17 強くなったからこそ(ドリス視点)

 目の前に泣き崩れるマヤ。そして相談を受ける私。何度目だろう、この構図は。


 私と母を救ってくれた恩人であり、親友でもあるマヤ。それは何があっても絶対に変わらない。けれど、このベルビントとの騒動だけは本当に勘弁してほしい。


 何度も世界を繰り返すうち、マヤとベルビントが関係を結ぶのを阻止しようとしたこともあったが、全て失敗に終わった。強い意志、運命性を持つ事項は簡単には変えられない。それに当てはまるようなのだ。


 だから、今では阻止を諦めて早期の仲直りを促すようにしている。


「……」

 マヤの肩をさすりながら私は憂う。きっとマヤとベルビントは相性が良いのだと思う。ウィルがいなかったとしたらもしかするとベストカップルとなる二人だったのかもしれない。


 しかし、結局のところマヤはウィルを愛しているのだ。この後、ウィルが死んでしまった場合、マヤがどれだけ打ちのめされることになるのか私は知っている。ウィルと仲直りできずにそうなってしまった場合が最悪だ。そういうケースが一度だけあった。


 そして、ウィルもマヤを愛している。この件でその想いが消え去ったりはしていない。ウィルは、マヤの危機に命をかけようとするのだから。


 ベルビント阻止を諦めたのでウィルには悔しい想いをさせてしまっているが、今回も関係を修復してくれるよう立ち回らなくては。それが、二人のためだ。


「マヤ、ウィルのこと好きなんでしょ?」

「……うん」

「だったら諦めちゃ駄目だよ。今回の件に関してはウィルからのアクションを待ったりせずに、マヤから動かなきゃ」

「……」

「謝りたおすしかない。会ってくれないようだったら、私を含めて会うようにしても良いからさ」

 私はそう言うと、マヤを抱き締めた。マヤはびっくりしていたが、すぐに私の背中に腕を回し、おいおいと泣き始めた。


 しばらく経つとマヤは少し落ち着いたようで、言葉を発した。


「ドリスは、優しいなぁ……。私にもそれぐらいの優しさがあれば……」

「マヤは優しいよ。今回のは間違えただけ。いい?」

「うん……」

 私はあやすようにマヤの頭を撫でた。


 頑張ってもらわなければ困る。そして、仲直りはできる。それを知っているからこそ、私は迷いなくマヤを慰めた。



    ◇



 しかし、今回は以前の時と同じようにはいかなかった。ウィルがマヤと話したがらない。私もいるからという理由を付けてマヤとウィルを同じ場所に居させてみても、ウィルはマヤと話したがらないのだ。マヤも何とかウィルに謝罪したり会話を引き出そうとしているのだが、ウィルがかたくなになってしまっている。


 代わりに、ウィルは訓練に没頭している。今回は魔導具使いとして覚醒しているが故にデルロイとさえまともに模擬戦をすることもできるようになっているから、己を磨くことで代償としている感じがする。


「何で、こうなるのよ……」

 私は誰もいないところで呟いた。ウィルに力は必要だった。それは間違いない。さもなければウィルは今後の死界との戦いを生き残れない。しかし、強くなってしまったが故にマヤとの関係を回復できなくなるとは……。


 ベルビントは相変わらず、こうなった今でも空気を読まずにマヤに粉をかけようとしている。この男はこの男で、元々女慣れしている遊び人なのかと思ったこともあるが、マヤ以外を口説こうとしているところを見たことがない。何度繰り返しても同様だから一途ではあるのだろう。ウィルがいる以上、諦めてもらわなければ困るのだけれど。


「はぁぁ……」

 私は盛大にため息をついた。私自身も訓練しないといけないのに、うんざりだ。


「ドリス、ため息ついて、どうした?」

「あ……、ルーツ……」


 ルーツにため息を見られてしまったようだ。ルーツは未だアカデミーにいる。死界討滅軍が混乱状態で、今後も生徒が現場に投入されるからルーツは私たちと一緒に、ということらしい。私たちの間での連携訓練はできているからそれで良いのだろう。


 ルーツには感謝している。ウィルがかつてないほど強くなるきっかけをくれたのだから。ルーツ自身の力も今後の私たちの助けになってくれるはずだ。


 ルーツはマヤたちの件についてはあまり言及していない。どう思っているか、聞いてみても良いのだろうか。


「どうした、ってことはないか。ウィルたちの件で悩んでるのか?」

「……当たり」

 ルーツから切り込んできてくれた。そこで、ウィルたちについてどう思うか尋ねてみた。


「ウィルとマヤの関係があるところにベルビントが入り込んできた、ってところだよね。かなり厄介な問題だと思っているよ」

「ルーツもそう思う? 私としては、ウィルとマヤはよりを戻すべきだと思うのだけれど、ルーツはどう思う?」

「んー、言い方が難しいな。でも、ウィルとマヤは離れるべきではないと思うよ。あれ、完全なる相思相愛だもの」

「おっ、ルーツもそう思う!?」


 ルーツも男性だから、他の男の手がついた女とは縁を切るべきと言われるかと思った。実のところ、デルロイはそっち側の考えを持っていて、ウィルにマヤとは距離を置けと言っている。私みたいに何度も世界を繰り返しているわけではないのに、ルーツがウィルとマヤの本質を見てくれているのは嬉しい。


「ウィルは辛いと思う。結構キツいことだよ。好きだったはずのが他の男になびいてしまったと思っているのだから」

 ルーツの言葉からは何か深みを感じる。似たような経験でもしたのだろうか。


「ウィルはマヤのこと好きなんだよ。私には分かる。ウィルには、自分の本心に気づいてほしい」

「ふーん、ドリスは凄いな。いくら彼らの友人とはいえ、よくそこまで分かるね?」

「分かるよ」

「うーむ、だったら俺もウィルと話してみようかな。この件、本当に難しくてどうしようかと思っていたけど、確かにウィルから何とかするのが良いかもしれないな」

「おお、ありがと!!」


 私は思わずルーツの腕を掴んだ。味方ができるのは嬉しい。私が世界を繰り返している事は、今はまだ人に話せない理由があるから、ベルビントの件はいつも私一人で奮闘していたのだ。


 マヤとウィルとはまだ会ったばかりのルーツが私と同じ気持ちになってくれていたのが、本当に嬉しかった。

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