行くことにした。


「何を調べているんだ、ドリス?」

「ルーツ?」

 ふと情報をまとめていたらルーツに話しかけられた。元々、補助をお願いしたかったからちょうど良い。


「古の武具を探す実地研修の補助……?」

「ええ。私一人だとなかなか難しいから、お願いできないかと思って」

「前にも……、こんなこと……、なかったか?」

「え?」

「妙に既視感を感じるんだよ、その提案……」

「少なくとも、一緒に実地研修に行くのは初めてのはずだけれど……」

「そう……だよな! すまない、変なことを聞いて」

「う……、ううん、気にしないで!」


 正直、驚いた。私や使い魔ゾリー以外の者でも、以前に起こった事を覚えている可能性もあるのだろうか。けれど、確認はしてはいけないだろう。魔女の秘法、ジルヴァディニドによる時間移動を誰かに言ってしまえば、二度と発動できなくなるという制約がある以上、危険すぎる。



    ◇



 私とルーツは古代遺跡に向かった。以前と同じ様にルーツが探知魔法を使い、魔物との戦闘は極力避けて進んでいく。そして、最奥には古代の機械人形が最後の扉の前に停止していた。


 八本足のクモのような形状をしており、私たちが近づくと一つだけある目のような場所が青く輝いた。


「古代の魔導具ね! ここを守ってるんだわ」

「ドリス、気をつけて!」

 ルーツがそう言った瞬間、機械人形が火魔法を撃ってきた。ウィルの魔導具と同じ様な原理なのか、即時発動して襲ってくる。


「くっ!」

 私は風魔法による高速ステップで何とかそれを避けた。直撃した柱が壊れる様を見るに、前回戦った石人形より強敵な気がする。


「はぁっ!」

 ルーツが右手の杖と左手から複数属性魔法を連打する。しかし、機械人形はかなり防御に優れているようで、ダメージは大きくないようだ。ここまで強い相手だと、ルーツが以前のように戦いに飲まれてしまうのではないか、私はそれが急に怖くなった。


「ルーツ!」

 私はルーツの名前を叫んだ。ルーツはフェイントを駆けてバックステップしてくると、私の隣に立った。


「心配するなドリス! もう自分を疎かにするような真似はしないよ」

「えっ!?」

 ルーツの言葉に驚く。ルーツは横にステップすると、私も慌ててステップした。その場所を機械人形の攻撃が襲っていた。


 それにしても……。


 今回、ルーツは一度も戦いに飲まれてはいないはずだ。なのに、『もう自分を疎かにはしない』と言った。やはり、ルーツには前の記憶がある……?


 だとしたら、これからはそれを踏まえた上で死界に突入できるのではないか。私以外にも繰り返しの記憶があるなら、あるいは……。



    ◇



 結局、機械人形を倒すのはルーツに頼り切りだった。私のまだまだな魔力では攻撃が通らなかったのだ。死界以外にもこんな強敵がいるなんて、この世界は本当に謎が多い。


 扉の先からは、自動魔導具が多数見つかった。古代の魔法を発動できる代物のようだ。


「これは、ウィルに渡せば面白いことを考えるかもしれないな」

「本当ね! 今度は良さそうな物が見つかったわ!」

、ね」

「え!? い、いやごめん、何でもないわ! 忘れて!」

「ふぅ、まあいいよ。忘れる」

「あ、ありがと……」


 危ない、余計な言葉を使ってしまった。追求されるのが怖かったが、ルーツは流してくれた。強いだけではない、こういうところがルーツは本当に頼りになる人だと思う。


 魔導具を持ち帰ると、早速ウィルに渡した。ウィルはマヤと共にうきうきとした様子で魔導スーツへの組み込みを始めた。


「はぁ……」

 この時期のマヤとウィルは平和だ。こうやっていつまでも仲良くしてくれていたら良いのに……。



    ◇



 アンデッド・ドラゴンに起因する死界の急拡大からの避難作戦を終え、私たちはセンクタウンに戻ってきた。


 ウィルが魔導具セットに組み込んだ古代の兵器は、ドラゴンとの戦いでも有効に作用したし、前回よりさらに楽に避難作戦を終えられたと思う。だから、私は少し浮かれていた。今回こそは東の最果てを最後まで踏破できるのではないかと。


