ループする世界、時を超える想い

シマフジ英

01 転生した復讐者(ルーツ視点)

「ルーツ、身を置く世界は決まったか?」

 青い服と帽子の小人、ユグドラシルの精が俺に尋ねた。


 そこは空の上なのに地面を感じる不思議な場所で、眼下には俺が破壊しようとした世界が広がっている。しかし、念じれば大樹ユグドラシルと繋がっているという多くの異世界を見ることができた。


 世界を破壊しようとした罪人である俺に、もう一度生を与えようというのだ。元の世界に戻るか、ユグドラシルが繋がっている別の世界に行くかの選択を求められている。時間を貰い、幾つかの世界をそこから見た後、俺の心は決まった。


「元の世界には戻りません。俺は、別の世界に……」

 そう言うと、俺は念じて目の前にその世界を写した。それを見たユグドラシルの精はため息をついた。


「選択は自由だが、やはり君は修羅の道を行くのだな」


 俺が選んだのは、ある理由から滅びを前にした世界だ。罪人である俺には相応ふさわしい。


 きっと、戦いのない平和な世界を選んでゆっくり生きる選択をすることはできるのだろう。しかし、俺はそうする気にはなれなかった。


「望みは贖罪しょくざいか?」

「そうなのかもしれません……」

「君のことだ、自分の力だけでその世界を救うことはできないと分かっておろう。何かを救うことで代償としたいのだろうが、過酷な戦いに身を投じること自体をも目的としているな」

「……」

「ユグドラシルは贖罪など求めぬ。考え直しても良いと私は思うが」

「もう決めたことです」


 俺の返答に、ユグドラシルの精は再びため息をついた。


「それが君の答えだというのなら……」

「ありがとうございます」

「助言は与えよう。その世界が抱えているのは、目に見える滅びだけではない。時の流れが乱れておる」

「時の流れ……?」

「そうだ。そして世界に矛盾が起これば、致命的な滅びを迎えることになる。そうなれば、滅びの波及を防ぐため、ユグドラシルはその世界を切り離す。君が映像で見たものは、その世界の危機のほんの一面に過ぎぬのだ」


 その世界では、滅びにあらがうために人々が戦いを繰り広げているのだが、それとは違う危機も存在するということだ。ユグドラシルの精の言うことは抽象的だったが、それだけは理解できた。


