10 回想:婚約者がいる(ウィル視点)

 魔法学校の中等教育過程も最後の年になった。デルロイとマヤは死界討滅軍の養成アカデミーに行くことになる。二人は既に死界討滅軍の避難作戦にも参加していたし、試験免除で入学が決まっていた。


 各地から精鋭だけを集めたアカデミーだ。門戸は狭い。しかし、僕はその試験を受けることにした。デルロイとマヤはそのうちくっつくのだろうけど、やっぱり僕はマヤを見守りたいのだ。


 地元でもぶっちぎりに魔法の成績が悪かった僕がアカデミーを受験することを笑う者も多かった。けれど、デルロイとマヤは絶対に笑わなかった。二人とも僕を応援してくれた。デルロイが応援してくれるというのは予想外だったけれど。


 必死の訓練を重ね、試験に挑んだ。結果、何とかギリギリで合格を決めることができた。


「やった、また一緒ねウィル!!」

「あ、ああ……」

 何のつもりか、試験結果を一緒に見に来たマヤが隣ではしゃいでいる。男女で来るというのは何か誤解されやしないかとヒヤヒヤした。


 近くで共に合格したらしき男女のカップルが抱き合って騒いでいるから余計に僕の心はドギマギすることになった。理性が飛んでマヤに抱きついたりしないよう、必死で自分を制した。


 地元に戻ると、僕はデルロイに会いに行った。


「ようウィル、受かったんだってな。まあ、お前が頑張ってたのは知ってるからさ。良かったな」

「ああ……」

 デルロイは気が向いた時には僕の訓練に付き合ってくれたりもした。幼い頃の乱暴なデルロイからすると考えられない。ましてや、地元民の中でもひ弱な部類だった僕なのだから。


「デルロイ、ついでにさ……」

「ん?」

「模擬戦、やってくれないか?」

「……マジで言ってんの?」


 ずっと決めていたことだ。区切りにしたい。一度でもデルロイに勝てたなら、マヤに気持ちを伝える。そんなことを考えていた僕の愚かな感情に決着をつける。


 勝てるわけはないのだ。正直、考え始めた頃より、僕とデルロイの実力差は開いている。けれど、これをしないと前に進めない気がするから。


「……いいよ、来いよ」

 デルロイは僕を河原に誘った。こんな場所で模擬戦をするとは。喧嘩というわけではないが、なにか青臭い。


「ふふ……」

「どうした?」

「いや、何か青春ぽいなと思ってさ」

「はっはっは、確かにな!」

 デルロイも青臭いと思ったのだろうか、大きく笑った。


「じゃあ、行くよ……!」

「ああ、来てみろ!」


 僕は杖を取り出し、ありったけの魔力を込めてデルロイを撃った。デルロイも反撃してくる。


 勝敗はあっという間だった。僕はひっくり返って空を眺めている。


「へっへ、まだまだだな」

「はぁっ、はぁっ、さ、流石だな、デルロイ」

 汗一つかいていないデルロイに、魔力を大量消費したせいで絶賛息切れ中の僕。これ以上ない完敗だ。


「死界討滅軍、入るんだろ? もっともっと強くなろうぜ」

「ああ。これからもよろしくね」

 そう言い合うと、僕はもう少し風に当たっていくとデルロイに伝えた。デルロイは鞄を担いで帰っていった。


 空を見上げる僕に風が吹き付け、それがとても気持ち良い。悔しいけど、悔いはないかな……。


 きっと僕の恋心はまだまだ消えないんだろうけど、これでケジメをつけないと。そんなことを思っていると、目の前が暗くなった。誰かの影のようだ。


「なーにやってんのよ、ウィル」

「あれ、ドリス……?」

「青春しちゃって」

「見てたのか……」

「うん、見てた」

 ドリスは静かに僕の隣に腰を下ろした。それに合わせて僕も起き上がった。そして、ドリスに言葉をかける。


「そういえば合格おめでとう。成績一位なんて、凄いじゃないか」

 ドリスもアカデミーに合格したのだ。デルロイとマヤほどではないとはいっても、ドリスも凄い力を持っている。


「ありがとう。ウィルもよくやったね。きっとマヤも喜んでるよ」

「え……、そうだと嬉しいけど」

「何赤くなってんの」

「い、いや、そんなことは……」

「はぁ……」

 何やらドリスは呆れたような顔をして川の方を見た。今の会話の流れでどうしてそうなったのかが分からない。


「デルロイとマヤ、ケンカップルとか言われることあるじゃない?」

「え……」

 不意にドリスが切り込んできた。もしかして、ドリスは僕の気持ちに気づいているのだろうか。


「あれ、マヤは迷惑してるよ。一回、デルロイの婚約者が本気で疑って、マヤのところに来て、大騒ぎになったことあるんだから」

「へぇぇ、そうなんだ……。え……? 婚約者って……、誰の……?」

「言ったでしょ。デルロイの」

「……デルロイの?」

 え、誰それ……。デルロイの婚約者って、そんなの聞いたことが……。


「はぁぁ、やっぱり知らなかったのね……。デルロイは自分のこと喋らないからなぁ。あれで結構、婚約者のことを愛しているみたいよ」

「え……、いや……、その……」

 頭が混乱して追いつかない。え、それだとデルロイとマヤがくっつくこと、ありえなくない??


