第三節 でも、これ、ホントだから

第三節 でも、これ、ホントだから



 長い通路の先に設置されていた鉄扉をあけたとき、薄暗い一室にはたくさんの女の子が詰め込まれていた。

 彼女たちは俯き、陰惨な顔をして、ジッと次郎を見ていた。


「あァっ……、この子たちが――ふぎゃああああっ!!!」

「でええええええいっッッ!!!」


 唐突な激痛が股間から脳天へ貫いた。

 もんどりを打って次郎は床に倒れ込んだ。

 腰に差していたイーグル・アイが床を滑る。


「やったっ!」


 激痛の視界内で、京子がガッツポーズをして意気込むのが見えた。

 彼女は自分が蹴り倒した男の姿にキョトンとして、唖然として、「あああぁぁ……!!!」と顔を青ざめて、頬を紅潮させた。なんとも忙しい娘だ。

 一方で見知らぬ少女が素早くイーグル・アイを拾い上げて、両手で正しく銃を構えた。

 そうして、冷静な表情で照星から次郎を見据えて――。


 ――カチンッ!!!


 乾いた音が一室に響いた。


「うううっ……だ、だから、弾が入ってねえってば」


 股間を押さえ、ごろごろともがき苦しみながら次郎は呻いた。

 その様子に京子が「次郎、どうして!?」と驚きの声を上げた。

 弾切れのイーグル・アイを手にしていた少女が「知り合い?」と京子に聞く。京子はしばし当惑してから「ま、まァ……」と応えた。

 命の恩人をそんな嫌そうに紹介するんじゃねえ、と突っ込みたかったが、京子の蹴りが思いのほか次郎の大切な部位を貫いていて、声が出なかった。


「皆さん移動します。指示に従って、迅速に行動をしてください」


 遅れて神宮寺が一室に入ってきた。

 誰もが当惑している。

 もっとも当惑しているのは京子だった。


「えっ、なんで、どういうこと? あなた達は敵同士で……」


 すると神宮寺に遅れて、彼の副官が「大佐ッ!」と駆けつけてきた。


「なにを考えているのですか、大佐!」

「十七番ゲートへ彼女たちを案内してください。直ちに搭乗を」

「いや、ですから……そこは米軍機の専用ゲートですよ!」

「はい。なので、急いで彼女たちを搭乗させてください」


 すると京子はハッとしたのか「長澤さんが!」と声を発した。

 次郎はグーサインを作って。


「人身売買は秀樹のオハコだ。だから、急いで行ってくれ」


 そう答えたものだから、他の女の子たちが怯えてしまった。

 京子はぐるりと周囲を見渡して。


「あの、大丈夫です。このひとバカなんで、ちょっと言葉が汚いだけなんです」


 するとイーグル・アイを拾い上げた少女が「たははは!」と豪快に笑い、京子の背中を叩く。


「あんたにはいいヒトがついてるんだね。羨ましいよ。で、この人が死んだかもしれないって泣いてた相手なわけ?」


 そう言って彼女は京子にイーグル・アイを手渡した。


「ちっ、……な、泣いてなんかない!」


 京子はイーグル・アイをぶんどるように快活な娘から受け取った。


「なんだよ。ちょっとは心配してくれてもいいじゃねえか」


 次郎は呼吸を整えながら、股の間に押し上げられた急所を所定の位置に戻そうと必死だった。

 その間にも、女の子たちは神宮寺の指示でぞろぞろと移動を始めていた。

 次郎がひいひい言いながら立ち上がったとき、京子と奇妙な雰囲気を発する少女だけが部屋に残っていた。


「早く行け、時間が惜しい」


 すると京子が小走りに近づいて来て……次郎に抱きついた。

 まわりの目を気にしていたのか、彼女は「よかった、よかったァ……」と呻きながら、ごしごしと顔を次郎の胸に押し当てた。


「死なないって、信じてた。撃たれたぐらいで、次郎はしなないって信じてたから!」

「股間蹴られて死にかけたし、銃で撃たれたらちゃんと死ぬ」

「でも、来てくれた。助けにきてくれたから……!!! ありがとう、次郎」

「やめろ、いまじゃねえだろ」

「いまだよ。蹴っちゃって、ごめん。でも、助けに来てくれるって、信じてた! ホントにホントに、信じてたんだから!」

「ベタなセリフ吐くんじゃねえ。最初から言っただろう、絶対に守るって」


 すると京子は次郎の首に両腕を廻して、ぐっと顔を近づけてきた。

 ちょっとだけ背伸びをして。


「――ンン!!!」


 思わず次郎が眼を見開いたとき、神宮寺が「ふん」と鼻を鳴らして視線を切り、奇妙な雰囲気を発する少女が「おおおっ!」と感嘆を漏らした。

 京子はぎゅっと目を瞑って、息をつめて、くっさいくっさい三十路の悪臭源のひとつから唇を離して……。


「わたし、お金がないから。でも、これ、ホントだから。だから、絶対また迎えに来て。これっきりは、なしだからね!」


 スッと次郎から身を離した京子は、不思議な雰囲気を発する少女の元に戻って「行こう」と声を掛けた。友達になったらしい黒髪の女の子が「あんたやるじゃん」と京子を肘でつついていた。

 次郎はキョトンとしたまま、ふたりの後姿を見守っていた。

 部屋を出るとき、京子は次郎へ振り返って。


「約束だかんな!」


 そう言って手を振って……廊下に消えた。

 そんな京子を見送ったらしい神宮寺が「やれやれ」という具合に首筋を掌で擦って。


「伝説の傭兵も、あの小娘にはかなわないようですね」

「う、うるせえな」

「あの子との約束を果たすために、最後に一仕事をしてください」

「あたりめえだ。こっちはこっちの仕事をする。だから、あんたも頼んだぞ」


 わかりました、と神宮寺は頷いた。

 それに対して神宮寺の副官が「どういうことですか、大佐ッ!」と抗議する。

 神宮寺は冷静に副官へ言った。


「潮目が変わったのです。物事が終結したとき、勝者の側に就くのが、わたしの考えです」


 すると秘書官は「わ、わかりません……。全然わかりませんよ!」と喚いてから。


「宮内大臣からの密命はどうするのですか!」

「もっと大切な密命が、あるのです。宮内大臣よりも重要な」


 神宮寺はそう言って次郎を見据えた。

 それに次郎も頷いて応えた。

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