第二節 ちげーよ
第二節 ちげーよ
次郎は走った。
窓を突き破って施設の中庭に転がり出る。小さな中庭だが、そこを横切って武器庫を目指した。
バシャッ、バシャッ!!!
まばゆい光が次郎を捉え「うぐっ!」と思わず腕を額に押し当てた。
持っていたゲルマン・ファナティックを短くタン、タン、タン、タン、タンと小刻みに撃ち、光の向こう側から「ぎゃああっ!」という悲鳴が聞こえた。
屋上から中庭に向けられた投光器の激しい光に、じっとりと目が慣れてきたとき、乾いた拍手のような音が聞こえてきた。
「さすがですよ、白山次郎」
夜闇のなかから現れたのは、神宮寺だった。
彼は部下を引き連れて手を叩き、中庭の中央へと出てくる。
中庭の各所には銃を持った兵士が配置されていた。
包囲された、と次郎は思ったが……身体が勝手に動いていた。
ズダダダダ、ダダダダッッッ!!!
ゲルマン・ファナティックの強烈な連射に「ぎゃああっ」「があああっ!」という声が混じった。横凪ぎに銃弾は空間を切り裂き、銃を構えていた兵士たちを絡めとった。
「ぐっ!」
大きなオブジェクトの岩陰に身を隠して、次郎は応射する。
どこにでもバカはいるものだが、一匹のネズミを大勢で囲んで「はっはっはっ!」と笑う阿呆ほど救えないものはない。そんな隙だらけの『お約束』は問答無用の射撃で蹴散らせる。
バリバリと地面や通路、岩を抉るような銃弾の雨が襲ってきた。
次郎は身を隠しながらゲルマン・ファナティックの残弾を確認する。
わずかに音が止んだ。
その一瞬のスキを突いて身を乗り出して建物の上部へ向かって応射した。
「ぐあああっ!」
「があああっ!」
ぼろりぼろりと兵員が地面へと落ちた。
サッと身を隠すと入れ替わるように弾雨が飛びかかってくる。
マガジンを抜き、最後のひとつを差し込んだ。
中庭に配置された残りの面々を一網打尽に出来るだろうか。
次郎は相手の位置を見定めながら、意を決して応射する。
ぐあっ、ぎゃああっ、撃たれたァっ、と声が響く。
それでも方々へ展開した連中を短時間かつ限られた残弾で片付けることはできなかった。
弾が切れ、再び次郎は身を隠す。
頼みの綱はイーグル・アイだった。
ゲルマン・ファナティックを地面に放り、イーグル・アイで応戦する。
重厚な銃声が中庭に響き渡った。
ぐあっ、ぐげええっ!
ひとり、またひとりと悲鳴が聞こえ、当初よりも反撃の弾雨は霖雨のようにさめざめとしたものになった。
次郎は中庭をぐるりと回るように躍り出て、ぎょっと驚いた兵士の肩を撃ち抜いた。
物陰に身を潜めていた兵士が顔を出す。
クレー射撃と同じだ。
こちらが動体であったとしても、射線上に入った相手を撃ち抜く作業には変わりはない。
ザザッとスライディングを決め込んで物陰へと飛び込む。
その一瞬の隙に一発を放ち、また兵士を打ち倒した。
イーグル・アイの残弾も心許ない。
マガジンの中身を確認していたとき、ふと殺気を感じて銃口を向けた。
ばずん、ばずん、ばずん……!!!
「ぐあああっ!」
ひとりの兵士を撃ち倒したが、不意を突かれたせいで余計な残弾を消費してしまった。
次郎が「ちくしょう」と呻いたとき、かちゃりと銃口の気配が耳元に漂った。
「終わりです、テロリスト」
いつの間にか至近距離に位置をとっていた神宮寺は、次郎の側頭部に拳銃を突きつけていた。
「終わり、か」
「ええ、終わりです。今度はしっかりと頭を撃ち抜くとしましょう」
ギリリリ……とトリガーが絞られる音が聞こえた気がした。
ぐっと身を捩って腕を繰り出す。
触手のように腕を振るって神宮寺の腕を揺らす。それと同時に頭を射線上から逃した。
――バズンッ!!!
