08 回想:分不相応の想い人(ウィル視点)

「お前ごときが偉そうに言うんじゃねーよ、ウィル」

 デルロイが僕を見下ろしながら言う。


 相手との力関係を考慮して引くような考えは、まだ幼い僕にはない。だからデルロイと喧嘩して叩きのめされたというわけだ。デルロイの表情はつまらなそうだった。


 デルロイと一緒に僕を取り囲んだ連中は薄ら笑いを浮かべていた。きっかけは僕が彼らの一人と口論になったことだ。ただ、デルロイ以外は何もしていない。その必要なんてなかった。それぐらいデルロイは喧嘩が強かった。


「ちょっと、何してるのよ、やめなさいよ!」

「げっ、良い子ちゃんのマヤが来たぞ!」

「逃げろ~!」

 僕を取り囲んでいるところを見かけたのか、マヤが駆けてきた。デルロイ以外の子はそれを見て逃げていってしまった。無理もない、マヤはこの地域で一番偉い貴族の令嬢だ。下手なことはできない。


「デルロイ! あなたはまたそうやって乱暴して!」

「うるせーな! お前こそ、いつも何なんだ! そんな弱虫をかばったって、何にもならねーだろうが!」

「そんなに力があるのに、わざわざ自分が弱いと思ってる相手をいじめるなんて卑怯よ!」

「!? このアマ、言わせておけば!!」


 デルロイの手に魔力が集中し、それを見たマヤの手にも魔力が宿る。しかし、それ以上に発展することはなかった。いくら乱暴者のデルロイとはいえ、女の子に暴力を振るうのは自分の主義に反するのだろう。


「ちぇっ、つまんね!」

 そう吐き捨てると、デルロイはそのまま行ってしまった。


「ウィル、大丈夫?」

 マヤが僕に手を差し出してくる。同年代の男にやられた上、女の子に助けられてしまったことで、僕の心に惨めさが募り、その手を拒んでしまった。


「ウィ~ル!!」

 するとマヤが無理やり僕の手を掴み、引っ張り上げた。


「悔しいのは分かるけど、不貞腐ふてくされてたって何も変わらないよ? ちゃんと立って、歩きなさい!」

「もう、何なんだよ、マヤ……」

 マヤは手を繋いだまま僕を引っ張って歩き始めた。勘弁してほしい。有力貴族の令嬢とこんな風に歩いているところを見られたら何を言われるか……。


 僕のちっぽけな男心に我関せずという態度で接してくるのも、何だか感情を無視されているようで心が普通ではいられなかった。


 けれど、思えば僕はこの頃からマヤを意識していたんだと思う。それは、分不相応な恋心に発展していってしまった。



    ◇



「俺の地元舐めてんじゃねーぞ、このゴミ野郎ども!」

 デルロイが怒鳴る。怒鳴った先に倒れているのは三人の大人だ。東からこの地方に流れてきた避難民ということだったが、どうやら窃盗を繰り返していたらしい。


 僕を含む同級生数人が襲われた現場に現れ、相手を叩きのめしたというわけだ。その後、僕たちはデルロイに頭を叩かれた。『ああいう時は助けを呼べや、バカ野郎!』という言葉つきで。


 そう、デルロイはこういう奴だ。幼い頃に喧嘩でやられたこともあるが、いじめっ子という訳ではない。何年か前、僕を取り囲んだ連中だって、デルロイの気に障ればボコボコにされていた。


 デルロイは強い。だけど、幼い頃はそのエネルギーをどこに向けていいか分からなかったんだと思う。段々とそれも制御できるようになってきたらしい。最近は殴られる同級生も減ってきた。だけど、一つだけ変わらないことがあった。


 自警団と一緒についてきたマヤがデルロイと口論を始めた。


「どうして自警団を呼ばないのよ! 何かあったらどうするの!!」

「そんな暇なかったんだよ! 見りゃ分かるだろクソ女!!」


 この二人が感情剥き出しで口論するのは相変わらずだ。上級生を含めても地元でNo.1とNo.2の実力者の口論なので、あまり間に入りたがるものはいない。そこに積極的に入ろうとする物好きは僕ぐらいなものだ。


