20 東の転移陣(マヤ視点)

 大聖堂に移動する日が来た。


 大転移魔法陣に飛び込む班分けも、連携の訓練はここしばらくずっと繰り返してきたから、恐らくいつものメンバーになるだろう。すなわち、私とドリス、ウィル、デルロイ、ルーツの五人だ。他にも連携訓練をしたクラスメイトはいたが、志願はしなかった。無理もない話だと思う。


 朝起きてからのルーチンをこなす間も、私は緊張を隠せなかった。アンデッド・ドラゴン以来の実戦だし、今回は攻撃に出るのだから。


 荷物を持って部屋を出る。階段を降りて建物の出入口から出ると、そこには思わぬ人物がいた。


「やあ、マヤ」

「……ベルビント」


 ここ最近会っていなかったし、会ってはいけなかった相手だ。ウィルはまだ私を許していない。ベルビントと一緒にいるところを誰かに見られるだけでも怖い。朝早かったから周囲には誰もいないようだけれど。


「完全に回復するまでは君とは会わないつもりだったけど、大事な日だからさ」

「そう……」

 早くこの男から離れなければ。相づちだけ打って早く去ろうと思い、私はベルビントの横を通り過ぎた。


「マヤ」

「っ……!?」

 ベルビントが私の右肩に触れた。


 これだ……。いやらしさを感じさせないこの優しい触り方。こういうのが巡り巡って、あの自分が自分でなくなるような快楽に溺れる夜に繋がるのだ。それを思い出してはいけない。そうしてしまうのが怖い。早く振り払わないと……!


「君ならきっと大丈夫。無事に帰ってきて」

「あ……」

 いつの間にか後ろから抱き締められていた。ふわっと包み込まれるような感覚。感じていた恐れが消えていくようだった。


「ぐ……!?」

 本当にダメだ! 流されたら、今度こそ本当にウィルに捨てられてしまう!!


 私は歯を食いしばりながら、ベルビントを突き飛ばそうとした。しかし、その前にベルビントから手を離した。


「気をつけてね。僕は待っているから」

 ベルビントが声を発した。


 拒絶する機会を奪われてしまった……。本当にタイミングが良い。せめてもの抵抗として、私は後ろを振り向かずに歩き始めた。


「……」

 ウィルがこのぐらい……、ううん、だったら良かったのに……。


 私は自分勝手な願望を抱いた。朝から感じていた緊張が解けてしまっていたことに、私は気づいていなかった。



    ◇



 大聖堂は、死界討滅軍を受け入れる準備が整っていた。一般の僧侶たちは避難した後でもぬけの殻となっており、彼らが使っていた部屋が作戦の参加者に与えられた。私はドリスと同室だ。食堂でウィル、デルロイ、ルーツと落ち合い、五人で昼食を取った。


「ちっ、落ち着かねーな」

「あんたでも緊張するのね」

「デルロイだけじゃないよ。そりゃ緊張するさ」

 ウィルはそう言うと辺りを見渡した。共に食堂で昼食を取っている参加者たちから緊張感が伝わってくる。


 これまで世界を苦しめてきた死界の本拠地に乗り込むというのだ。緊張しないわけはなかった。避難作戦の時は冷静な判断で私たちを導いてくれたドリスも随分と緊張している様子だ。しかし、ルーツだけは異様に落ち着いていた。


「ルーツ、随分と落ち着いているわね?」

「え? いや、そんなことはないさ。俺だって緊張くらいはするよ」

 ルーツはそう言うが、本当にどっしりと構えている。そういえば避難作戦の時もそうだった。強いのは知っていたが、実戦経験も豊富なのだと思わされる。西方で魔物退治でもしていたのだろうか。


 すると、大聖堂の鐘がなった。それは合図でもある。これから大転移魔法陣を起動させ、第一陣が乗り込むことになっている。


「……」

「行く……、か」

「ええ、そうね……」

 第一陣のグループが静かに立ち上がった。私たちも大転移魔法陣の発動を見届けることにした。


 大転移魔法陣の発動場所である地下に移動すると、第一陣だけでなく多くの参加者が見届けに来ていた。


「これより、大転移魔法陣を発動する」

 司教の合図と共に発動担当の僧侶たちが呪文を唱え始める。しばらくすると、地面に書かれた魔法陣が輝き出し、青い異空間が出現した。


「成功だ」

 大司教のその言葉に、私たちは拍手をした。まず、これが成功しなければ話にならなかったし、上手くいって良かったと思う。


「じゃ、行こうぜ」

「ええ、そうね」

 第一陣の七人編成のグループが魔法陣上に出現した異空間に入っていった。


 見届けると、私たちは一度上階に戻った。



    ◇



 第一陣は予定より早く戻ってきた。三人が負傷し、やむを得ず逃走してきたそうだ。彼らが持って帰ってきた魔導具から地図情報が共有され、全ての参加者の魔導具に反映される。東の転移結界からほんの少ししか進めていなかった。