 しかし、私は今回初めて、マヤとベルビントの過ちの現場を自分で見てしまった。宿から出てきたところだ。マヤは変装しているが、長い付き合いの私が見間違うわけはない。


 その時、私の中で何かが崩れてしまった。私はズカズカとマヤに歩み寄り、胸ぐらを掴んだ。


「マヤ! いい加減にしてよ!!」

「ド、ドリス!? 何でここに……!!」

「そうやって! ウィルに申し訳ないと思わないの!!」

「……し、知ってたの??」

「皆で協力しなきゃいけない時なのに! どうしてそうやって輪を乱そうとするのよ!!」

 道端だというのに私はそのまま泣き出してしまった。マヤの胸ぐらを掴んだままマヤの胸に頭を押し付けて慟哭した。


 もう駄目だ、疲れた。私はマヤを助けたいのに、マヤは恩人なのに、けれど、マヤが毎回起こすこの騒ぎで皆が傷つくのはもう沢山だ。


「ドリス、落ち着いてくれ……」

「あんたは黙ってろ!!」

 嗚咽が止まらないまま私はベルビントに呪詛を吐き返した。何も聞きたくない! こいつの言葉なんか……!!


 あまりに大声で騒いでしまったので人が集まってきて、ルーツもデルロイもウィルも来てしまったし、ウィルはその場でマヤの不貞を知ってしまった。


 デルロイが引き受けてくれるということで、ウィル、マヤ、ベルビントを連れていった。ウィルとマヤは顔が真っ青だった。


 泣いたままの私にはルーツが付き添ってくれた。


「ほら」

「ありがと……」

 まだしゃくりあげている私に、ルーツは飲み物を持ってきた。そして、私は落ち着くまで静かに寄り添っていてくれた。


「ドリスは、あの三人の関係、気づいてたのか?」

「……うん」

 さっき現場を目撃しただけで急にこんなに取り乱すのは不自然だし、元々知ってたと返答しておくべきだろう。私は肯定を返した。


「何でなんだろう。マヤとウィルは愛し合っている。私には分かる。どうしてこうなっちゃうんだろう」

「……この件、俺は答えを言えない。けれど、マヤとウィルの心は本物だと思うよ」

「ルーツもそう思ってるんだ」

「まあそれは。あの二人の本質を見れば分かる」

「へぇ、言うじゃない」

 ルーツは前も同じ意見だった。私みたいに繰り返す世界でこの後のマヤとウィルを見てきたわけではないのに。男性としては不快な行動だろうに、私と同じようにマヤとウィルを肯定してくれるのは本当に嬉しい。


「ドリス、君は他にも抱え込んでいるだろう?」

「え……?」

「手に余るのなら、助けを求めるべきだ」

「……」

「制約があって、言えないということだったりしないか?」

「……どうしてそう、いちいち鋭いの?」

 ルーツは私の裏側にも迫っていたようだ。それを聞いた私は再び泣き出した。


 何度繰り返しても、ルーツのような強い人が加わっても上手くいかず、マヤとウィルの問題が繰り返されて、私は疲弊し続けていたのだと思う。もしかすると今すぐに全てを打ち明けて、助けてと言ってしまっても良いのだろうか。今回を最後の戦いとしてしまっても……。


 ……いや、そういうわけにはいかない。やはり、東の最果てに何があるのか、それは可能な限り確かめる必要があるはずだ。例え途中でマヤが死んでしまったとしても、先を見なければならないのかもしれない。私たちに必要な全てを知るために。


 だから私は、今ルーツに助けを求めるのをやめた。


「その時が来たら、きっとルーツに助けてって言うわ」

「そうか、分かった。必ず答える。約束だ」

「ありがとう。うん、約束よ……」

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