「はいはい、落ち着いて」

 僕は杖から魔法でマヤとデルロイの方向に風を出しながら間に入った。


「何だよウィル。そもそもお前らがトロトロしてるからだぞ!」

「ああ、それは分かってる。ごめんな、いつもありがとう」

「ったく、調子狂うな……」

 デルロイはそのまま倒した窃盗たちを自警団に引き渡しにいった。


 皆は今でもデルロイを怖がっているが、僕はもう慣れた。何なら彼の強さに憧れさえ持っている。デルロイなら、いずれ死界を滅ぼすことさえできるんじゃないかと。


「まったく、ウィルも世話焼きね」

「まあ、放っといても君らが本当に喧嘩することはないと思ってるけど」

「そんなことないわよ! そろそろ本当に爆発しそう! あいつ、落ち着きがなさすぎるのよ」

「そう?」

 僕はくすくすと笑った。きっとこの二人は大丈夫、そういう確信は幼い頃から持っている。けれど、口論を素早く収めるコツは僕が一番よく分かっているつもりだ。それが、少し嬉しかった。


 やがてマヤも自警団の人に合流し、話を始める。そこにはもちろんデルロイもいる。


「……」

 だけど、やっぱり嫉妬も感じるのだ。マヤとデルロイはある意味では息が合っている。二人とも、現時点でも死界討滅軍に合流できてしまいそうな実力なのだ。養成アカデミー入りは確実。いつかは二人で手を取り合って、死界に立ち向かっていくのだ。


 二人は既にケンカップルというような言われ方もしている。正直、お似合いだと思う……。


 一度でいいからデルロイに勝ちたい。そうしたら、自分の気持ちをマヤに伝えて良いのではないか。僕はそんな青臭いことを考えている。だから、訓練は人一倍しているつもりだ。魔法学校の授業の予習復習も欠かしてはいない。


 叶わなくても良いんだ。マヤが誰と一緒になったとしても、僕は行けるところまでついていく。マヤのことが、好きだから。



    ◇



 死界の侵攻速度が早まった。そのニュースが飛び込んできたのは僕らが13歳のある日だ。東のいくつかの町で死界討滅軍による避難誘導が始まるらしい。もしかすると新たな避難民がこの町に来るかもしれない。


 魔法学校のホームルームで、デルロイとマヤが死界討滅軍に合流することが僕たちに伝えられた。クラスメイトは感嘆の声を上げていた。それはそうだ、まだ養成アカデミーの訓練も受けていない中等教育過程の生徒が参加するのだから。


 そして、デルロイとマヤが組む……。それは本当に夢見るようなコンビの結成だ。少なくとも僕の地元でそう思わない者はいないだろう。


 けれど、僕は不安だった。まだ早いと思う。僕が言うのもなんだが、二人は連携できるほど精神的なものができあがっていない。だから、僕は先生に無謀な直訴をした。


「僕も行かせてください」

「は??」

 先生は目を丸くしていた。教室の喧騒の中での僕の宣言で、クラス内は静まり返ってしまった。


「えっ……と、ウィル、何を言って……」

「本気です。僕の実力不足は分かっています。僕の役割はそこじゃない」

 そう言って僕はデルロイとマヤを交互に見た。


「ま、いいんじゃねーの」

 デルロイはそっと教師の方を見て口を開いた。それを見たマヤはホッとしたように見える。


「うん、ウィルも来てくれたら嬉しいです」

 マヤもそう言ってくれた。


「うーむ……」

 先生も、僕らが何を言いたいかは分かっているはずだ。デルロイとマヤの扱いが一番上手いのは僕、ということだ。連携が必要になった時の緩衝材の役だ。デルロイとマヤも、いざとなったら僕がいた方が良いと判断したのだ。


 あとは僕が非力な魔道士見習いであることがどう判断されるか、だった。

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