最終節 自分の本当の名もわからない

最終節 自分の本当の名もわからない



 溜池山王から首相官邸へと続く坂道を次郎は爆走する。

 川崎製のNinja1000は申し分ないエンジン音と馬力で封鎖された道路を突破した。

 装備は整えた。

 背中には『出張デリバリー館』と書かれた立方体の巨大なリュック。

 斜めに吊ったゲルマン・ファナティックが、封鎖しようとする警備を撃ち、ぐうっと伸びた首相官邸への長い坂道を登り切る。勢いそのままに、路上駐車していた警察車両を踏み台にして総理官邸の高い壁をバイクで飛び越えた。

 竹と石で彩られた庭にガラス張りの建物が飛び込んできた。それらは美しくライトアップされていて、次郎も記念に二発ほど撃ち込んだ。

 警備が前に、職員が混乱するように建物内を走り回っている。

 次郎はゲルマン・ファナティックで出入口の扉を撃ち、亀裂の入ったガラス戸にNinja1000で突っ込んだ。

 ガラスが弾ける強烈な音ともに、首相官邸の三階正面玄関で悲鳴と銃声が巻き起こる。

 内閣の組閣時に写真を撮る長い階段が見えた。


「カアァァァッ! これ、一回やりたかったんだァーッッ!!!」


 象徴的な階段を乱暴に蹂躙しながら、上階へと駆け上っていく。途中で警備が躍り出てきたが、素敵な川崎製の二輪車に跳ね飛ばされて階下へと落ちた。

 官邸内の空中庭園を正面にした広い通路で目的の人物を見つけた。

 六条吹雪をはじめとした一団は警備に囲まれて、どこかへ避難をしようとしているようだった。

 次郎がゲルマン・ファナティックを放ち警備の脚や手を撃ち、武器を落とさせた。

 急ブレーキをかけてバイクが室内を滑る。

 秘書の一人を巻き込んでバイクは空中庭園を臨む強化ガラスに激突した。

 ひどいヒビがガラスに入り「うぎゃああ」と秘書の一人が叫んだ。

 次郎はふわふわの絨毯のうえでゲルマン・ファナティックを構えて。


「よーっ、総理ってあんただっけ?」


 自分よりもよっぽどジジイな連中に銃口を向ける。

 はわわわ……と腰砕けに倒れたのが、貴船宮内大臣だ。

 むっつりとした顔でこちらを睨んでいたのは、獅城防衛大臣である。

 なるほど、いやらしい密談をしていたわけか。

 次郎はゆったりとした足取りで六条吹雪のもとへ歩み寄った。


「テロリストの白山次郎だな。こんなことをして、なにになると言うのだ」


 首相は宣言するように言った。思いのほか、通る声だった。

 ぞろぞろと奥から、手前から、後ろから……警備の人間が駆けつけてくる。


「ちょっと『確かめに』来ただけだ。殺しが目的じゃない」

「なにを確かめに来た。さっさと殺さないと、あんたが殺される事になるぞ」


 首相の主張通り、まわりには警備がわんさか集まっている。

 彼らは次郎に銃口を向けている。

 六条吹雪の顔にレーザーサイトの赤いポイントが浮かんでいなければ、すぐにでも蜂の巣にされていた事だろう。

 次郎は言った。


「三田京子の身柄を預かった。あんたら宮内省の公家どもが、くそったれな策謀を巡らせていたことを知った。んで、確認だ。本当の隠し子は何人だ? 全員ってわけじゃねえだろ?」


 六条吹雪はこの問いかけにむっつりと黙ったまま。


「尊い御方は御一人だ。だが、彼女は表には出ない」

「オッケーだ。一人だな」

「わざわざ、それを確認するために……こんなバカな真似をしたのか」

「いいんや? 伝えたいことはもうひとつある」

「なんだ?」

「京子を……いや、この件に絡んでる娘たちから手を引け。殺すな。自由にさせてやれ。彼女たちは皇族でも隠し子でもなんでもない。ただ、フツーに生きるべき娘たちだ」

「捨てられた、自分の本当の名もわからない孤児だ」

「その態度が、どうも好きになれねえ」


 次郎はフッと肩の力を抜いて、渾身の力で拳を振るった。

 めきっ……という骨が軋む音と高齢者の身体がたわむ感覚――。


「うぎゃああっ!」


 絨毯の上に跳ね飛ばされた六条吹雪は、鼻血を流しながら崩れ落ちた。


「てめえみたいなふざけた野郎は殺してやりたいがッッ、こっちは殺しをやめたんだ! だけどっ……一発でも殴っておかなきゃ気が済まねえんだ! ここに来たのは、このためだ!」


 ぐっとサイトを覗き込んで射撃姿勢を強めると、周囲の殺気も一段と高まった。


「ううっ……このために、か。バカな奴め。こんなことをしてどうなる。わたしを殴って、どの娘が尊い御方か聞きだすつもりだったんじゃないのか」

「ああ、娘は特定する」

「どうやって?」

「科学的手法に拠って、さ!」


 次郎の主張に六条吹雪は「……科学的手法?」と眉を寄せたが、すぐにピンときたらしく、大声で叫んだ。


「皇居だ! こいつの真の狙いは宮城の陛下だ!」


 瞬間、次郎が背負っていた『出張デリバリー館』のどでかい立方体のリュックから強烈な白煙が噴き上がった。当時に転倒したninja1000も同様の煙を吐きだし始めた。

 誰かが発砲しかけて「撃つな、撃つな、同士討ちになる!」と別の声が諫めた。

 げほげほ、とあちこちで咳き込む。空調が強大な音を発して煙幕を屋外へと排気し始めた。

 視界が回復したとき、バイクと『出張デリバリー館』のどでかいリュック、そしてゲルマン・ファナティックだけが、その場に残っていた。


「くそっ、逃げたぞ!」

「探せッ! 部屋をくまなく探せ!」


 警備があちこちで指示を出し、首相や大臣たちを安全な場所へと連れ去っていく。

 次郎はその様子を警備の衣装に身を包んで見送り、自分も探すふりをしてエントランスホールへと身を進めた。

 あとのことは、神宮寺大佐の領分だ。

 さすがに国際指名手配のテロリストは、皇居の宮殿に立ち入る事は出来ないのだから。

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