09 回想:変わっていく関係(ウィル視点)
僕は死界討滅軍の馬車の中にいた。デルロイとマヤについていく希望が通った形だ。
「おいウィル。お前、前に出るんじゃねーぞ」
「大丈夫よウィル、いざとなったら私が守ってあげる」
デルロイとマヤは僕に声をかけた。緊張が伝わってしまっただろうか。だが、彼らより緊張している僕がいるのも、二人の心を落ち着かせる効果がありそうなので、それはそれで良かった。
同じ馬車と周囲の馬車は、死界討滅軍とはいっても、僕らの地元のメンバーで構成されている。正直、精鋭ではなかったが、いきなりデルロイとマヤを預かるわけだからそれで良いのだろう。
僕らが担当したのは、死界に飲み込まれようとしている町の一つの西側の退路を確保すること。敵は死界内部のアンデッドだけではない。街道に魔物が出たら排除しないといけないし、避難の混乱を狙った犯罪者だっていないわけではないのだ。避難の終わった村を拠点にして活動していた。
僕は戦闘要員ではなかったし、東からの避難民が休息で泊まるケースもあったから、世話係の手伝いをした。デルロイとマヤは戦闘要員だったが、二人とも故郷を捨てて逃げてくる人々に思うところがあったのか、僕と同じように世話係も引き受けていた。
しかし、その均衡はある時に破られた。西に避難していった一団が魔物に襲撃されたという。デルロイとマヤは、複数の兵士と共に戦闘用の馬車に乗り込んだ。僕もそこに潜り込んだ。ここでデルロイとマヤの役に立てなければ、来た意味がない!
馬車が急行すると、そこには大きなオークと呼ばれる魔物が複数おり、避難民の馬車を襲っていた。何とか護衛たちが守っているところだ。こちらの馬車から兵士たちが駆け寄っていった。
デルロイとマヤも杖を持って飛び出す。
「二人とも、落ち着いて!」
僕は声をかけた。デルロイとマヤは身振りでそれに答えた。
兵士たちがオークたちに襲いかかり、デルロイとマヤは一体のオークを相手に魔法を行使した。二人の魔法は強力のはずだったが、オークはタフな魔物だ。倒すには至らない。二人もあまり連携が取れているとはいえない。そこまでの訓練はしていないし、当然だ。
オークが武器を振りかぶってデルロイとマヤを薙ぎ払おうとした、二人とも防御しようとするのが見える。
「デルロイ、ストップ!!」
僕は叫んだ。防御はマヤだけで
「はぁぁ!!」
マヤが杖を構え、土魔法の衝撃でオークの武器をガードする。
「うらぁぁ!!」
デルロイが声を上げ、火魔法でオークを攻撃した。カウンターでデルロイの強力な魔法を喰らったオークはそのまま倒れた。
「よし!!」
僕は思わず叫んだ。綺麗な連携だ。見ている側も気持ち良いぐらいだった。
デルロイとマヤはキョトンとした顔でお互いに向き合い、しばしの沈黙の後に、右手の掌を打ち合った。実戦で初めて上手くいった連携だから、二人も手応えを感じたのだろう。
けれど、二人のその光景は、二人の新たなる一歩を示しているかのようで、僕の心に
「マヤ様! デルロイ! まだです、気を抜かないで!」
「「「!?」」」
兵士が怒鳴った。デルロイとマヤは我に返ったかのように動き出した。僕もだ。
僕は引き続きデルロイとマヤを目で追いながら、連携の助言を叫んだ。みるみる二人の活躍が増していった。それはそうだ、この二人が上手く組めたら負けることなどそうそうありえないはずなのだ。
それは、いずれ死界の果てに届くのではないかと夢を見させてくれるものだった。
少なくない数のオークを打ち倒すと、残ったオークたちは逃走した。
兵士たちが負傷者の確認をするため駆けていった。僕も続こうとしたところで、背中をバンと叩かれた。
「あいたっ!?」
「ナイスだ、ウィル!!」
デルロイが満足げな顔をして僕のところに来たのだ。そのまま背中を何発か連打された。
「ウィル!!」
マヤの声が聞こえて振り向くと、マヤが両手を掲げている。意図を組んだ僕も両手を上げ、そのままハイタッチをした。
二人とも上手くいった連携のことを矢継ぎ早に口にした。あのデルロイが素直に僕に感謝の言葉を口にするなどという、滅多に巡り合わない体験もした。
