第35話 どう考えても迷い込んだ農家

 やがて巣穴の最奥に辿り着いたルイスは、ゴブリンがこれだけ大量に繁殖していた理由を理解した。


 巣穴の奥に、雌と思われるゴブリンたちを近くに侍らせながら、偉そうに椅子にふんぞり返っている一体のゴブリン。

 ホブゴブリン並みの体格を誇り、見ただけでもゴブリンの上位種だと分かる。


「なるほど、ゴブリンキングか。こいつがいるゴブリンの群れは、通常の何倍もの速さで繁殖して大きくなっていくって聞いたことがある。それでこんなに大量だったんだな」


 さらにそのゴブリンキングを護るように、ざっと百体以上ものゴブリンが待ち構えていた。

 その中にはホブゴブリンの姿もあれば、鎧を身に着けて剣と盾を持つ重装備のゴブリンもいる。


「えっ……助けに来てくれたの!?」


 そんな声が聞こえてきて視線を向けると、そこには服のほとんどを剥ぎ取られ、あられもない姿になった若い三人の女性の姿があった。

 まだ十代の後半といったところだろうか。


 手足を鎖で繋がれて、身動きが取れない様子である。


「あ、あたしたち、見ての通りゴブリンに捕まっちゃって……っ! このままだと、あたしたち苗床にされちゃう……っ!」

「ちょっと、苗床とか言わないでくれる? ゴブリンに犯されるとか、死んでも嫌よ」

「希望現る?」


 どうやら聞こえてきた悲鳴は彼女たちのものだったようだ。


「あれ? でも、もしかして、たった一人……?」

「しかも私には大きな大根を抱えているように見えるんだけれど?」

「ついでにあの服装。どう考えても迷い込んだ農家」


 ルイスの姿をよくよく見て、急速に期待が萎んでいく三人娘。


「でもでも、ここまで一人で来れるってことは、きっとすごく強い人なんだよ! 戦える農家さんっていうかさ!?」

「そんなの聞いたことないわ」

「右に同じ」

「一応、俺は冒険者だぞ」


 勝手にあれこれ言われていたのでルイスが応じると、三人娘は目を輝かせた。


「やった! 冒険者じゃん! 最低でもBランク! 下手したらAランクかも!?」

「Cランクだ」

「終わったわ……Cランク冒険者じゃ、ゴブリンキングなんて倒せるはずもない……」

「……希望はまやかしだった」


 今度はがっくりと肩を落とす三人娘。

 喜んだり絶望したりと騒がしい。



 一方ゴブリンキングは相変わらず玉座に悠然と腰かけたまま、配下のゴブリンたちに命令を下した。


「グギャ」


 直後、百体を超えるゴブリンたちが一斉に殺到してくる。

 ルイスは大根を大きく振りかぶると、ゴブリンキング目がけて全力投擲した。


「「「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」」」


 大根の軌道上にいたゴブリンたちが、高速回転しながら飛んでくる大根に激突する度に吹き飛んでいく。

 慌てて大盾を構えた後方のホブゴブリン部隊も、大根を食い止めることはできなかった。


「グギャアッ!?」


 ゴブリンキングが寸前で咄嗟に飛び退いた次の瞬間、玉座を粉砕して大根は背後の壁に深々と突き刺さった。


「「「は?」」」


 そんな声を発したのは三人娘たちである。


「躱したか。だがもう一発いくぞ」


 そのときにはすでにルイスは、また新しい投擲用の大根を構えていた。


「「「いやどこから出てきた!?」」」


 思わずツッコミを入れる三人娘。

 対してゴブリンたちは大慌てだ。


 再びあれを投げられる前にと、ルイスに襲い掛かろうとするが、不意に巻き起こった風に阻まれて近づくこともできない。

 ならばと、杖を持ったゴブリンたちが、攻撃魔法を放ってくる。


「魔法を使うゴブリンもいるのか」


 もっとも、魔法は途中で風に押し返されて、逆にゴブリンたちの頭上へ降り注いだ。


「う、上っ!」


 叫んだのは三人娘の一人。

 ルイスが咄嗟に頭上を見遣ると、ナイフを手にしたゴブリンが飛びかかってくるところだった。


 どうやら隠密系の能力を持つゴブリンもいるらしい。

 ルイスは大根を振り回して殴り飛ばす。


「ん? ゴブリンキングはどこに行きやがった?」


 再び視線を奥に向けたとき、先ほど玉座から逃れたゴブリンキングの姿がなかった。


「きゃあっ!?」


 悲鳴が下方向に視線をやると、ゴブリンキングが大振りのナイフの切っ先を、捕まった娘の一人の首に沿えていた。


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