21 世界をやり直す(ドリス視点)

 転移作戦により、東の最果ての古い言い伝えレベルの地図と、死界討滅軍が更新している現実の地図が重なってきた。私は何度も世界を繰り返しているとはいえ、東の最果てまで辿り着いたことはない。その前に必ずマヤが死んでしまうのだ。ウィルが先に死ぬことも多い。


 しかし、今回は今までで一番進むことができた。ルーツでさえ苦戦するような強力なアンデッドも襲ってきたが、私たち五人で戦えば勝てない相手ではなかった。


 ただ、作戦参加メンバーはどんどん脱落している。死傷者も出た。最初のグループのメンバーが変わっていないのは私たちだけだし、別のグループといってももう2グループしか残っていない。もう片方のグループは、無事に生き残った強者で構成されているが、出自が違うために私たちほどの連携はできない。だから、実質私たちが最後の希望なのだ。


 学生主体の私たちに命運を託すのは正規軍も心苦しいようだったが、他に手はなく、東の最果てへの踏破は私たちに託された。もう一方のグループは退路の確保に専念することになり、私たちは拠点に戻らずに先に進むことが許された。もうここからのことは私にも分からない。初めてここまで到達したのだから。


 一日だけ休暇が与えられた。デルロイは要らないと言ったが、正規軍が気を利かせてデルロイの婚約者を呼んでくれたようで、デルロイは大人しく休暇を受け入れた。


「デルロイと婚約者か。想像できないな……」

「あはは、ルーツもそう思う? でも、デルロイはあれで婚約者にゾッコンよ」

「そうなのか……」

 私はルーツとテーブルを囲みながらお茶を飲んでいる。マヤは何とかウィルと話をしようと頑張っているから、余った二人がゆったりしているというわけだ。


 そういえば、ルーツの色恋話とか、そういう話をしたことがないと、ふと思った私は興味本位で聞いてみることにした。


「ルーツは、恋人とかいないの?」

「随分な質問だねぇ。いないよ。婚約者とかもいない」

「へぇ。そんなに頼りになるのに、意外だね」

「俺は別のことを優先した。その結果、俺は今ここにいる。それだけだよ」

「え?」

 言い方からすると、好きな人はいたということだろうか。けれど、その結果ここにいるというのはどういうことだろう。もっと切り込んでも良いものだろうか。


「ドリスはどうなんだ? 人の心配ばっかりしてるけどさ」

 ルーツは話題を変えた。あまり立ち寄ってほしくないのかもしれない。だから私もその話題変更に乗っかることにした。


「いない……ね。私が今何よりも優先しているのは、死界のことだから」

「ふーん。それならそれで良いと思うけど、自分のことも考えて良いんじゃないか」

「そうかな」

「ああ。まあ、まずは生きて帰ってくることだけどな」

「……うん」


 自分のこと、か。私自身の色恋話なんて、考えたこともなかった。大体、毎回マヤとベルビントの問題で疲弊するから嫌気すら感じてしまっている。それは同時に、相手はちゃんと選ぶべきだということを痛感する体験にもなっているわけだが……。


 思い思いに過ごした休日はあっという間に過ぎていき、遅くならないうちに、デルロイの婚約者は引き上げていった。


 夜になり、部屋でマヤと雑談をしながら翌日の準備をする。どうやらウィルとはよりを戻すまでにはいかなかったようだ。けれど、諦めてはいない。帰ってきたらまた頑張るという。それには、無事に帰ってくる必要があるのだ。


「マヤ……」

「ん?」

「絶対、無事に帰ってこようね。何を考えるにしても、それが出来なければ始まらないから」

「うん。ドリスも、絶対死んじゃ駄目だからね」

「うん……」


 私たちはそのまま軽く抱擁ほうようを交わす。マヤには生きてほしい。今度こそは……。



    ◇



 日が変わり、私たちは東の転移結界から、既に作成済みの地図を見ながらさらに東の最果てを目指した。


 食料や魔力回復用の薬など、ローテーションで転移していた時と比べて沢山持ってきている。だから、進みは多少遅かった。しかし、ルーツの探知魔法が本当に効果的に働き、強いアンデッドを避けて進むことができた。死界の瘴気から発生する霊体アンデッドが時折襲ってきたが、それらは基本的に弱いため相手にはならなかった。


 道を守るようにして待ち構えている大型アンデッドは避けることができず、慎重に倒していった。しかし、やはり東に向かうほどアンデッドは強くなっているようだ。


「くそっ、本当に東の最果てなんてあんのかよ?」

「確か、山を削って作られた巨城なんだよね?」

「ええ。伝わっている情報が正しければね」

 デルロイ、ウィル、マヤが順に言った。そこはかつて魔導研究所があったそうだ。何らかの研究の暴走で死界が発生したと推定されている。


「ぼやくなデルロイ。多分、見えてきたぞ」

「えっ……!?」

 ルーツの言葉に私が反応した。ルーツは何やら水魔法でレンズのような物を作り、覗き込んでいる。私たちが持ってきた小型の望遠鏡では瘴気が濃くてまだ見えないが、ルーツには見えているようだった。


