第三節 処置命令
第三節 処置命令
護送車の扉がバタンと閉められ、部下の「完了しました」という報告が神宮寺のもとに届けられた。
うん、と小さく頷いて、神宮寺は腰から再び銃を抜いた。
チャンバーに弾丸が入っている事を確認し「規制線をしっかりお願いします」と言って護送車へ視線を向ける。
この場で三田京子を処置する。
別の部下が消音装置を武装鞄から取り出して差し出してきた。
連絡用の衛星通話機を頬と肩に挟んで、一方で消音装置を銃口に装着する。
「神宮寺です、閣下……。三田京子を確保しました。はい、現地で処分を」
よろしい、と電話口の相手は承認する。
宮内省に詰めている皇軍の将官は「最後までしくじるな」と告げてきた。
拘束をし、護送車の車内に乗せている。この状況でしくじる展開などありえない。
「問題ありません」
神宮寺は護送車に向かいながら、そう答えた。
六条吹雪が是が非でも成し遂げようとしている『廃棄皇女』の計画……。
神宮寺のような中級の公家にはわからない『判断』が宮内省の上層では行われているのだろう。テロリストの白山次郎が指摘するように、これに法も秩序もありはしない。きっと後付けの理由とともに特措法が成立し、すべては終わったあとに発表される砂上の楼閣に違いない。
重要なのは、その楼閣はもう使われる事なく、崩れようが燃えようが流れようが誰も困らないという事だ。
言葉に出すことは畏れ多いが、陛下も大変な遺恨を後世に残されたものである。
しかしながら、神宮寺はそれに対して負の感情を持ち合わせていなかった。こうした事態が発生したときに対処するのが皇軍であり、自分たちの使命であると考えていたから。
むしろ、名ばかりの肩書と訓練で老齢となる人生であった神宮寺に、輝かしい任務を与えてくれたことに感謝すらしている。この任務を着実にこなすことで、貴船宮内大臣や六条総理からお墨付きを頂ける。
それは中級公家の三男として育った神宮寺にとっては、またとない出世のチャンスだった。
跡取りとして兵庫の実家で歌詠みに精を出す長兄よりも、自分の方が優れていると証明するチャンスでもある。口減らし同然で宮内省へ奉公として入った身である。前時代的な屈辱の青年期の記憶が、ぐわりと神宮寺の首筋にへばりつく。
なぜ、自分だけが公家として正当に生きられないのか。
政治家にも転身せず、事業も興さず、ただただ宮内省からの補助金で生きている上級の公家連中に対する反抗心もある。
なによりも……いくら背伸びをしても、そこに到達できない長兄を憐れむ。
神宮寺は自らが長兄よりも優秀であると確信していた。皇軍大佐と言う肩書が、なによりもそれを証明している。
誰が読んでいるともわからない公家の専門誌に、歌が掲載されて大喜びする兄とは違う。
また一歩……自分は高みへと昇る。
高貴な公家として……その名を刻む。
それが神宮寺を突き動かす最大の原動力だった。
長兄に神宮寺家を任せてしまえば、衰退の命運から逃れられない。多くの公家が苦しんだ末に廃家していくように、神宮寺家も『滅亡』の道から逃れられない。
三田京子を処置するため、護送車の扉に手をかけた。そのとき肩に挟んでいた受話器にノイズが混じった。それと同時に酷い無音の雷鳴に照らされたかのように、川崎駅前の街全体がビカビカと明滅した。
猛烈な音声が街中で起こった。
『あっ、あっ、あっ、あァーっッ! こんばんやもやも~ッ! 家長と長兄の皆々ぁ~、マトリクスの海神ィ、すーぱー天才うるとらハッカーッ!!! 大盛ぃ? 特盛ぃ? 矢盛やもやもォ~!!!』
奇妙な嬌声が大音量で街中に響き渡った。
川崎駅の壁面にある大型ディスプレイ、駅前の商業ビルのディスプレイ、街灯ごとに吊るされている縦型のモニター、ショーウインドウに設置されていたスクリーンモニター……。
それらすべてが、奇妙なトカゲのようなかぶりものをした二次元の娘を映し出していた。
一瞬、川崎駅前でどこかの企業がゲリライベントでも企画していたのだろうかと思ったが――。
『やもやもね、みんなにお知らせするために動画撮ってます。ここ数日、女の子が誘拐されていました。でも誰も報道しないやも。たぶん、この子たち、殺されちゃってるやも……』
パッと画面が切り替わる。
どこから拾って来たのか、第一陣で神宮寺たち皇軍が処置した『天皇の隠し子』である。
学生証の写真、宮内省の登録写真、どこかの監視カメラが撮影した写真……。画像はさまざまであったが、総勢で十六名の女性が映し出されている。
神宮寺は事態の急変を知り、叫んだ。
「何事だッ、通信ッッ!」
すると部下の一人が絶叫するように返答した。
「ウズベキスタン経由で違法な介入を受けています!!!」
「どこから撮影している!」
「録画情報で、次々に上書きされていきますッ!」
くそぉぉぉっ!!!
