19 はじまりの地(ドリス視点)
私はアカデミーの訓練所でルーツに魔法を見てもらっていた。実力者のルーツから見て、改善点がないか確認したかったのだ。
「ドリスは、現状の魔力をほとんど無駄なく扱えているよ。凄いと思う。ただ、魔力は今後も伸びていくようだから、それに合わせていく必要があるな。今の魔力に最適化しすぎるのは良くないかもね」
ルーツが私を見ながら言った。
ルーツは私の特性を見抜いているようだった。私の魔力は、年齢を重ねる毎に少しずつ強くなっていくようになっている。それが魔女の家系の宿命なのだ。若すぎる時期に強大な魔力を持つことを禁ずる処置だという。
それでも、私は今強くなれるのであればそうなりたかった。すぐに、苛烈な戦いが待ち受けているのだから。
「魔力を、今伸ばすことはできないかな?」
「いやー、ドリスのそれは何か人為的な制約だ。そういう家系なのだろう? 俺から見ても君の潜在魔力は桁違いだ。若い時期にそれが発現しないようにする制約は良いことだと思うよ。身体への負担も大きくなってしまうし」
「聞いたわけでもないのに、そこまで分かってしまうのが凄いわ、ルーツ……。うん、これは祖先がかけたんだって」
「へぇ。良い祖先じゃないか」
「けど、私は今強くなりたい」
「……戦いが近いからか?」
「え?」
ルーツが意味深なことを言った。ルーツに、私が世界を繰り返していることなど、一言も言っていない。言ってはならないのだ。けれど、この人はいちいち鋭いから、もしかすると感づいていたりするのだろうか。
「近いんじゃないかしら。こんなに死界討滅軍の正規軍が混乱しているのよ? 皆だってそう思ってるはずよ」
「……そっか」
私は適当に誤魔化した。今はまだ、説明するわけにはいかないから。
「ルーツ、一つ模擬戦をお願いできないかしら?」
「いいよ」
その模擬戦は勝負にすらなっていなかった。流石だと思う。デルロイやマヤより上がいるなんて、以前はまったく想像もできなかった。頼りになる人だ。今回こそは、これからの危機を乗り越えられるかもしれない。
「ドリス。ちょっと気負いすぎじゃないか?」
「え?」
「何を抱えているのかは知らないけど、一人で抱え込むのは良くないよ」
「……」
言ってしまっても良いのだろうか、この人には。そんな安心感さえ抱いてしまう。それぐらい、ルーツは強かった。
けれど、やっぱりまだその時ではない。まだ安易にしていい決断ではないのだ。
「その時が来たら、ルーツにも相談するわ……」
「……分かった。今はそれで納得しておく」
ルーツは微笑みながら返してくれた。しかし、その表情はどこか切ない。ルーツこそ、何かを抱えているのなら吐き出しても良いのではないか、私はふとそんなことを思った。
◇
戦況の悪化。
ほぼ毎日そんな話題を聞いていた私たちだったが、いよいよもって本当に深刻なのだと思わされる事態となった。私たちのいる街センクタウンからも、東の死界が視認できるようになってきたのだ。
死界討滅軍は東で敗走を繰り返しており、死界のテリトリーは広がる一方、そしてその速度も急拡大しているという情報が入ってきた。実際、街には負傷した正規軍が次々と運び込まれてきている。この街だけではない、他の街も似たような状況だったし、東の方では避難が間に合わないまま死界に飲み込まれた街もあるということだ。
私はこうなるのを知っていたが、生徒たちは不安そうな様子だった。
「これからどうなっちまうんだ……」
「分からないわ……」
「僕たちの出番、来るのかな……」
デルロイ、マヤ、ウィルが順に言った。マヤとウィルは未だぎこちない様子だけれど、ちょっと前のように険悪ではない。ウィルがマヤに歩み寄ろうとしているから、デルロイもマヤを拒絶するのをやめてくれたようだ。
良かった……。これならマヤとウィルは力を合わせることができるだろう。今回のウィルは大幅に強くなっているから、その相乗効果は大きいはずだ。
ベルビントは治療に専念しているようで、マヤに粉をかけてきてはいない。マヤがベルビントに再び誘惑される事も少ないながらあったから、ベルビントが動いていないのはありがたかった。
というか、本当に迷惑だ。もしまた世界をやり直すことになったら、何かしらの罪を着せて投獄してやろうかと何度も思っている。きっとマヤが冤罪を晴らすように動いてしまうだろうから、実行したことはないけれど……。
そして、死界討滅軍の幹部から重要な情報が寄せられた。人類側から死界に打って出るというものだ。長い間切望されてきた、東の最果てに突入して死界のはじまりの地を目指す作戦。アンデッドの闊歩する死界を抜けて遥か遠方のその場所に到達するのは至難の
ここセンクタウンから北にある大聖堂に大転移魔法陣が作られている。まだ完成ではなかったが、それを使って東の最果てに近い位置にある転移陣にワープする、それが概要だ。東の転移陣が残っていなかったら不可能な作戦だ。もしかすると、死界が発生した直後に、東の最果てに残っていた人々が未来のために残したものだったのかもしれない。
大転移魔法陣は完成したというわけではなかったので、死界討滅軍や養成アカデミーの生徒、一般の名高い魔道士に術式が公開された。最後に皆で知恵を絞って不具合が残っていないか確認するというものだ。
これは私の出番だった。何度も世界を繰り返すうちに、残っている不具合の箇所はだいたい把握している。失敗して時間を浪費するのは避けなくてはならない。この死界の急拡大はすぐに西方をも飲み込んでしまう。世界の滅亡はすぐそこまで来ているのだから。
私は匿名で修正した術式を送付した。いきなり不具合が全て解消された術式が送りつけられるわけなので、担当者たちに追求されるのを面倒だと思ったからだ。
転移の準備が整えば、次は作戦の内容発表だった。死界討滅軍の正規メンバーに加えて有志を募る。大聖堂に集結して転移魔法陣に順番に飛び込む。地図を作りながら東の最果てを目指すのだ。
この有志には当然参加する。未来を変えるためには、私が頑張らなくてはならない。デルロイとマヤは毎回来る。私はマヤを死なせないために世界を繰り返しているのだが、そもそもマヤの力なしではあの恐ろしい死界を攻略するのが不可能だ。それに、マヤの意志は硬いから参加を止めることはできない。
アカデミーの私のクラスからはルーツとウィルを含めた5名が参加する。上級生も何人か志願した。
東の最果てまで到達できたことはないが、少しずつ前進できている。今回はルーツもいるし、ウィルが大幅にパワーアップしているから、もしかすると最後まで到達できるのではないか。私はそんな甘い願望を抱いた。
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