07 訓練(ルーツ視点)

 死界討滅軍の入軍試験に合格し、晴れて俺はその一員となった。しかし、他の隊員との連携戦術のことは一切知らなかったため、養成アカデミーで一部の授業に少しだけ参加することになった。


 それはよくあることらしい。確かに、せっかく入軍しても連携ができなければ何もできないだろう。俺もこの世界のことは全く知らないからちょうど良かった。


「というわけでルーツ、もう少し私と一緒ね」

「はは、すっかり俺の保護者だね、ドリス」

 俺はドリスと落ち合い、アカデミーへと向かった。生徒になったわけではないので俺は制服ではない。軍服もまだ支給されていなかったから、揃えた服を適当に選んで着ている。


 ドリスのクラスで連携を科目とした一部の授業を受けるので、教室で自己紹介をした。


 俺の出自を聞いてくる者はいなかった。一応、どの辺りの出身なのかというストーリーも用意していたのだが、無駄骨に終わった。


 そのクラスにはドリスと同郷だという生徒が他に三人いた。


 一人はマヤ。昨夜、ドリスと一緒にいる時に出会った少女だ。見たところ、他の生徒とは比べ物にならない魔力を宿している。


 二人目はデルロイ。見た目のゴツい少年だが、何よりも目を引くのはその魔力量だ。飛び抜けている。マヤも凄いが、この少年はさらに凄い。英雄の素質を持っているといえる。正直、俺のいた世界だったら、あの創造神サカズエに敵視される存在だったと思う。


 三人目はウィル。凡庸ぼんような少年という印象だ。魔力量も、正直クラスの中で誰よりも低い。聞いたところでは、成績も落第ギリギリなのだという。向上心だけは誰にも負けない男だというのが、ドリス評だ。デルロイやマヤと違って、この少年は貴族ではないらしい。しかし、どうやらマヤと恋人関係だという。


「釣り合いが取れてないように見える……?」

 ふと、ウィルを見る俺にドリスが話しかけてきた。確かに、魔道士としての才能溢れる貴族のマヤと、魔力の乏しい平民のウィルとではバランスが取れていないように見えると思っていたところだった。


「心でも読めるのか、君は……」

「やっぱりそう思ってたのね。まあでも、あの二人を見てきた身とすれば、なるようにしてなったカップルだと思うよ」

「そうなのか」

 ドリスがマヤとウィルを見る目は、これもまた保護者のようだった。ドリスは世話焼きな性格のようだ。


「ルーツ、できればこの後の授業を見学していってほしいのだけど」

「見学?」

「連携の訓練じゃないからルーツには関係ない授業。でも、ちょっとウィルを見てほしい」

「ウィルを? まあ、いいけど……」

 特に予定があるわけでもないので、ドリスの言う通り次の授業を見学させてもらうことにした。


 それは、魔法を使った対戦を行う授業だった。なるほど、これなら実際にウィルがどの程度の実力なのかを見ることができるだろう。


 三名の教師が目を光らせる中、同時に複数の対戦が行われた。デルロイとマヤは、平均レベルを遥かに超えているのであっという間に相手を降参まで追い込んでいる。ドリスは、デルロイやマヤほどではないが、それでもやはりこのクラスで三番手の実力を発揮していた。


 一方のウィルはというと……。


「厳しいな、これは……」

 俺は思わず呟いた。


 決して劣等生ではない。扱う属性魔法はどれも突出していないが平均的なレベルをクリアしているように見える。ただ、相手を圧倒できるものではない。魔法の発動スピードもかなり厳しい。何戦か見たが、どの対戦もウィルの敗北に終わった。


 ウィルには申し訳ないが、魔道士としての才能はないのだろう。このアカデミーに入学できた時点で平凡ということはないのだが、恐らく努力でカバーしたのだ。基本を大事にしたウィルの魔法行使を見ていれば分かる。しかし、それ以上の伸び代は無かったということだ。


 ふと、ドリスが俺の元にやって来た。


「ルーツから見て、ウィルはどう? 何か助言があると嬉しいのだけど」

「助言と言われても……」

 難しいと思う。基本ができていないわけではない。むしろ、基本に忠実という意味ではクラスの誰よりもできている。だからこそ、余計に助言と言われると難しい。


「ウィルは努力家よ。落第になったとしても、自分で鍛錬して私たちに……、ううん、マヤについていこうとするわ。でも、それじゃ駄目なのよ……」

「それじゃ駄目?」

「うん。やっぱり、それで死界について来られても、無意味に命を落とすだけだから」

 ドリスの言い分は随分と具体的だ。聞けばマヤはこのアカデミーに入学する前から、家の手伝いで死界からの避難作戦に携わっていたという。そのうち、また死界に突入する機会があり、ウィルもついてくるということだろうか。