「ド、ドリス……。ひょっとして僕の気持ち、気づいてる……?」

「好きなんでしょ、マヤのこと……」

「うぇぇ……」

 気づかれていたなんて……。僕がデルロイとマヤがお似合いだなんて勘違いをしていたこともドリスは知っていたんだ……。だからここに。


「は、はい、そうです……」

「素直で宜しい」

「あ、あの……、これ、マヤも知ってるの……?」

「いや、マヤは自分のことには鈍いからねー。気付いてないと思うよ」

「そ、そう……」

 少しだけ安心した。マヤにまで知られていたとしたら、たまったものではない。


 その時、近くで物が川に落ちた音がした。


「あ、やば……!!」

 それはマヤの声だった。僕とドリスは驚いてそちらを見た。


 空気が揺れている。風魔法で誰かが姿を消している。声が聞こえた以上、それが誰かは明白だった。


「ちょちょちょちょ……!!」

 揺れている空気の層が川に落ちた何かを拾い上げた。すると、その拍子に風魔法が乱れて消えてしまった。


「マ、マヤ……!?」

「あちゃー……」

 顔が真っ青になる僕と、頭を抱えるドリス。そして、目の前には顔を真っ赤にしたマヤがいた。


「いいい、いやあの、ご、ごめん、わた、私、ただ、ウィルがデルロイと河原に来るから何事かと思って……」

 どもったドリスはそこまで言ってフリーズし、そして走り去ってしまった。


「あっ、マヤ!?」

「もういい、行け、ウィル!!」

 慌てる僕の尻をドリスが蹴った。


「うわっ、ド、ドリス……!!」

「マヤがいたのは私も予想外! そこはごめん! でもほら、マヤ行っちゃうよ!!」

「あっ……!?」

 僕はマヤを追いかけて走り始めた。聞かれたからには、もうあやふやにするわけにはいかない。


「まったく、世話の焼ける……」

 ドリスの声が後方から聞こえたが、頭には入っていなかった。



 マヤに風魔法でも使われていたら僕ではとても追いつけなかったはずだが、どうやらマヤはただ走っていただけのようで、しかも最初に全力疾走してしまったために段々とスピードが落ちていた。ついに追いついた僕はマヤの手を掴んだ。


「マヤ、待って!!」

「ひゃあっ!?」

 マヤが悲鳴を上げる。僕が近づいていたことなんて気配で分かっていただろうに、パニックにでもなっているのだろうか。


 マヤは僕の手を振り払い、自分の両肩を抱いて座り込んでしまった。


「どうして逃げるのさ……?」

「だ、だって……。びっくりしたんだもん、ウ、ウィルがその……、私のことを」

「好きだよ。ずっと……、好きだった……」

「そ、そっかぁ……」

 マヤが天を仰ぐ素振りをした。


「でも、なんでよ? 私、ウィルより強いのよ? 男の人って、そういう女、嫌なんじゃないの?」

「そ、そんな風に考えてたの??」

「う、うん。皆そう言ってたし……」

「小さい頃はそうだったかもしれない。でも、今は逆に君の強さが僕の憧れなんだ」

「そ、そう……」

「マヤは、デルロイとくっつくんだと思ってた」

「んなわけないでしょ! 私はああいう、ついてこいやって感じの男はタイプじゃないわ! ケンカップルとか言われてるの知ってるけど、いい迷惑よ!」

「そうだったのかぁ……。そういう話、マヤとしたことなかったもんね。デルロイに婚約者がいるってのも、さっきドリスに聞いたよ」

「それ、知ってる人少ないからね」

 マヤは少し落ち着いたようで、くすくすと笑った。僕はそこまで冷静にはなれない。思いっきり想いを告げてしまったのだから。


「私は、私のこと分かってくれる人がいい。認めてほしいことを肯定してくれる人がいいの」

「察してほしいってこと? そんなことができる男なんて、そうそういないと思うけどなぁ」

「ふぅ、ウィル、自分のこと分かってないのね!」

「え……、うわあ!?」

 不意にマヤに抱きつかれた。マヤの身体の感触がダイレクトに伝わってきて、彼女の香水の香りが鼻を通り抜け、頭が真っ白になる。


「ウィルはずっと私のこと分かってくれてた。私自身が気づいていないことだってよく分かってるし、エスパーかと思ってたよ」

「そ、そそそ、それはマヤのことをよく見てただけであって……」

「だ・か・ら、私はそういう人がいいの! 口だけじゃない、外見だけを見てるわけじゃない、本当の私を見てくれてたのは、ウィルだけだったよ」

「じ、じゃあ……」

「ずっと、ウィルが良いって思ってた……」

 僕の背中に回されているマヤの腕に力がこもったのを感じる。


 まさかそんな。マヤの気持ちが僕に向いていただなんて……。息が詰まるほど硬直している身体は素直だったものの、頭は驚きに支配されている。


「僕が貴族じゃないのは……?」

「そんな時代じゃないよ。私の親戚だって、平民と結婚してる人もいるのよ。私だけ駄目とは言わせないわ」

「け、結婚って……」

「あはは、それは気が早いか。お付き合いから始めましょ!」

「ほ、本当に……!?」

「うん」

「っ……!?」


 僕は今度こそ思いっきりマヤを抱き締めた。ありえないと思ってきたことが現実になってしまった。浮かれる気持ちを抑えきれない。


 こうなってしまった以上、もう見守るだけなんて嫌だ。絶対に離さない。


 死界討滅軍にだって共に入り、共に戦わなければ。所詮、魔道士としての才能のない僕は、もっともっと努力しなければならない。

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