18 本当の心(ルーツ視点)

 俺はウィルと話すためにアカデミーの教室で待っていた。デルロイも一緒だ。マヤの件を話すから、ウィルと同郷のデルロイも同席した方が良いかと思って呼んだのだが、どうもデルロイはマヤに心底怒っているようだ。


「ありえねーよ、あの女! まさかウィルがいるのに他の男とヤルような女だとは思わなかったぜ!」

「そんなに怒ってるとは思わなかった」

「マヤの力は認めてたんだよ。故郷で俺についてこれる魔道士なんて、マヤぐらいのもんだったからな。だから、余計に幻滅してる!」

「そっか」

「ルーツはムカつかないのかよ! 俺がウィルの立場だったらと想像すると、俺は我慢ならないね!」

 俺は苦笑した。少しだけ、前の世界でのサナ王女とのことを思い出してしまった。


 ただ一つ言えるのは、マヤはサナ王女とは違う。それはウィルとマヤという人間の関係の本質を見れば分かることなのだ。


 この件には口を出そうか迷っていたが、ドリスもまたその本質に迫っているようだったので、行動を起こすことにした。


「まずはウィルの話を聞こう。この件はウィルがどう思っているかが一番大事だ。違うか?」

「まあ、そうだけどよ……」

 デルロイは渋々といった様子ではあったがウィルの話を聞くことには同意してくれた。マヤがどう思っているかも大事なのだが、今その話をするとデルロイが怒り出すと思ったので口にしなかった。


 やがてウィルがやって来た。マヤの話題だと知ると嫌そうな顔をしたが、デルロイが無理やり椅子に座らせた。


「率直に尋ねるけど、君はマヤのことをどう思っている?」

「マヤとのことは終わったことさ。僕は彼女に相応ふさわしくなかった。それだけだよ」

「そうだよな! むぐぐ……」

 聞きたかった言葉が出てきたと感じたのか同調し出すデルロイの口を押さえる。うーむ、呼ばない方が良かっただろうか……。


「質問の解釈が変わっているんだよ、ウィル。俺は君がどう思っているかを聞いたんだ。相応しいかどうかじゃない」

「逃げさせてくれないね、ルーツ……」

「ウィルに後悔してほしくないからさ。質問を変えよう。先日戦ったアンデッド・ドラゴンを思い出せ。死界との戦いは続いているんだ。マヤが、あのドラゴンのような死界のアンデッドに殺されそうになっていたら、君はどうする?」

「え……」


 そこで俺は禁じ手を使った。ウィルに簡単な催眠魔法をかけた。より一層、その光景を想像するように。


 結局、本質はそこなのだ。マヤが窮地に陥ったら、ウィルは身体を張って助けようとするだろうから。


 ウィルが冷や汗をかいて震え出した。そして、言葉を口にした。


「嫌だ!!」

 ウィルはそのまま取り乱しそうな勢いだったので、俺は魔法を解いた。少し汚いが、相手がウィルでなかったら俺もこんな手は使っていない。


「はぁっ、はぁっ……!!」

 ウィルは息切れをしたまま立ち上がった。


「それが、本心だよ、ウィル」

「マジか……。バカな奴だよ、お前は。あんな女にそんな一途でどうするんだ……」

 デルロイは納得していないようだったが、ウィルの意志を尊重することにしたのか、ウィルの肩を叩いた。


「けどさ……、やっぱり悔しいんだよ……。マヤが別の男になんて……。心にどう整理をつければ良いんだ……」

 ウィルは歯を食いしばって俯いた。


「今すぐマヤとどうにかしろというわけじゃない。悔しさで動けないならまずは立ち止まってもいい。自分と向き合うことだ。急がなくていいと思うよ」

 俺がそう伝えると、ウィルは黙って頷いた。


 ウィルはそのままデルロイと共に模擬戦ルームに向かった。少し身体を動かしたいということだ。


 これで良いだろうか。少なくともウィルの心が前進する機会にはなったはずだ。


「さて、こうなるともう一人にも会わないといけないか……」

 俺はそう呟くとアカデミーを出て、街の魔法訓練所に向かった。



 そこにはリハビリ担当のスタッフに付き添われるベルビントがいた。本人の体調は良くなってきたようだが、相変わらず体内の魔力は乱れきっている。


 一通りのリハビリプログラムが終わるのを見届け、俺はベルビントに声をかけた。


「やあ、ベルビント」

「君は……?」

「ルーツだ。マヤたちの関係者、と言えば分かるか?」

「ああ……」

 露骨に嫌な顔をされた。マヤとの一件でベルビントはデルロイに殴られかけたらしいし、それ以外にも辛辣しんらつな扱いを受けていると聞くから、無理もない。


「マヤに、会わせてくれないか?」

「いきなりだな」

「僕はマヤを愛している。あのデルロイという男が言いふらしているように、僕が彼女と肉体関係を持ちたかっただけということは断じてない」

「ふーむ」

 マヤに対しての執着だけは揺らいでいない。けれど、それ以外のところでは相当に危うい状態が続いている。


不躾ぶしつけな質問だけれど、朝食べた物は覚えているか?」

「え、急に何を……? そんなの、流石に……、あれ……??」

「君は直近のことも覚えていられないのだろう。当然だ、その魔力の乱れでは何が起こってもおかしくはない」

 マヤが絡むことは意志が強いのかそうそう忘れることはないようだが、逆に魔力の乱れが執着を引き起こしているようにも見える。いずれにせよ、ベルビントがとても不安定な状態なのは間違いない。


「まずは回復を優先させることだ。そんな状態でマヤに近づいても、彼女を困らせるだけだぞ」

「いや、しかし……」

「マヤを愛しているんだろう?」

「……」

 逆にベルビントの執着を利用する言葉を俺はかけた。そう言えば納得せざるを得ないだろうから。


「分かった……。僕も自分の状態が普通じゃないことは理解しているから……」

「ああ」

「けど、回復して正常になったとしても、マヤへの想いは揺らいだりしない。僕の気持ちが変わることを期待しているなら、無駄だぞ」

「今はそれでいい。俺から言えるのはそれだけだ」

 俺はそう言うと、スタッフに挨拶をして訓練所を出た。


「やれやれ……」

 とりあえず、ベルビントの行動にブレーキはかけられたと思うが、はこれだけでは終わらない。果たしてどうしたものか……。

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