ぐっと拳銃を強く握りしめた。
護送車のドアを強く開け放ち、ずんずんと大股で三田京子のもとへと歩み寄った。
彼女は涙を流しながら怯えた目で神宮寺を見上げた。
無言のまま銃を抜き、彼女の額に押し付けて、ぐっと引き金を絞った。
『処置を保留しろ!』
「――なっ!」
電話口の将官は早口に言い『まだ殺してないだろうな?』と念を押してきた。
あと少し指に力を入れれば発砲できる……。
その状態で神宮寺は逡巡した。
「殺しておりません……」
『違法電波の介入が発生している。本作戦の内容が大々的にリークされている』
「川崎駅前でも同様の事象に見舞われています。YPLFによる工作と思われます。連中の狙いは三田京子です。なので、いち早く処置を!」
『待て。貴船大臣は保留の命令を出された。一度、収容施設へ運び……当初の予定通りガスの準備をしなさい。その間に、我々で貴船大臣の許可を取り付ける』
以上だ、と言い残して将官は電話を切った。
ギリギリと神宮寺は奥歯を強く噛みしめて京子を見下ろした。
彼女は獰猛な猛獣のような一対の瞳で神宮寺を見上げている。
その視線に屈するように神宮寺は視線を切り、拳銃を腰に収めた。
踵を返して立ち去ろうとした神宮寺に、京子は言った。
「あんたみたいな公家に次郎たちは負けない!」
「あの男は死んだ。あなたも見ていたでしょう?」
「次郎は死なない! YPLFは……あんた達みたいな悪人に負けるような人たちじゃない!」
はんっ、と神宮寺は鼻で笑った。
「YPLFは国際的なテロ組織です。世間的に見れば、悪人は彼らです」
「だったら、世間が間違ってる!」
これだから世間知らずの子どもは……と神宮寺は顔を振って車外へと出た。
川崎駅前のスクリーンを掌握する手立ては見事だが……。
「この安い演説に、どんな意味があると言うのだ」
不可解な二次元のアニメキャラクターがぎこちない動きで女子高生の失踪を並べ立てている。それだけのために電磁通信規制法を破り、各所の電子防壁と放送コードを書き換えて『家盛やもやも』なるキャラクターは戯言を並べたかったのか。
「撤収の準備だ。ガスの支度をする」
近くにいた部下へ声を掛け、神宮寺は商業施設の壁面スクリーンを見上げる。
ヤモリのような爬虫類のかぶり物を頭にのせたへんてこな二次元の娘が、悲し気な顔で喋っている。それは若者にはなにかを伝えることが出来るのだろうが……神宮寺のような人間にはまったく意図がわからない。
「なにを狙っているんだ。YPLFは……」
ぽつりと神宮寺が呟いたとき、ロータリの一角から「えっ、国ってこんなことしてるの?」という当惑の声が聞こえた気がした。
それとは別の方向で、バズン、という威嚇射撃の銃声が響いた。
「どうした、何事だ!」
神宮寺が声を張ったとき、群衆の一人が「こいつら、自衛軍じゃないぞ!」と叫んだ。
それにつられるようにして「じゃあ、やもやもが言ってた政府が隠ぺいしてる殺人って……マジなのか?」と当惑が連鎖する。
「しまった……!!!」
神宮寺が再び商業ビルの巨大なスクリーンを見上げたとき、家盛やもやもが画面の右端で悲しげな表情を浮かべながら、これまでに処置した『第一陣』の娘たちの写真が表示されていた。
「狙いはこれか!」
すぐに神宮寺は「発砲を禁ずる。すぐに撤収する!」と無線で指示を出す。
しかし川崎駅前に居合わせた群衆が「おい、これ本当なのか!」「あんた達が国民を攫って殺してるのか! どうなんだ!」「じゃあ、川崎で誘拐やってるって言うの!?」と次第に声が大きくなってきていた。
ロータリーや四方八方からスマートフォンのカメラを構える群衆の姿が見えた。
神宮寺は後悔した。
三田京子の処分命令を阻止するために、大々的な通信テロを起こしたのだと思ったが……目的は群衆だ。なにも知らない群衆を扇動する事が『家盛やもやも』の狡猾な狙いだった。
兵員がそれぞれの車両に乗り込んで、車列が出発する。道路を移動し始めようとするが、沿道に溢れ出た群衆が行く手を阻んだ。
ドンドンドンと車体を叩いたり、靴が飛んできたり、「どうなんだ。おい!」と罵声も投げつけられた。
そうして再び、ズドン、という空に向けた威嚇射撃が行われ、わずかにたじろいだ人波を貫くように、車列は強引に人波を突破した。
神宮寺は忌々しいものを見上げるように、街を占拠した家盛やもやもの姿を睨んだ。
YPLF……。
やもやもとは、まさか、このふざけたキャラクターの事を指すのか。
その仲間たち……だと!
群衆を味方につけるテロ集団……だと!
「ふざけるなッ!」
どん、と乗り込んだ車の内壁を拳で叩き、拠点へ連絡を入れる。
「すぐに処置の支度だ。大臣の指示が出たら、すぐに全員やります。いいですね!」
神宮寺の指示に基地で待機をしていた兵士は「は、はい……!!!」と強張った声で返事をした。
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