02 新世界の裏事情(ルーツ視点)

 馬車が街に着くなり、俺とドリスはケガ人を病院に担ぎ込んだ。俺はこの世界の常識が分からなかったため、病院とのやり取りはドリスに任せた。重症の者はいたが、命に別状はないとのことだった。


 一段落し、二人で病院を出て公園のベンチに座った。


「ルーツは、この街は初めてなんだ」

「ああ。当てのない旅をしているところだよ」

 異世界から来たなどと言えるわけもなく、俺は適当な誤魔化ごまかしを口にした。


 ドリスは俺より若いとはいえ、年齢はそこまで離れていない。ケガ人を運ぶ過程で自然と敬語は取れ、気軽に話すようになっていた。


「でも、魔道士なのよね。死界しかい討滅軍には興味ないの?」

 ドリスは死界という言葉を出した。


 それこそがこの世界を苦しめる元凶だった。ユグドラシルの精の元で、この世界の事情を見たからその存在は知っている。


 この世界は、東からゆっくりとアンデッドの侵攻を受けている。アンデッドたちに侵食された土地は暗黒の瘴気に覆われ、植物は枯れてしまうし、人間や動物、魔物ですらアンデッドに殺されてしまう。死界というのは、アンデッドの領域に没した場所を指す。殺された者の一部もまたアンデッドとなり、その死界の力をますます強めるのだ。


 死界が世界を覆い尽くした時、それはすなわち世界の滅亡を意味する。


 それに立ち向かうのが、死界討滅軍ということだろう。戦いに身を投じるのなら、俺が居るべき場所かもしれない。


「そうだなぁ。出来れば参加したいとは思っているけど」

「え、入ろうとしてたの……? でも、ルーツが死界討滅軍に入ってきたことなんて、だけど……」

 ドリスの発した言葉が段々と小声になったため、最後に何と言ったのか聞き取れなかった。


「え? 何か言った?」

 俺は怪訝けげんに思い、ドリスに聞き返した。ドリスは一瞬何かを考える素振りを見せたが、ため息をついて改めて俺の方を向いた。


「ううん、特に意味はない。忘れて」

 ドリスのその表情は何故か儚げだった。


「それで死界討滅軍に入るなら、養成アカデミーに入るのが近道よ。ルーツ、正確な年齢は?」

「俺? 19歳だけど……」

「3つ上か~。それだと年齢で弾かれちゃうな」

「そうなのか」

「18歳以上だと、いきなり試験を受けて合格する必要が出てくる。合格率はかなり低いのだけれど、でも、さっきのルーツの実力を見る限り、もしかしたら行けるかもしれないわね」

「やけに詳しいんだな」

「私、これでも養成アカデミーの2年生だから」


 聞けば、養成アカデミーに入学するのも相当に難しいことのようだ。よほど実力のある者でないと、実戦で生き残れないから選別も厳しいらしい。しかし、死界討滅軍の基準がそうなのであって、この分だと通常の教育機関のレベルも相当に高いのではないだろうか。


「ルーツ、受けてみる?」

「ああ、そうだな。それがいい」

「本当に乗り気なのね、良かった……」

「?」


 ドリスの口ぶりは、俺に死界討滅軍に入ってほしいような言い方だった。どうもこのには、何か裏がありそうだ。


 俺はふと、この世界が抱えているという時の流れの問題について考えた。ドリスがそれに絡んでいるのかは分からないが、万が一ということもある。注意はしておくべきだろう。



    ◇



 その後、ドリスが利用している宿に案内され、夕食を共にした。せっかくこの世界の者と知り合ったのだ、死界や養成アカデミーのことをもっと知りたかったし、夕食時に話を聞かせてもらうことになった。


 養成アカデミーは三年制らしい。学校で訓練を受けるだけでなく、今回ドリスがおこなっているように実地研修も組まれるのだという。無事に卒業して死界討滅軍に入ると、死界に突入してアンデッドの駆除を行うことになるそうだ。そうすることで、死界の進行スピードを緩めることができる。


「しかし、それでは死界の進行を止めることにはならないんじゃないか?」

「そうね、その通り。この世界から、人が生きていける大地はもうどんどん失われている。死界そのものを消し去る試みもしてはいるけれど、ほとんど上手くいっていない」

「随分な情報だな。それもアカデミーで教わるのか?」

「うん。昔はアカデミーの生徒には隠されていたんだけど、今はもうそんな余裕もないみたい」

「しかし、そんな大事なことをこんな食堂でベラベラと喋って良いのか?」

 俺は食堂を見回しながら言った。まばらだが客はいるのだ。


 すると、宿の女将が料理を運んできた。そして、それらをテーブルに並べながら口を開いた。


「あんた、ひょっとして西の方の者かい?」

「……遠いところから来ました」

「そうかい。ここら辺じゃ、もう皆うすうす気づいているんだよ。死界討滅軍の旗色が悪いってことをさ。今更アカデミーの生徒が隠すまでもないのさ」

「なるほど、そういうことでしたか」

 改めて辺りを見渡すと、他の客は俺の方を見て苦笑いしている。そんなこと、分かりきっているという表情だ。


「この街が死界に飲み込まれれば、住んでいる私たちは西に避難するしかない」

「そうなれば、大勢の難民が西に押し寄せることになりますね」

「それだけじゃないさ。いつかはその西の国々だって、死界に飲み込まれちまうんだ。それまで、どう生きるかが大事さね」

 女将の声色は、それほど重苦しいものではない。受け入れているのだろうか。


「ま、あんたが西の方の出だってんなら、いずれ私たちと同じように悩んで、答えを出すことになるだろうさ」

 女将は笑いながら厨房に戻っていった。


「……」

「ルーツ、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 ドリスの問いかけに、俺は適当に返答した。


 俺はふと元いた世界を思い出した。俺はあの世界を破壊しようと、魔力結界で世界全部を囲おうとした。この世界の脅威は、少しそれと似ている。だからかもしれない。この世界を選んだのは……。


「ドリス、君の仲間はどうなんだ?」

「えっ?」

「無理だと思っているのか? 死界を滅するのは」

「ううん。各地から腕自慢が集まってきているからね。自分こそが死界を討滅して英雄になってやろうって気概の人ばかりよ」

「そうか。それは、良いな……」


 それは若さゆえのことかもしれないが、良いことだと思う。もちろん、俺はそれとは少し違う。ただ、戦う場を求めて、せめて俺のしたことの代償となれるよう、何かを救いたくてここに来たのだから。


 ドリスは、明日にはこの街を発って、アカデミーに戻るらしい。俺は、それについて行くことにした。

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