第四節 欺いたんだ!
第四節 欺いたんだ!
六条吹雪は控室の一室で右へうろうろ、左へうろうろと歩いていた。
上座にある一人掛けのソファの傍らには若い秘書官が、二人掛けのソファには獅城防衛大臣がどっしりと座っている。
扉が開き、顔面蒼白の貴船宮内大臣が鼻水を垂らしながら部屋へ戻ってきた。
「どうだ!」
六条吹雪は『ぜったいによくない状況だ』とわかる表情の貴船に、一縷の望みをかけて問いかけた。
「総理……、消えました」
「だから、皇軍の指揮官に確認をとれと言っただろうがッ!」
「で、ですから……」
貴船のおろおろとした口調に獅城防衛大臣が「指揮官が消えた、が答えか?」と助け船を出した。その助け舟に、貴船はうんうんと首を縦に振って。
「皇女どもと……詰めていた皇軍の一部が、消えました」
「皇女どもって……。ば、バカを言うな! 二十人もいたはずだ! 修学旅行じゃないんだから、目立つはずだ! 空港を封鎖して捜索しろ!」
「し、しかし……人員が……」
「自衛軍ッ!」
鬼気迫る表情で六条吹雪は獅城防衛大臣に視線を向けたが、この軍属は余裕たっぷりに腕を組んだまま瞑目していた。
ゆったりとした間を置いてから。
「皇宮警察が、まだいるでしょうに。防衛省と大本営統合参謀本部は、この一件に関与する事は出来ませんよ。それに、いまから自衛軍を向かわせたところで……すべては後の祭りだ。総理がおっしゃったように二十人もの小娘が一挙に空港内へ紛れれば、ある程度は目立つ。まさか、引率役の教師が四十名も配置されている……とでもお考えですか?」
「ならば、どう考えればよい!」
「もっと別の手段で、そっくりそのまま、移動させたと考えるべきだ」
「どうやって!」
「知りませんよ。少なくとも、皇軍の幹部は敵方に寝返り、女たちは用意周到に準備された輸送方法で、きっと今頃は遥か彼方へ移動を開始している。そして……」
「なんだと言うのだ……!!! この先、なにが起こる!」
「――YPLFは反撃をしてくる。練馬と同じ轍を踏むわけにはいかないので、都心の防空については協力を致しましょう。すでに地対空ミサイルが厳重に都心上空を警戒しています」
獅城の発言に貴船が両手で頭を抱えて膝から崩れた。
「ああ、おしまいだ! 陛下の御心に背くような計画を立てたのが、間違えだった! こんなことになるのなら、堕胎させるべきだったんだ! あのときに!!!」
「ええいっ、いまさらそんな事を言ってどうする! それに陛下はこの件について、なにもお気持ちを表明しておらん。そもそも、この件に関与されていない!」
「されていないわけ、ないでしょう!」
貴船はぼろぼろと涙をこぼしながら、真っ赤に紅潮した顔を六条に向けた。
「あなたが欺いたのだ! 陛下をッ!!! あの時の事をわたしは覚えていますよ。あなたは強硬に主張された! どれが本当の娘か、わからないようにするべきだ、と! 今後のためにッ……いえ、陛下を騙し、欺くためにッ! そして用意したじゃないですか! 二十人、いや三十人もの孤児を引っ張り出してきて!」
「皇室を守るためだ」
「違うッ! 欺いたんだ! 皇室を守るだとか、宮内省予算だとか、退職者の再就職先だとか……あなたはいつも言い訳を並べ立てた! でも、本心は違うッ! あんたは、陛下を苦しめるために、この一件を仕組んだ!」
六条吹雪はゆっくりとソファに腰を降ろした。
自分でも、意外なほどに冷静であることに驚いた。
ミスをしてはいけない事案で致命的なミスをしてしまった。
なんのために首相の座に上り詰めたのか。それは皇室を守るという大義のためだ。
ここにいる獅城をはじめとした民間の、下院の政治家どもでは、この件を処理できない。だからこそ、上院である貴族院から選出された。所属政党もそれを黙認したが……。
「我らは絞首刑か。それとも斬首刑か」
この問いかけに貴船は慄いたが、獅城が冷静に「それは裁判所が決める事でしょう」と述べた。
空気が鉛のように重くなったとき、荒々しいノックとともに別の秘書官が入ってきた。
「溜池山王より襲撃です」
スッと立ち上がり獅城に目を向けた。
防衛大臣は冷静な表情を維持したまま。
「戦車か。機械化歩兵か?」
「いえ……一人です。バイクでこちらに向かっています。バリケードで封鎖をしていますが、ことごとく破られておりまして」
「白山次郎だ。噂に聞く以上のバカだな」
獅城はそう言って立ち上がる。
遠くで遠雷のような爆発音が響き、ガタガタと窓が鳴いた。
「避難をしたほうが良い。溜池山王から現れたという事は、たぶん狙いはこちらでしょう。総理、あなたの命を狙っている」
獅城防衛大臣はゆったりと立ち上がり「腹をくくりなさい、総理」と述べた。
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