「マジか!」

 デルロイは叫ぶと、ルーツの手元の水魔法を覗き込んだ。私たちも順番に見させてもらった。ならば、ついに東の最果てに辿り着くことができるのだ。


「長かった……」

 私は思わず呟いた。何度も世界を繰り返したから、私は身体は若いままでも相当な時間を生きたことになる。精神的にはどんどん疲弊してきていたから、感慨深いものがある。


 勿論まだ終わってはいない。あの最果てに乗り込み、死界の発生源を破壊しなければ。


「こういう時こそ気を抜くな。行くぞ」

 ルーツの掛け声に私たちは答え、進んでいった。



    ◇



「ヤバいのがいるな……」

 デルロイが呟いた。山を削って作られた巨城の入り口付近に、かつて避難作戦で対峙したアンデッド・ドラゴンがいる。どうやら西に侵攻した後、ここまで戻ってきたらしい。まるで襲撃があることを予想しての守りだ。


「あれを倒さないと中には入れそうにないわね」

「ああ、同感だ」

 マヤにルーツが答えた。私にも正解は分からない。ここまで来ることができたのが初めてなのだから。


 近づいていくと、アンデッド・ドラゴンが立ち上がって咆哮を上げた。慎重に近づいたつもりだったが気取られてしまった!


「散開!」

 ルーツのその言葉に全員が反応し、バラバラに散る。アンデッドは総じて判断力が高くないから、ターゲットを絞らせないこの戦法は有効のはずだった。しかし、アンデッド・ドラゴンの背中から触手が飛び出し、わらわらと私たち全員を襲撃し始めた。


 通常、この触手は母体が手足の一部として動かすため、このような自律的な動きをされるのは初めてだ。


「厄介な!」

 デルロイが魔法や魔法剣で必死に襲いくる触手を弾いている。マヤもだ。一方、触手自身が魔法の力で動いているようなものだったので、ウィルにとっては相手にしやすいようだ。


「くっ!?」

 私はさばき切れなくなり、苦し紛れに横に跳んだ。しかし、触手はなおも向きを変えて襲いかかってくる。


「この!」

 私はとっさに火魔法を放った。向かってきていた二つがそれに遮られる。しかし、さらに一つが横から向かってきてしまった。


「しまっ……!?」

 視界を横切られた! そのまま捕縛される予感に私は全身が硬直する。その時。


「えっ!?」

 不意に突き飛ばされ、私は尻もちをついた。誰かに助けられたとすぐに悟り、私が飛ばされた方向を見る。


「ルーツ!?」

 触手はルーツに絡みついていた。いくらルーツでも生身では締め殺される! 私は慌てて杖を構えた。


 しかし、次の瞬間、ルーツは何かしらの魔法を、恐らく水と風の魔法を全身から放ち、触手をみじん切りにした。撃退できたが、私はルーツのダメージが心配で駆け寄った。


「ルーツ、大丈夫!?」

「ああ、問題ない」

「えっ……」

 私は思わず絶句した。ルーツの状態に問題がないのは本当のようだったが、恐ろしさを感じる表情で笑っていたのだ。


「はぁぁっ!!」

 ルーツはそのまま飛び出し、アンデッド・ドラゴンに突っ込んだ。ルーツの強さを鑑みても無茶な行動だ。ドラゴンは一瞬戸惑ったが、すぐにルーツに向き直して火炎ブレスを吹き付ける。


 ルーツは風魔法でのステップで上手く避けているが、多少の被弾に躊躇ちゅうちょしなくなっていっている。戦い方がどんどん狂気じみていく。


「皆、ここは俺に任せろ!」

 ルーツが叫んだ。


「で、でも……!?」

「全員で消耗したいのか! 行け! 最果てを目指せ!」

 私の言葉をかき消すようにルーツが叫び、ドラゴンに魔法をぶつけまくる。


「行こう、ドリス!」

「ああ、ルーツなら大丈夫だ!」

「遅れるなよ、ドリス!」

 マヤ、ウィル、デルロイが順に叫び、巨城の方に走っていくのが見えた。ドラゴンは阻止しようとしたが、ルーツが高速移動でそれを妨害する。


 私もマヤたちに続いて走り出した。振り向きながらだ。


「ル、ルーツ……?」

 不安に駆られ、私はルーツの名前を呼んだ。


 明らかに普通ではない。まるで、死闘を演じる相手との出会いに歓喜しているようだ。己が傷つくことをいとわない、危険な戦い方をしている。


 私は彼を見誤っていたのだろうか。強くて頼れる誰よりも強い魔道士、それは事実だろう。しかし、今のルーツはまるで死に場所を求めているようだった。数ヶ月一緒に過ごしただけでは見破れなかった。