乾いた一発が地面を穿った。
「ぐうっ!」
相手の腕をぐいと掴み、ぴんと伸びた神宮寺の肘に掌底を叩き込んだ。
骨が曲がらない方向に圧迫を受けたせいで、神宮寺はうめきを漏らしながら拳銃を取り落とした。次郎はそのまま身体を引き寄せて腹部胸骨に連撃を叩きこもうと身を屈めた……が、鋭い蹴りが次郎の脛をしたたかに打ち、視線が揺れた。
「ぐふうっ!」
神宮寺の拳が次郎の横顔を打った。
一撃は顔を直撃したが、二発目、三発目は腕で受けることが出来た。
びりびりと視界が明滅するのを感じつつ、次郎は右手を低く正眼に構えた。
「ウワサ通りの格闘術ですね……拳の殺人術は健在のようですね」
「殺しは、もう稼業としてやらないんだ」
ちらと次郎は撃ち倒した兵士達へ視線を投げる。
彼らは腕や脚を撃たれて呻いている。
「この状況で意図的に急所を外しますか」
「そんな褒めないでくれよ。誰しも得意分野ってもんがあるだろ」
間合いを取って、互いに呼吸を見極める。
神宮寺が腰から軍刀を抜いた。
それを見て次郎もアルマダを手に取った。
刃渡りの長いナイフであるが、神宮寺が手にしているのはそれよりも長い軍刀である。
「であああっ!」
神宮寺は気合声とともに躍りかかってきた。
振り下ろされる一撃をアルマダで受ける。
火花が散り、ざらついた音があたりに響いた。
反撃に出ようにも間合いが違いすぎる。
一撃、二撃、そしてまた一撃……。
繰り出される一撃を受けながら、次郎は必死に主導権を握る好機を探っていた。
激しい剣戟のなかで次郎は叫ぶ。
「貴族だか公家だかわかんねえけど、なかなかうまいじゃねえか!」
「黙りなさいッ!」
カキン、カキンと刃物が鳴る。
増援がやって来ないところを見ると……長澤の予想した通り、皇軍の手札は底をついているのだろう。
「自衛軍が参戦してくれなくて、さぞ大変だろうな!」
「この件は下賤な者たちが関わって良い問題ではありません!」
「俺達は下賤な者の筆頭格だぜ?」
「だから、許されぬのだ!」
振り下ろされた一刀が空を切る。
次郎は意を決して神宮寺へ飛び掛かった。
返す刀で第二撃が横に凪いだ。
「ぐうっ!」
「むうっ!!!」
カキンッ、という音とともにギリギリのタイミングでアルマダが一撃を受け止めた。腕と肘の一部に神宮寺の軍刀が到達していた。
じっとりと血が滲んだ。
「なかなかやるなッ……白山次ぅッ、ぐあっ!」
膝を蹴り、脛を弾いて、手首に掌底を叩き込む。
からんからんと軍刀が転がり、アルマダが夜空にはじけ飛んだ。
ぐっと身体を堪えて拳を構えた神宮寺であったが、急接近した次郎の拳の連撃が突き刺さる。
鳩尾を拳で打ち、胸椎を揺らす。頭部がブレたところで胸骨と肩甲骨を突き上げる。神宮寺の顎が上がる瞬間を見逃さず、掌底で下顎骨を下から貫く。
「ぶびいいっ!」
唾と血が混じった吐しゃを噴く。
そのまま腰椎を狙って正拳を放ち、わずかな抵抗となった神宮寺の泳ぐような拳を掌で打ち止め、側頭骨を煽るように高い位置へ蹴りを放った。
横っ面を蹴り飛ばされて、有能な大佐は息を噴きながら白目を剥いて地面を滑った。
一瞬の出来事である。
鼻骨や舌骨を打つことも出来た。
けれども、打たなかった。
「殺しは引退したからな」
次郎は改めてそう告げた。
倒れた神宮寺は「ぶ、うぶうう……」と上半身を起き上がらせるので精いっぱいの様子だった。
「無理に起き上がるな。呼吸が詰まってるはずだ」
「ご、ころ、せ……」
「だから、殺しは引退したって言ってるだろ」
この状況でも立ち上がって戦おうとする神宮寺の姿に、次郎は「おいおい……」と思った。
「あんた、公家のわりに根性あるな。もっと色白でいけ好かないヤツって印象だったが……なかなか骨があると思うよ。皇軍にも活きのいい公家がいるもんだな」
貴様に何がわかる、というような事を言いたかったのだろうか「きひゃっ……」まで言って「えほっ、げほっ!」と咳き込んだ。
次郎は神宮寺に向き直る。
「なんのために天皇の隠し子を殺すんだ」
ハァハァと息を整えてから、神宮寺は言った。
「そんなの、命令だからだ……。あんたこそ、なぜ厄介な娘を守る」
次郎はその問いの答えを、しっかりと持ち合わせていた。
「あいつ、困ってたから」
「……困っていたからって、それだけですか」
「それだけだ」
依頼主も死んじまって金にならない。
天皇の隠し子かもしれないという厄介な小娘で、拠点は壊されるし、バイクもオシャカだし、踏んだり蹴ったりだ。
