第十節 世の中には釈然とする事柄は少ない。
第十節 世の中には釈然とする事柄は少ない。
窓のない地下の一室には二十名の娘たちが収容されていた。
重い鉄扉を開き、三田京子を一室に押し込んだ。
彼女は短い悲鳴と文句を述べて、どんどんと鉄扉を叩いたが、ほとんど声は聞き取れなかった。
神宮寺の傍らにやってきた副官が「公安調査庁から、結果が来ています」と前置いた。
「川崎市の商業施設は無許可の違法店でした。名義は長澤秀樹となっていますが、実質的な使用者は矢沼美香のようです」
「YPLFの構成員だな。現地で遺体を確認したか?」
「確認できていません。神奈川県内に潜伏中と思われます」
チッ、と神宮寺は舌打ちをして「白山次郎の死亡は確認したか?」と重ねた。
この手で銃弾を三発も撃ち込んでいる。
白山次郎が『倒れたところ』まで認めたが、絶命までは確認していない。
副官はわずかにキョトンとしてから「えっ、あの、一緒に……」と言い淀んだ。神宮寺は彼に振り返って。
「医官の立会いのもとで、死亡確認をしたかと聞いている」
「い、いえ……それは」
わずかに顔を振る若い副官を前に、神宮寺は「しくじったな」と自らをなじった。
銃弾を三発ほど撃ち込んだが、最終的な死亡を確認していない。もっときっちりとトドメを刺しておくべきだった。戦国の武将のように、首をもぎとるぐらいの事をしておくべきだったと後悔した。
「で、ほかに報告はあるか?」
「長澤秀樹ですが、消息がつかめていません。都内に潜伏しているとの推測がありますが、公安も追い切れていないようで」
「所詮は公安か。軍部の諜報局は返答してきているか」
「彼らの安否については……なにも。ですが、気になる報告が来ています」
気になる報告……?
若い副官は電子端末を覗き込んで。
「日本国内に『不死身のインパクト』なる指名手配犯が紛れた可能性がある、とのことです」
「不死身のインパクト……。特A級の国際テロリストだ。待てよ、そいつはすでにアメリカで火葬されたハズではないのか?」
当惑しながら副官は電子端末を神宮寺に示した。
YPLFの設立に関わったとするテロリスト。すでに老齢であるが、超人的な身体能力は最期まで健在だったという。八年前にテキサス州で身柄を拘束され、ネバダ州の軍施設で拷問のうえ、非公開で処刑された。その後、火葬場で処理され、遺骨は米帝の共同墓地に埋葬されている。
そうした完璧な米帝の公式記録が残っているというのに……。
「国内で『不死身のインパクト』が生きている?」
ジッと神宮寺は考えを巡らせた。
もしや、YPLFはなんらかの事情で日本国内に拠点を移した。
まさか、この一件を早々に察知をして、阻止するために国内に集結した……?
「ありえない」
ならば、彼らはなぜ日本に舞い戻ってきた。
しばらく神宮寺はその場に立ち止まって黙考する。
答えも結論も導けなかったが、いくらYPLFであろうと、この状況を一変させる能力は残っていないだろうと思い至った。
彼らは散り散りになり、白山次郎は死亡したか重傷を負っている。
不死身のインパクトが日本国内で生存しているというハナシは驚きであったが、彼はもう九十に手が届く老齢だ。
もし仮に、彼らがなんらかの手段でこの基地を襲撃したとしても、二十一名の皇女を全員救出し、安全な場所へ移送、さらには匿い続けると言うのは不可能だと思われた。
「たかだか数名のテログループが、状況を変えることなどできませんよ」
自ら言い聞かせるようにして、神宮寺と副官は司令部へ向かうため廊下を進んだ。
窓の向こうで旅客機が羽田空港の滑走路へ、そして軍用機の滑走路へ航空自衛軍の輸送機が降り立った。ひっきりなしに飛行機が往来する空港施設は騒がしく、今日も眠らない空の港であるようだった。
大型の航空機が夜の荒鷲のように滑走路へ降り立った。
米帝の輸送機であった。
自衛軍との共同訓練であろうか。日本の空軍基地に米帝の軍用機が降り立ってくる事が、神宮寺には釈然としなかった。
そもそも、世の中には釈然とする事柄は少ない。
「ガス室の支度はどうか。急げよ」
副官に命じて、神宮寺は司令部へと入った。
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