第五節 いつもとおんなじ

第五節 いつもとおんなじ



「起きろッッッてえええんだぁァァァ!!!」

「ぶふぇええええええっ!!!」


 びぐんと背が跳ねて、詰まっていた呼吸がガボガボと音を立てて流れ出す。


「えほっ、えほっ、げほぉっ……」


 胸に張りつけられた電極を本能的に引きはがして、次郎は「えほっ、げほっ、ぶえええ?」と周囲を見回した。

 見ればパチンコ店の地下駐車場である。

 傍らにはAEDとご機嫌ななめそうな美香が居た。


「あ、あれ……? 俺、どうなった?」

「撃たれた。三発も、至近距離から」

「おう、死んだか」

「生きてる。秀樹が調達してくれた特殊素材の防弾ベストじゃなかったら、はれて三途の川の向こう側だったけど、渡し賃が足ンなかったとみえるわね」

「そうっぽいな」


 美香が処置してくれたのか、傍らには弾丸を受け止めた防弾ベストが落ちていた。

 半裸の次郎は自らの胸や腹に掌を這わせた。

 ひどく内出血している部分もあるらしく、めちゃくちゃ痛い。骨がイッてる可能性があったが、深呼吸をしたところ……重要な骨が損傷して内臓を傷つけている感じはなかった。

 そこまで理解が深まったとき。


「おい、京子は!」


 当然の疑問にぶち当たった。

 美香はバツが悪そうに顔を振って。


「皇軍に連れて行かれた。やもやもでなんとかその場での処置は免れたけど……向こう側の政治判断が下れば、いつ処置されるかわからない、非常にまずい状況よ」

「助けに行かねえと……」


 よろよろと立ち上がろうとする次郎だったが、ぐわりと視界が歪んで崩れ落ちる。


「ちょっと!」


 美香が脇を支えるようにして受け止め「お、おもっ……」と呻いた。

 冷静なリーダーである『やもやも』こと美香は、次郎を壁際に座らせた。


「時間がない事はわかってる。でも、相手の潜伏先も、兵力も、装備もわからない。おまけにこっちは丸腰なの」

「絶体絶命じゃんか」


 うん、と美香は頷いて。だははははは、と腹を抱えて笑い出した。


「ホント、あのね、マジで今回のシゴト、ぶっ飛んでるぐらいやばいから! あり得ねえって感じだし! だはははは! せっかくさ、あたしら引退して、故郷で好きなことやって暮らそうじゃんって決めたのに……ハァハァ、こんなん、いつもとおんなじじゃんかって!」


 美香のゲラ笑いにつられて次郎も「や、やめろって、身体いてえんだから、笑わせんな」と抗議しながら笑いを堪える。

 頭おかしい。

 もとはと言えば、長澤秀樹が独断専行で「いいっスよ」と言うようなノリで葛飾会の安藤から京子を引き取ったのが発端だ。

 あの珈琲野郎がイチバン狂っている。

 狂っているからこそ。


「やべええ……楽しくなってきた」


 次郎は笑いによって流れ出てきた涙を堪えながら「秀樹がイチバン狂ってるな。あいつ、最初からこうなることわかってやがるぞ」と腹を抱えながら笑ってしまった。

 ゲラゲラと笑った美香は「まったくさ……」と笑みを残しながら。


「じゃあ、やっちゃおうか。いつも通り……」

「本業はこっちだもんな」

「引退したつもりだったんだけどなァ……。でも、まァいっか。楽しいし」


 そう言って美香が手を差し出してきた。

 次郎はそれに掴まって、ぐいと立ち上がる。


「時間もねえ、相手もわからねえ、こちらは丸腰ときた」

「そうね。絶体絶命な状況はいくら笑っても好転しない」

「俺たちらしい状況じゃねえか」


 美香は近くに止めてあったオンボロのワンボックスのハッチバックを開けて。


「シャツはこれ使って。くっさいけど、あんたにはちょうどいいから」

「防弾仕様?」

「三枚で千円って感じのヤツ」

「ああァ、撃たれたら終わりのヤツね」

「で、師匠に挨拶してくる?」

「おう、してくる。今生のお別れと天啓を授かってくる」

「鍵あんの、バイクの?」


 次郎はズボンのポケットをまさぐると……。


「木更津で盗んだバイクの複製キーがある」

「全部終わったら、ちゃんと修理して返すんだよ」

「ああ、カタチが残ってればな」


 そう言ってシャツを着て、美香とグータッチを交わす。


「頼むぜ、やもやも。フォローアップ」

「まっかせーなさーい! 姫様は、必ず救い出す。先に準備して待ってるから」


 次郎は片手をあげて、盗んだバイクに跨った。

 時間がない時こそ、落ち着くんだ。

 落ち着かなくちゃいけない時こそ……笑うんだ。

 エンジンをかけ、通常口とは異なる非常脱出路へと続く地下道へ進み……川崎の街へと躍り出た。

 やもやもと平和を愛する仲間たちは、簡単には死なない。

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