 ドリスの声は落ち着いていたが、必死さを感じた。彼女にとって、ウィルも大切な友人なのだろう。俺は再びウィルの模擬戦に目をやった。


「ん……?」

 よく見たおかげか、一点だけ気になるところがあった。俺はそれを確かめてみたくなり、教師の元に向かった。そして、ウィルと少し対戦できないか頼んでみた。


 その願いは承諾され、俺とウィルが対戦することになった。待ち時間の生徒にとっては興味をそそられるものだったらしく、多数の見学者に囲まれることになった。


「はぁっ、はぁっ、よろしくお願いします」

「少し休んでからにしようか?」

「いえ、大丈夫です!」

「ふむ」

 開始の合図の後、ウィルがすぐに火魔法を放ってきた。魔法の収束が遅いから妨害可能だが、それは見ていたから知っている。試したいのは別のことだった。


 ウィルの攻撃をかわし、俺は威力よりスピード重視で魔法を発動させ、ウィルを撃とうとした。ウィルはそれに反応し、迎撃体制に入る。


「やはり……」

 俺は思わず呟いた。ほぼ確信に変わりつつある。ウィルの魔法速度では迎撃はできないが、ポイントはではない。


 迎撃できずに魔法を被弾したのでウィルの体制が崩れたが、追い打ちはかけずにウィルが立て直すのを待ってから別の魔法を発動させた。やっぱりウィルはそれにも反応しようとする。


 これは、間違いないな。


 ウィルは、周囲の魔法への反応速度が図抜けて高い。このクラス最強のデルロイでさえ、ここまでの反応の早さは感じなかった。俺も相当素早く詠唱しているつもりだが、詠唱開始時点でもう反応しようとしている。


 残念なのは、ウィルがそれを活かす他のスキルを持っていないことだ。反応できても何もできない。それは勿体ないことだと、俺は思った。


「はぁっ、はぁっ……」

 ウィルの息切れが酷い。消耗が激しいと感じたので、俺は教師に合図をして模擬戦を終わりにした。


「……ありがとうございました」

 そう言ったウィルの声のトーンが低い。自信を無くしているのか、それとも反応はできるのに上手くいかないことへの苛立ちか。ウィルはマヤを含む複数の生徒に声をかけられながら下がっていった。


 しかし、ウィルの長所は見い出せた。そのことについて考えるべく、学生の輪から抜けようとした時、声をかけられた。


「対戦、いいですか?」

 その声の主はデルロイだった。目が凄い……。俺を倒してやろうという意志に溢れている……。


「えっと……、まあ良いけど……」

「っし!」

 デルロイはやる気に満ちた顔で教師の方に向かい、許可を取った。


 俺は苦笑した。デルロイの振る舞いが、前の世界でのことを思い出させたのだ。同じように模擬戦の約束をしてきた奴がいたことを。


 ブルーニー、奴は魔道士ではないが元気にしているだろうか。俺が死んでいなかったことを知ったら、また殴られるな……。



 デルロイとの対戦は、教員からのストップで終了することになった。凄まじい使い手だ。俺の力でも仕留め切れなかった。もちろん、模擬戦なのである程度自重した結果でもある。ただ、デルロイはそれが気に入らなかったようだ。


「ルーツ。俺はあんたも超えるぜ」

 デルロイはそう言うと踵を返し、歩いていった。凄い野心だと思うし、在り方にブレがない。死界と戦わねばならないこの世界にとっては、ありがたい人材なのだと思う。


 俺がデルロイを見送ると、マヤが近寄ってきた。


「ごめんねルーツ。デルロイはああいう奴だから」

「いや、いいさ。頼もしい男だと思うよ」

「それは同感。と・こ・ろ・で」

「ん?」

「私とも模擬戦、やってくれない?」

「……マジか?」


 こうしてデルロイに続き、二⃣番手の使い手とも模擬戦をするはめになってしまった。ドリスによると、マヤがデルロイに対抗意識を燃やすのはよくあることだという。



    ◇



 その授業の後、俺はドリスたちの担当教官と話をしにいった。主にウィルについてだ。


「流石ですねルーツ、そこに気づくとは。ええ、我々もウィルの反応速度が図抜けていることは把握しています」

「やはりそうでしたか」

「ですが、他の成績がね……。あの才能を活かせないのですよ。残念ながら落第をつけようかと思っています。死界との戦いは苛烈なものだ。中途半端な者は生き残れない。むしろ、他の隊員を危険にさらしかねない」

「ウィルの才能を活かした戦い方の模索などは?」

「そうですね、それができたら死界討滅軍の戦力強化に繋がるかもしれません。しかし、我々にもそこまでのリソースが無いのですよ」


 それは無理もないことだろう。聞けば、死界との戦いで死界討滅軍の人員は減る一方。やっとの思いで教育用の人材を確保し、何とか死界討滅軍のメンバーを育てているのだ。ノウハウのないことをいちから研究する余裕はないはずだ。


「なら、ウィルを俺に預けてみませんか?」

「え?」

「昔、魔力の乏しい者が戦う方法を模索していたことがあります。多分、ウィルにそのノウハウを伝授すれば使いこなせると思います」

「ほう、そうですか」


 俺は前の世界で魔道士オーデルグと名乗り、復讐の同士と共に戦った。彼らの中には強者もいたが、戦士としても魔道士としても強者とはいえない者たちも含まれていた。


 彼らを戦えるように訓練したノウハウが俺にはある。それをウィルに試してみたいと思ったのだ。

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