けれども「あいつを見殺しにするほど、俺は薄情じゃねえ」と本気で言えた。
美香が聞いていたら、きっと「惚れてるんだァ」と茶々を入れてくると思う。けれども次郎は惚れているわけではない、と思っている。誰かを好きになったことなんて、次郎にはない。ただ一緒にいて楽しいと思える『仲間』がいる。
京子もそんな『仲間』に似ているような気がした。
「仲間が困ってたら助けるだろ。それと同じだ。それ以外に、なんか助けるための理由が必要なのか?」
神宮寺は顔を振って「えほっ、えほっ……」と咳き込んだ。
「天皇の娘なのですよ!!!」
「ちげーよ」
バシンと即答して、次郎は鼻で笑う。
神宮寺は「なにを根拠に……」と呻いた。
次郎は言った。
「あんたがどんな説明を受けてるかは知らねえ。でも、ひとりの男性が二年の間に三十人近くの女を妊娠させられるとは思えない」
次郎は「おまえ、聞いてないのか?」と問い返す。
神宮寺は曖昧に顔を振りながらよろよろと立ち上がった。
「命令を受けているだけです」
「なら、その命令を出した連中は失脚する。間違いなく」
「なぜ、そう言い切れるのですか!」
「十七年だか、十八年前に……確かに陛下は子を作ったんだろうよ。皇太子時代の、男盛りの時期だ。皇太子妃がいるのに、どこの女とも知らねえ奴との間に子を作った。そりゃあ宮内省は大パニックだ。当時の皇室には皇位継承権を持つ男児はおろか、皇女すらいなかった。旧華族を引っ張り出してくるかって議論していたぐらいだ。そんななかでのご懐妊だ。誰でも頭を抱える」
次郎はアルマダを拾い上げ、ケースに収めた。
神宮寺は「では、あの無数の小娘たちは……?」と聞き返した。
「煙幕みたいなもんだろう。来るべき時期に『実はこの子は……』なんて一枚のカードを切るより、十枚ある手札から熟慮と熟考を重ねて本命のカードを切ったほうが、国民にはよく見えるだろう? とにかく、ご懐妊がわかったときは『皇室の存続』を宮内省は選択したわけだ」
「だが、細かいところは詰まっていなかった……と」
「その通りだ。いまでいう保護派と処分派がわかれているように、事後処理の事はキッチリと詰め切れなかった。たとえば『皇室に男児が生まれた場合、彼女らの処遇はどうするか』なんて事をね」
神宮寺は肩で息を整えながら、ジッと次郎を見つめたまま「馬鹿な……」と慄いた。
「あなた方には冷酷に聞こえるかもしれませんが、公家の世界では『ごく当たりまえ』のハナシなのです。不要になった子は処分する。口減らしでも、なんでもいい。有能な子を家長とし、一族を維持、発展させる……」
神宮寺の意見に「公家が考えそうなことだよな」と次郎は呟いた。
皇軍の大佐は「ええ、公家が考えるフツーの論理です」と同意してから。
「たしかに当時の宮内省の幹部は……六条吹雪でした。なるほど、だから彼が政治生命をかけて、この問題を処理しようとしていたわけですね」
「六条吹雪は処分派の筆頭だ。それに貴船大臣は彼の操り人形と来ている。宮内省時代の上司と部下だもんな」
「公家の世界では、もっと切れない縁故もあるのです」
面倒なこった、と次郎は嘆いてから。
「きっと政権与党も問題を把握したうえで、六条を首相として選出したんだろう」
次郎の意見に神宮寺は俯いて、まわりを見渡す。
これだけの大惨事に発展している。
天皇の隠し子を処分するために、およそ煙幕として用意した娘たちも一緒に処分する。きっと児童保護施設や育児放棄となった孤児を『煙幕』としてあてがったのだろう。
神宮寺は「……で」と切り出した。
「あなた方は知っているのですか。本物の『天皇の隠し子』が誰なのか」
「いんや、知らない。あんたらが処分した最初の十六人にいたかもしれねえな」
「……ッ!」
サッと顔を青くする神宮寺に「おいおい狼狽えるなよ、いまさら……」と指摘する。
次郎は彼の軍刀を拾い上げる。わずかに湾曲してしまっている刃物を月明りのもとで確認しながら。
「んでよ、確かめようと思うんだ」
「……なにを、あっ、ありがとう」
軍刀を彼に返して、次郎は宣言する。
「『天皇の隠し子』が、どの娘なのか、確かめとくべきじゃねえかなって」
「どうやって?」
「興味あるか? なら、ちょっとばかり協力してもらわないとな」
にひひひ、と次郎は笑った。
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