第七節 こういうシナリオは、考えられませんか……?

第七節 こういうシナリオは、考えられませんか……?



 盗んだバイクで大田区へと入った。

 なかなかに愛着がわいてきたビックスクーターであるが、ちゃんと持ち主には返すつもりだ。


「その前に、やる事があるけどな」


 ぽつりと次郎は声を漏らして、総合病院の目と鼻の先にある大型の高齢者施設の車寄せへバイクを乗り付けた。

 介護士の男性が慌ただしく正面玄関へと出てきた。


「皆さん、お待ちです」


 ありがとう、と言って建物に入る。

 エントランスを横切ってエレベーター脇の階段へと向かう。


「もう、みんなはしゃいでしまって」


 エントランスから続いている多目的ホールには、夜であるにも関わらず、たくさんの高齢者が集まっていた。彼らはライフルを持ち、テーブルの上で手早く解体し、油を差し、組み上げて照星に目を凝らしていた。

 次郎はやれやれと思いながら「ここではドンパチやりませんよ」と職員に断りを入れた。

 彼も「そう説明しているのですが」と肩を寄せた。

 親友よりも戦友という世代の人々である。

 傷痍軍人会の手当てでは老後を過ごせない。

 そんな老人たちを専門に扱っている介護施設であるから、無理もない。

 廊下の一角に『Nagasawa Coffee』のプレートが飾ってある。ほぼ無償で高齢者を受け入れる聖人のようなスポンサー企業のプレートである。

 次郎は階段をぱたぱたと降りながら。


「あとはこっちで処理する。じいさん達の血圧が上がらないようにしてやってくれ」


 わかってますよ、と介護士の男性は答えて階上で次郎を見送った。



 地下の一室に入ると長澤秀樹と矢沼美香がテーブルを囲っていた。

 こざっぱりとした装飾のない部屋である。小物棚とテーブルがある居室だ。


「遅かったですね」


 長澤の一言に「皇軍の潜伏先がこんなに早く割れるとは思わなかったんだ」と反論した。

 すると矢沼美香が「ふふんっ!」と鼻を鳴らす。


「で、あたしたちの姫様を取り返す作戦を立てる前に……師匠はどうだった?」

「相変わらずだ。正義を成せ、と。たとえ、世界中が敵になっても……俺達の正義を貫けってさ」


 すると美香はくすっと笑い。


「耄碌するどころか、あたし達より青臭いじゃん」

「まァ、インパクト師らしいといえば、らしいですね」


 長澤もそう続けて、ジッと次郎を見据えた。

 それは『いいですよね?』という同意を求める視線である。

 次郎は彼らと同様にテーブルへ向き合い。


「始めよう、時間がない」


 そう言って広げられた地図に視線を落とした。



 長澤秀樹は川崎駅前の拠点『ネクスト・エース』を差棒で示して、言った。


「やもやもさんの拠点で姫様は攫われました。ここで処刑されなかったのは、我々の介入が功を奏したものと考えます。政権内部で宮内省が進めている『本事案』を懸念する声が上がっています。そのため、現地で姫様を処刑せず……いったん、拠点へと収容したと思われます」


 次郎が「おいおい」と疑問を差し挟む。


「その根拠は?」

「政権内部で宮内省の行いを批判する動きが出ています。宮内大臣が、そうした横やりにうろたえている、と」


 長澤の返答に美香が「ふうん」と厭らしく鼻を鳴らした。


「やらしーねぇー!!! 死の商人には、そーんなトコまでお友達がいるんだ」


 そこまで美香は言ってから「あっ!!!」と大きな声でテーブルを両手で叩いた。


「あんたっ、まさか最初からこの件を知ってて……葛飾会からシゴトを受けたんじゃないでしょうね!」


 勢い込む美香に長澤は「まァまァ」と朗らかな笑みを浮かべて。


「いまは姫様の救出が優先です。話の本筋を戻してもいいでしょうか?」


 美香がむぐぅーと頬を膨らませる。

 次郎も美香も「こいつ、最初から知ってたな」と確信した。

 どこでこの件を嗅ぎつけたのかはわからないが……死の商人という職業の人間は、顔が広い。たぶん、多くのツテを使っていち早く真実にたどり着いたのだろう。

 次郎の推察はどこ吹く風といった様子で、長澤は状況と仮説を述べた。


「敵方は皇軍の可能性が極めて高いです。自衛軍の地上部隊が展開していない事から、宮内省・皇軍の単独事案です。そうなると皇軍の拠点はだいぶ絞られます」


 都内にある皇族の御用地は四つ。準御用地は八つ。

 皇軍の展開作戦の拠点として皇族の御用地と準御用地を使用する事は考えにくい。実際に使用したとしても、人質のような娘を連れ込むには適していない。


「そうなると可能性は二か所……」

「奥多摩と羽田か」


 次郎の返答に長澤は頷いて。


「可能性の順と利便性から考えれば、羽田です。ここには航空自衛軍と皇軍の共同滑走路があります。人質を隠すには、奥多摩の山中よりもこちらの方が適しています」


 ラップトップのキーを叩いた美香も「そうね」と頷いて、ディスプレイをこちらに向けた。


「途中までだけど幹線道路のIRで連中の車列を捉えてる」


 次郎は掌で拳を叩き。


「決まりだな。羽田に行く」

「では、支度を……」


 長澤が静かに頷いたが、次郎は「待て待て」と彼を制止する。


「ひとつかふたつ、明確にしておきたいことがある」

「なんでしょう?」

「羽田にカチ込んでドンパチやる。無事に京子を助け出したとして……そのあとだ。俺達の拠点は大いに壊され、もう後がない。この介護施設には入所者のじい様たちがいる。危険にさらしたくない」


 すると長澤は、そんな初歩的な懸念ですか、と言わんばかりの「あァ」という感嘆を吐いた。


「ご安心ください。京子さんをはじめとした『姫様たち』も含めて、脱出路は考えてあります。問題は『ドンパチやって、姫様を助け出す』ところです」

「そこんとこは俺のシゴトだ。心配すんな」


 次郎はそう言い返してから「んでよ、もうひとつ、ずっと引っかかってる点なんだけどな。これはハッキリとさせておきたい」と話題を切り出した。

 テーブルを囲んで、次郎が疑問点を話すと美香は「ああ! あたしも、それは思った」と目を瞠って同意した。

 すると長澤は顎に指を添えて。


「こういうシナリオは、考えられませんか……?」


 そう言って彼は仮説を述べた。

 それは「サイテーなハナシね」と美香に言わしめ、次郎は呆れて声も出ない仮説だった。

 けれども、その仮説がもっともしっくりくる。そんな気がした。

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