「第一陣でこれかよ……」

「実力者揃いでも、初めて目にする場所だろうからね。仕方ないよ」

 デルロイとウィルが言った。第一陣は負傷者多数でローテーションからは外れることになってしまうだろう。いきなりこれでは先が思いやられる。


 第二陣はあっという間に戻ってきた。いきなりアンデッド化した大型の魔物に襲われたらしい。魔力を使い切って全力で逃走してきたそうだが、幸い怪我人は出なかったのでローテーションには影響しなさそうだ。しかし、メンバーが怯え切っていた。それを見た私に再び緊張感が蘇ってきた。


「さて、皆、準備はいいな?」

 ルーツが私たちに声をかけた。


「ああ。腕が鳴るぜ」

「いよいよだね」

「皆、訓練でのこと、忘れないで」

 デルロイ、ウィル、ドリスが順に言った。


 私たちは学生が多いグループだが、ルーツが正規メンバーなので、早めの出動となっていた。もっとも、自慢する訳では無いが私も客観的に見れば戦力になるはずだし、デルロイは歴代から見ても最強格の魔道士だったから、ルーツ抜きでも早い出動になっていたとは思う。


「行きましょう」

 最後に私が声を発し、私たちは転移魔法陣に入った。


 転移先もまた建物の地下だった。小さな教会の地下に作られた施設だったらしい。この転移魔法陣が生きていたのは、私たちにとっては本当に希望だ。


「さて、まずは地上に出ないとね」

「いや、ちょっと待って」

 ドリスの言葉をルーツが遮った。ルーツは何やら魔法を発動しているようで、身体が赤く輝いている。そして、その光は四方八方に飛んでいった。


「これは、探知魔法?」

 私は思わず呟いた。私もデルロイもできる魔法だが、この建物の地上くらいまでしか届かないと思う。第一陣も第二陣も建物からは出られているから、ここにはアンデッドはいない。だから、ルーツの探知範囲はもっとずっと広いのだということを示していた。


「建物から東に距離500の地点に大型のアンデッドがいる。こいつだな、第二陣を襲撃したのは」

「距離500!? 凄いわね……」

 ドリスが唖然として呟いた。私も同じ感想だ。


「他にはいるか?」

「もう一体、大型がいるけど、これは西の方だから、放置で良いと思う」

「東の大型は倒す?」

「ああ。今後のグループの探索のことを考えると倒しておいた方が良いだろう」


 私たちは頷き合い、地上に向かって駆け出した。そして扉から飛び出した。おどろおどろしい死界の瘴気に包まれた邪悪な森。そういうイメージだった。背の高い草が生い茂る場所はかつて道だったところのようで、移動することはできそうだった。


 植物もアンデッド化しているから場合によっては強襲を受ける。私たちはそれにも気をつけつつ、距離500を一気に駆けた。


「いた!」

 私は思わず叫んだ。左の森の中に巨大な影がいる。


 大きな熊のような魔物のアンデッドのようだった。背中から無数の触手が飛び出ていて、薄気味悪い異形だ。魔物型のアンデッドに付随する触手は気をつけなければならない。アンデッドは自分の身体を傷つけないように自重したりしないからとてつもなく怪力だ。触手に捕まったら締め殺されてしまう。死界に突入した死界討滅軍の隊員もそういう死に方をするケースがあるとアカデミーの授業でも習った。


「あれに力を使ってはいられないな。俺がやる」

 ルーツがそう言うと、右手に持つ杖と左手が発光した。ルーツの得意技、複数属性魔法の同時行使だ。ルーツは風魔法と土魔法の混合技で大型アンデッドの首を一瞬ではねた。


「いやー、凄ぇわ。まだまだかなわねーな」

「ホントね……」

 デルロイと私が呟いた。


 訓練でも散々見たし、アンデッド・ドラゴンからの避難作戦でも活躍していたから、ルーツが強いのは知っている。本当に頼りになる人だと思った。



    ◇



 私たちのグループは順調だった。ルーツは言うに及ばず、デルロイやドリスは元々正規軍にも匹敵できるものは少ないと言われるほどの使い手だし、何よりウィルの援護が的確なおかげで私たちは楽に戦えた。


 ウィルは相手の魔法に反応する才能を持っているらしい。魔導具からの詠唱ゼロでの攻撃はその能力と相性が良く、攻撃してこようとするアンデッドを見事に妨害していった。


 しかも、ウィルの魔導具スーツから触手状のムチが飛び出し、倒したアンデッドから魔力を奪っている。それはちく魔力石に吸収されるようで、魔導具が故障しない限りウィルは動力源をずっと確保できる。それはかなり大きかった。


 しかし、侵攻し続ける計画ではなかったので、ある程度の探索を終えた私たちは一度大聖堂に戻ることにした。地図をかなり更新することができた。

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