第3話  社内カースト

 昼休みとなっていた。

 今日は主任は外食、お局は公園。現在事務所は俺と刹那崎せつなざきだけだ。


「あの書類、てめぇに任せたヤツだよな」

「すんません。はんこだけでいいと言われたんで」


 先ほどの書類。あれは数字がズレていたから、刹那崎にお任せしたんだ。なんか目つきが数字に強そうじゃん?


 なのに、怒鳴られたのは俺。理不尽すぎる……!


「なぁお前、今日で試用期間、終わりだから。今日で入社二十七日目だし、もう一人前だろぉ?」

「え?」

 だから言った。刹那崎が短く声を出す。


 言われたことがわからなかったのか、平社員の俺に言われたからなのか。ただ、ヤツの口端はわずかに上がり、俺の方がひきつっていた。


「今笑ったか……?」

「日数まで把握してくださってて、嬉しいす」


(違うぞ刹那崎ぃ!! 嫌味なの! お前のことをちゃんと見てる先輩とかじゃないの!)


 暴れそうになったがこらえた。目を逸らして続ける。


「ここはな、昨年の新入社員がゼロだったんだ」


 だから、いたのは上司だけ。


 ブラック企業を笑顔で生きる、趣味仕事、生きがい仕事の体育会系主任。監視カメラのようなお局。


 そんな場所での小間使いは、息をつく暇もない労働地獄だった。


 俺が何を言いたいのか理解できないのだろう。刹那崎はまたじっと、隠れた目で俺を見た。


「俺が待ってたのは、どんな後輩かわかるか?」

「わかりません」

 ヤツがずいと寄り、即答。近い近い距離感わかんない!


「考える力は行方不明かよ」

「何も考えないようにして生きてきたんで」


 つい蹴った。ヤツの足を。

 昨日までは、できるだけ机の脚を蹴っていたんだが、もういいだろう。


「俺が待ってたのはな、使いやす~い後輩だったんだよ。軟弱で、卑屈で、頭の悪い――」


 そこで、バンと音がした。扉の音だ。


「たでーま、秋山お茶三秒で!」

「あ、私は朝のより濃くしてちょうだい」

 カーストの頂点様がお戻りだ。


「おかえりなさいっす」

 刹那崎が机に向き直り、残りの飯をかっこみ始める。俺も最後のパンを口に入れると、刹那崎を盗み見た。


 の、その男。


 だからもう、チェンジを希望する。多くは望まない、やめてくれるだけでいいんだ。


 早いほどいいが、GW明けが望ましいだろう。なんせ連休中は、仕事量が殺人的だからな。


「昨年までの連休は、雑用が俺だけで悲惨だったけど、今年はお前がいるから気が楽だなぁ」


 呟くと、刹那崎がまたこちらを見た。笑っている気がするが、無視。


「全部お前に任せるぞ」


 そしたらきっと、週明けにはお前は来なくなるだろう。どんな手を使ってでも、サヨウナラだ刹那崎。


 楽しいGWが始まるぞ――。

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