「世界に矛盾が起きぬよう、『呪い』という形で対策はしてある。しかし、完全ではない。気をつけることだ」

「ご助言、痛み入ります」

「では始めるぞルーツ」

「はい、分かりました」


 ユグドラシルの精が右手を俺に掲げると、俺の身体が発光し始めた。光が激しくなり、目を閉じる。


 やがて明るさを感じなくなり、そっと目を開けると、俺は大地に立っていた。


 身体を確認すると、ユグドラシルの精と共にいた時と同様、かつて失ったはずの左手もあるし、闇の魔力なしでも俺の身体は動いていた。


「本当に、転生したのか……」

 辺りを見渡すと、そこは街道のようだった。丘の方に向かって道が続いており、横には大きな森がある。そして、俺の立っている場所には、かばんが置かれていた。


 中には魔法を行使するための杖と保存食や飲み物、さらには、丘の方に向かって進むと街があると書かれた紙が入っていた。


餞別せんべつってことか」

 俺はもう姿の見えなくなったユグドラシルの精にお辞儀をした。


 そして、鞄を抱えて歩き始めた。



    ◇



 俺は街道を進んでいった。丘を超えると、河に囲まれた大きな街が視認できた。遠方からでも魔力を感じる。どうやら何らかの仕掛けで河に退魔の魔法をかけているらしい。


 俺が元いた世界と違い、ここは人と人との戦いよりも、人と魔物の戦いが主となっている。人間の攻撃を防ぐ守りより、魔物を近づけさせない工夫の方が大事なのだろう。


 ふと、目を戻して街道の前方を見ると、馬車が停まっていた。そして、魔物らしきモノ数体と、人間が戦っている。


「ちっ、いきなりか!」

 俺は足に風魔法をまとわせ、高速移動でその場に向かった。


 転生してくるなり戦いに巻き込まれに行くとは、我ながら苦笑してしまうが、俺が望んだ道でもある。


 現場では五人の人間が倒れており、四体の魔物に対して一人の魔道士が奮闘していた。しかし、防戦一方となってしまっている。


「加勢する!」

 俺は魔道士に声をかけ、火魔法で魔物二体を同時攻撃した。


「え!?」

 魔道士が驚き、声を上げる。それは女性の声だった。女性はすぐに状況を察し、他の魔物への攻撃に移った。


 俺は魔物を相手にしつつ、彼女の魔法を横目で見た。かなり優れた魔道士のようだ。元いた世界でも、これほどの使い手はそう居るものではない。正直、俺が助けに入らなくても負けはしなかったように思う。


 しかし、戦える者が多いに越したことはないはずで、俺たちは早々と魔物の撃退に成功した。


「どなたか存じ上げませんが、ありがとう」

「気にしないでください。それよりケガ人は?」

 俺の言葉を聞くなり、女性はすぐに倒れている者たちの元へ向かった。一人は軽症だが、他の四人はすぐに手当が必要な状況だった。


 女性が守ったおかげで、馬が無事だったため、俺たちはすぐにケガ人を押し込め、馬車を走らせた。ついでに馬に右手をかざし、魔力を注ぎ込む。


「……それは?」

 女性が怪訝けげんな顔で俺を見ながら尋ねてきた。


「馬を強化している。こうすれば早く着きますよ」

「……そんな魔法、聞いたことありませんが?」

 その言葉に俺は苦笑した。俺が元いた世界の魔法だから、この世界の住人にとっては異世界の未知の魔法になるのだろう。どう説明すれば良いのだろうか。


「でも、あなたが凄い魔道士だってことは分かります。助けてくれてありがとう。私はドリス」

 俺は横目でドリスと名乗った女性を見た。


 歳は、恐らく俺より若い。少女といって良いだろう。この若さで先ほど見たような戦いが出来るのだから、本当に大したものだと思う。


 肩ほどまである髪はつややかなストレートで、赤を基調とした服とスカートはドリスの美しさを際立たせていた。


「ルーツです。ドリスは、魔道士なんですか?」

「まだ学生ですよ。魔道士の卵です」

「へぇぇ、それは凄い……」


 学生の身であの魔法は凄いことだと思う。しかし、ある理由で滅びに立ち向かっているこの世界では必然なのかもしれない。恐らく、教育にも力が入っているのだ。


 聞けば、商人一行の護衛を引き受けたのだという。学生がそういう危険な仕事をやる世界でもあるということだ。しかし、これは元いた世界も同じような気がする。学校に入らずに冒険者として実績を重ねようとする若者も多かったものだ。


「この時期にこの場所に来たのはだったわ。こんな魔道士がいたなんて、これは上手くすればあるいは……」

 ドリスが呟いたその言葉は、小声すぎて聞き取れなかった。


「何か言いましたか?」

 俺がドリスに尋ねると、ドリスは俺の方を向いた。


「いえ、何でもありません」



    ◇◇視点変更



 青い服と帽子の小人、大樹ユグドラシルの精は、ルーツの旅立ちを見届けていた。ルーツがドリスと出会うように仕向けたのは、ユグドラシルの精の差し金でもあった。


「その世界を選んだからには奮闘してもらおう、ルーツ。救うのは君でも無理かもしれないとは言ったが、あるいは君の力なら……」


 ユグドラシルの精の目論見通り、ルーツとドリスの出会いは、その世界の在り方に一石を投じることになっていくのだった。




ーーーーーーー1話あとがきーーーーーーーーー


 私が投稿した作品『破壊神の終末救世記』の主人公ルーツに、もう少しだけやらせたいことができまして、後日談的な物語として投稿させて頂きます。


 タグにある通り、性懲りもなくNTRがありますが、今回の被害者はルーツではありません。そして、今回も仕掛けありのNTRです。それが何なのか、想像しながら見ていくのもありかもしれません。

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