確かに、僕は助言をした。二人をずっと見てきた僕だからこそやらねばならないと思った。しかし、今日を境に二人はより強くなっていくだろう。連携の訓練もこれからはきちんとやるはずだ。そうなってしまえば、助言だけの僕の居場所はない。
やはり、僕自身も力を身に着けなくちゃ……。
この日から、僕も自分の訓練に一層励むようになった。
◇
死界討滅軍の避難作戦が終わり、僕たちは故郷に戻った。何人かの避難民はそこに留まることになったし、もっと西に避難した者もいる。現状、より西に避難できた方が良いと考えられているが、全員を移動させることはできない。どこに避難するかは受け入れ側のキャパシティを考慮して決まった。
マヤの家であるフォスター家は二人の避難民を預かった。僕たちと同い年のドリスという少女とその母親ユーミだ。何と、マヤがその二人に随分と入れ込んだようで、借金の返済までもフォスター家で引き受けたのだ。これには地元の誰もが驚いていた。
「お前、流石にバカじゃねーの? そんな各家庭の事情をいちいち面倒見てたらキリがないぜ?」
デルロイがマヤにぶつけた言葉だ。
「マヤ、お前のその才能を誇りに思う。此度の避難作戦でも、お前の活躍で我がフォスター家の栄光はさらに深まった。しかし、借金取りの肩代わりというのは……、今回は特例と思ってくれ……。物乞いが押しかける事態になっても困るのだ」
これはマヤの父からの言葉だ。
「マヤ様、天才児と言われてるけど、まだまだ子供よね」
「でもかわいいじゃない! 私は正義の味方だぞ~! って感じ?」
これは侍女たちのひそひそ話。
「けど、お花畑だよなぁ。俺もお金恵んでほしいよ」
「お前んち、別に借金してないだろ!」
フォスター家に勤める兵士たちの会話。
あんまり色々と言われるので、マヤも少し参ってしまっているようだった。ドリスやユーミさんの前でその態度は出していないようだったけれど。
何故か、その愚痴を僕が聞いているところだった。
「私のやったことって、エゴだったのかなぁ……」
「かもね。お金持ちの偽善って奴?」
「むー、ウィルまでそうズケズケ言う??」
マヤは膝を抱えてうずくまった。何だかその仕草が可愛く見えてしまった。こういうマヤは滅多に見られない。
「エゴでいいんじゃない?」
「どういう理屈よ」
「だって、ドリスたちは確かに救われたんだから。助けたかったんでしょ?」
「うん! だってよ! お父上が作った借金のせいで売り飛ばされるだの、死亡保険金で何とかするとか言ってたのよ! そんなの間違ってるじゃない!」
「そうだね。ドリスもユーミさんも感謝してるじゃないか。だったら、エゴだって良いんじゃないかな」
「え……」
「君はエゴだのお花畑だの言われることを代償にドリスたちを救ったんだ。凄いと思うよ、僕は」
「……ん、そっか」
マヤはうずくまったまま僕の服を掴んで握りしめた。
まったく、イジイジしているなんて君らしくない。何を言われたって堂々としていればいいんだ。頭から抜け落ちているようだけど、君が僕を助けてくれた時だって色々と言われていたじゃないか。救われた方は、そんなこと気にしないでって思うものなんだよ。
「そうよね! うん、私のエゴだって言ってやるわ、これからは!」
「そうそう、その意気だ」
僕なんかの言葉で元気が出たのなら嬉しい。もっとも、本当はデルロイあたりがやるべきだと思うけど……。
「ありがとウィル!」
「わっ!!」
マヤは掴んでいた僕の服を引っ張り、頭を僕の肩に押し付けた。マヤの温もりを感じ、心臓の鼓動が跳ね上がる。
「ちょっとドリスに会ってくるわ!」
そう言うと、マヤは走っていった。
僕はその後姿を見たまま、呆然と動けないでいた。
まだ心臓がドクンドクンといっている。これ、気づかれたりしてないよな……。
「……」
マヤからしたらちょっとした触れ合いだったのかもしれない。けれど、ある意味、これは残酷だ。僕の、彼女への想いを再認識させられることになってしまった。
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