第57話 おかわりは頼んでねぇぞ

 それは一体の魔物の仕業だった。

 三本の角を有し、凄まじい突進力を有するトリケリウスという名の亜竜だ。


 一度獲物を見つけると、永遠に追い続けるという凶悪な性質も持つことから、樹海に挑む戦士たちに非常に恐れられている。


 そのトリケリウスが、城壁に強烈な突進を見舞ったのだ。

 並の魔物の攻撃ではビクともしなかったはずの壁が粉砕され、一気に穴が空いてしまう。


「ま、まずいですわっ! 街の中に、侵入されてしまいますの!」


 トリケリウスは穴を開けただけでは満足せず、城壁の中へと突入していこうとする。

 その先には、武装した非戦士たちが、万一に備えて待機しているが、彼らがこの魔物を撃退できるとはとても思えない。


 慌てて城壁の上から魔法部隊が攻撃魔法を放つが、トリケリウスは亜竜だけあって、非常に硬い鱗を有している。

 そのためちょっとやそっとの魔法では、傷をつけることすら不可能だ。


 さらにこのトリケリウスが開けた穴に、他の魔物が続いていく。

 このままでは街中に魔物が溢れかえることになってしまうだろう。


 と、そのときだった。

 突如として空から降ってきた巨大な氷塊が、トリケリウスを直撃、そのまま押し潰してしまった。


「へ?」


 もちろん、エリザがやったわけではない。

【青魔導師】である彼女も、氷系の魔法は得意としているが、あんな巨大な氷塊を生み出せる技量は到底ない。


「まったく、わらわが控えておいてよかったのう」


 溜息混じりの声。

 エリザが慌ててその声が聞こえてきた方向に視線を向けると、そこにいたのは、


「ギルドマスターっ!?」


 この都市バルセールの冒険者ギルドのマスター、バネットだった。


「あまり年寄りを戦場に駆り出すもんではないぞ?」


 十歳ぐらいの女の子にしか見えない姿でそう嘆息すると、彼女はトリケリウスに続いて街に侵入しようとしていた魔物へ、氷の槍を次々と射出する。

 一本も外すことなく魔物の身体を射貫き、あっさり全滅させてしまった。


「そ、そういえば、ギルマスの天職も確か、あたくしと同じ【青魔導師】……お、同じ天職でも、ここまで違うんですの……」


 バネットの参戦で、ひとまず街の中への魔物の侵入を防ぐことができた人間側だったが、城壁の外でも優勢に戦いを進めていた。


「これで半分近くは倒せたんじゃないっすか!」

「うん、見た感じそれくらいだね。まだ油断はできないけれど、この調子なら……っ!?」

「? どうしたっすか、ジーク? 何が……」


 城壁の上にいるため、状況を把握しやすいリオとジーク。

 そんな彼らが思わず言葉を失ったのは、遥か向こうの方から、猛烈な砂煙が押し寄せてきていたためだ。


「え? これって、デジャブってやつっすか? さっきも同じようなのを見た気が……」

「……見たね、確実に。そしてそれは魔物の大群が巻き上げた砂煙だったよ」

「じゃあ、あれは何っすか?」

「第二波?」

「そんなの聞いてないっすよおおおおおおおおおおっ!?」


 城壁の上にいた他の者たちも徐々に遠くから近づいてくるそれに気づいたらしく、どんどん騒めきが広がっていった。


「千体って話じゃなかったのかよ!?」

「さらに後方から、同じような大群が押し寄せて来てたってこと!?」

「マジか!? 最初の千体だけで、もうお腹いっぱいだぞ!?」


 あちこちから悲鳴が上がるが、まだ地上で戦っている者たちは、第二波の接近に気づいていない。

 残り五百体あまりとなった魔物の群れを、一気に殲滅しようと奮闘している。


 やがて残り三百体ほどまで魔物が減ってきたところで、ようやく彼らも第二波の存在を認識した。

 なにせそのときには砂煙どころか、地上からでもはっきりと先頭集団の姿を確認できるようになっていたのである。


「新手だと!?」

「冗談じゃねぇ!? もう限界だぞ!?」

「体力もほとんど残ってねぇよ!」


 戦士たちが絶叫する中、さすがのアンジュも愕然と息を呑む。


「おいおいおい……おかわりは頼んでねぇぞ……?」


 リオは城壁の上で頭を抱えていた。


「終わったっす……せっかく冒険者になれたのに……おれたちの冒険者人生、短かったっすね……」

「なんか大変なことになってるな?」

「大変どころじゃないっすよ、ジーク! よくそんな他人事みたいに言えるっすね!?」

「え? 今のは僕じゃないけど……」

「へ?」


 そこで二人はもう一人の存在に気づいて、思わず叫んだ。


「「ルイス!?」」


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