 この時、私は初めてルーツの危うさを意識した。



    ◇



「畜生、何なんだよ、このアンデッド共は!?」

 デルロイが怒鳴る。


 それもそのはずだ。巨城の中は、兵士の姿をした人間型のアンデッドがうようよしていたのだ。明確に魔法で攻撃してくる個体もいる。かつてのこの研究所の兵士なのだろうか。


「マヤ、気をつけて!」

 ウィルがマヤの右方向に魔導具による魔法を連射する。撃ちすぎたせいか、魔導スーツから煙が出始めていた。


「くっ、中にこんなにアンデッドがいるなんて!?」

 マヤが嘆きながら魔法を撃っている。


 ここは始まりの地なのだ、敵が多いのは予想はしていたけれど、これほどまでとは……。せっかくここまで到達できたのに、押し切るのが難しそうだった。


「……ルーツがいれば」

 私は思わず呟いた。ここはルーツの探知魔法の出番だったのではないか。それがあれば大多数を避けて進むこともできたはずだ。


 この事態は推測できたはずだ。ルーツもまた、判断ミスをしたということだ。いや、ミスというより、さっきのルーツは暗い願望に飲み込まれてしまっていたのではないか。


「うあっ!?」

「マヤ!?」

 マヤが攻撃を被弾し、ウィルが駆け寄ったのが見えた。


「畜生、どけよてめーら!!」

 デルロイも二人のところへ駆けつけようとしているが、敵が多くて分断されている。


 肩から血を流すマヤの隣でウィルが奮闘しているが、槍を持ったアンデッド兵士が複数二人を襲撃している。二人の悲鳴が響いたから、突き刺されてしまったのだ。


「マヤ!? ウィル!?」

 断末魔のように私は叫んだ。

 

 ああ、駄目だ……。もう私の力ではこれを覆せない……。


 せっかくここまで来られたのに、これまでだ。また、マヤを救えなかった。もうマヤが絶命するところなんて見たくない。さっさと使おう、魔女の秘法を。


「発動せよ、ジルヴァディニド!!」

 私のその声と共に、世界をやり直す魔女の秘法、大魔法ジルヴァディニドが発動する。世界が停止し、色を失う。


 いつものように、背後から話しかけられた。


「やあドリス。また使うんだね」

 振り返ると、そこには小さな翼の生えた動物のような生き物がいた。母が亡くなってからしばらくして私の前に現れた、魔女の使い魔ゾリーだ。ジルヴァディニドの存在を私に教えたのはこのゾリーでもある。


「ええ。さっさと進めて」

「分かった。だけど、そんなに昔には戻れなくなってきているよ。君は何度も使ったからね。あと、残り回数のことも忘れないで」

「うん、分かってる」


 ジルヴァディニドは魔女の呼びかけに使い魔が答える形で完遂される。重要なことなので魔女一人の判断ではなく、使い魔の意見も聞いて進めるかどうかを決めるものだったらしい。


 けれど、私が使う時にゾリーから異議をもらったことはない。それほど、この世界は狂っている。


 そして、この時間移動のことを誰かに言ってしまった場合、二度と発動できなくなるというのだ。だから少なくとも最後と決めた時までは隠し通す必要がある。


 当然、無制限に使えるような代物ではない。残り回数は少なくなってきている。だから、今回の失敗を上手く次に活かさなくてはならない。


 色を失った世界が揺れ動き、やがて真っ暗になって目を瞑る。何かが光り輝いてしばらくしてから目を開けると……。


 私は死界討滅軍の養成アカデミーにいた。



    ◇



 どのぐらいまで戻れたのだろう。私は状況を確認した。


 どうやら養成アカデミーの実地研修の時まで戻ったらしい。最初の頃は養成アカデミーに入学するぐらいまで戻れていたので、二年生の中盤であるこの時期までしか戻れなくなっているのはかなりの後退ではある。


 この実地研修はルーツに出会うものだったはずだ。たまたま選んだ商人の護衛。ルーツとの出会いは絶対に外せない。


 強い意志や運命性の高いもの以外は同じにならないため、商人の護衛は前回よりスケジュールが前倒しになった。魔物とも出くわさなかった。けれどルーツを引き入れないことはありえないので、私は理由を付けてその街にとどまり、ルーツが歩いてくるはずの街道で彼を待った。


「あっ……」

 前回と同じ日、同じ時間にルーツは現れた。どうやら運命性の高い事項らしい。


 私は道端で休憩している風を装い、ルーツが近くに来るのを待った。そして話しかけようとした。


「あの……」

「あっ、ちょうど良かった。この辺りの人ですか?」

 しかし、ルーツの方から話しかけてきてくれた。


 こうして、ルーツとの二度目の出会いが訪れた。相変わらず包容力のありそうな笑顔だ。しかし……。


「……」

 アンデッド・ドラゴンとの戦いでルーツの危うさを知った今、彼の優しさをそのまま受け止めてはいけない。私はそう思った。

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