第八節 術がない

第八節 術がない



 ミーティングを終えて、次郎は長澤と奥の部屋へと入った。

 遺体安置室のような冷気を含んだ一室である。窓がなく、厳重に施錠がされたロッカーがぐるりと部屋を囲んでいた。

 ミニカウンターの向こう側に立った長澤は指紋認証でロッカーの施錠を次々と外して、その扉を開けた。


「ミネルアの三〇式イーグル・アイ。合わせで五〇アクション・エクスプレス弾。米帝がカフカース紛争の際に投入した強化機械化師団の補助装甲を打ち抜きます」

「生身で食らったら骨も肉も飛び散るな」

「人体にあてる際は細心の注意を」


 カウンターの上に置かれた大ぶりな銃を手に取り「重いな」と次郎は呟いた。

 続いて長澤が別のロッカーから自動小銃を抱えて戻ってきた。


「HK416ゲルマン・ファナティック。七・六二ミリNATO弾を用意しました。ウィンチェスター製で相性がいい。八十年代のソヴィエト討伐の際に広くばらまかれたもので、カラシニコフの再来と言われた名器は現代でも存在感があります」


 提示された自動小銃を構え、サイトを覗く。

 長い銃身を支えるグリップが、ずっしりとした質感と安定感を与えてくれる。


「で、仕上げは?」

「ザ・アルマダ。スペイン製のタクティカルナイフ。護身用にお持ちください。これを抜かない事を願っています。弾が切れる前に、シゴトを終えていただきたい」


 ブレードケースから、ぎらりと光る刃を認めて。


「で、さっきの仮説が事実だとしたら?」


 次郎は美香から支給されたイアホンを耳に押し入れながら聞いた。

 長澤は「三割ぐらいはジョークなんですけどね」と断ったが。


「仮に事実であるとすれば、わたしは保護すべきだと思っています」

「どこで?」

「適切な場所で」


 ふん、と次郎は息を吐いて。


「武器商人はなんでも用意してくれるんだな」

「まァ、そういう生き物ですから。そうだ、バイクも用意してあります。使いたい時は仰ってください」


 彼はそう言って霊安室からミーティングルームへと戻りかけて、立ち止まった。


「……ですがね、スベがないのですよ」

「……なんの?」

「わたしの仮説が事実だとして、対象を特定する『術がない』のです」


 なるほど、と次郎は思った。


「そりゃ、そうだ」

「ですから、三割はジョークなのです」


 にっこりと長澤は笑った。

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