第二節 テロリストの末路
第二節 テロリストの末路
非常階段から一階の店舗内へ入ると……そこは混乱の坩堝だった。
暗転したパチンコ店は闇に包まれ、そのうえ執拗な放水が頭上より降り注いでいる。
客たちは狭い通路を混乱しながら逃げ惑い、店員の声もかき消されていた。
そこへガラスが割れる音、銃声、なにかを叫ぶような怒鳴り声が混じる。
混乱が深まり、客たちが一斉に正面の自動扉へ向かって走り出していた。
次郎は京子を連れて、その波に乗ろうとしたとき……まばゆい光に照らされて「うわっ」と足を止めた。
見ればシマとシマの間の通路に自動小銃を持った兵員が人垣を作っていた。彼らは重装備で、全員が次郎と京子に銃を向けていた。
背後に逃げようか、と意識を向けたとき……すでに別の兵員が背後から距離を詰めてきていた。
完全に包囲されてしまった。
がやがやと客たちが店外へと遠のき、天井より噴き出していた水も止まり、あたりは静寂に満ちた。
次郎は腰に携えていた銃をとろうかと迷ったが、やめた。
それと同時に「おや」という違和感が背筋を駆け抜けた。
ぴちゃりぴちゃりと水音を立てて近づいてくる足音が、人垣を作る兵員の間から姿を見せた。
わずかに外套を濡らした軍人で、次郎はこの男の事を知っていた。
具体的には、映像で見知っていた……という事に過ぎないのであるが。
「白山次郎だな」
「神宮寺さんだね。皇軍がこんなに乱暴だとは知らなかった」
「お互いに有名人のようですね」
そう言って神宮寺はわずかに顎をあげて嫌味な笑みを浮かべた。
無数の銃口が闇の中でこちらを狙っている。
「彼女をこちらに引き渡してください」
「すぐに撃ってくるかと思っていたから、ちょっと意外だったな」
ちょっと、と京子が指摘をしてきたが次郎は構うことなく続けた。
「あんた達は京子が何者かを知っている。そのうえで、彼女を処刑する動機はなんだ?」
「動機などない。あるのは命令だけだ」
「上からの命令ひとつで、あんたは彼女を殺す。市民を殺す。皇女を殺すのか」
皇女という言葉に緊張が走ったのがわかった。
けれども、それに動揺するような兵隊たちではない。
もしここにいるのが陸上自衛軍の兵であれば「……どういう意味だ」と当惑する者もいただろう。残念ながら、ここにいる『皇軍』という連中は、そうした事情もすっぽり呑み込んで銃を握っているのだろう。
神宮寺はばしゃっと床の水を弾いて踵を併せて歩みを止めた。
「着実に任務をこなして、わたしは高みへと昇っていく。それが公家に生まれた者のさだめなのです。あなた達のようなゴロツキにはわからないでしょうが、そうい世界もあるのです」
ちょいちょいと人差し指を下からこまねいて合図を出す。
すると数名の兵士が次郎と京子のもとへ近づいてきた。
「大人しくしてくださいね。見ての通り、彼女には銃が向けられている。この距離からなら、確実に当たる」
「脅してるつもりか?」
「脅しているつもりです。わたしはあなたを脅しているのです」
「脅しになっているかな?」
「なっています。あなたは特殊な動機から彼女の身柄を保護した。ある意味で奇妙な関係がYPLFと三田宮の間に形成されている。つまり、三田宮の命はYPLFを拘束するには充分な理由となる」
神宮寺がそうするように次郎も不敵な笑みを絶やさなかった……が、彼の指摘は正しい。
次郎は京子を人質に取られ、完全に主導権を失っていた。
京子が「いたっ!」と悲鳴を上げ、両腕を兵士に掴まれて神宮寺のもとへと連れ去られていく。
薄闇のなかで神宮寺は京子の顔を上から見下ろし、黒い手袋をつけた手で彼女の顎をぐいと上げさせた。
「高貴な御方……か」
「いやっ……」
わざとらしく彼は京子の鼻先に顔を近づける。悪趣味な男だ。
「殺す獲物をいたぶる、悪趣味な猫みたいだぞ」
「殺す獲物と言う例えは正しいが、悪趣味な猫という例えは間違っていますね」
そう言いながら神宮寺は京子の顎から頬、そして目尻へと掌と指を這わせ、薄笑いを浮かべる。
「このわたしは悪趣味な猫ではありません。由緒正しい公家の血を引いています」
神宮寺の返答に次郎は「けっ」と吐き捨てた。
これだから公家という人種は嫌いだ。
彼らに味方をするより、彼らを叩きのめす側につきたいと心から願い、確信した。
薄笑いを浮かべた皇軍大佐は「おっと」と前置いて。
「武器を捨ててください」
「……見ての通り、丸腰だ」
両手をゆったりとあげた次郎をジッと見据えた神宮寺は、無言のまま右手を振り上げて京子の頬を打った。
「きゃああっ!」
ぐわんと頭を振って崩れそうになる京子を周りの兵士が受け止め、支え、また立たせる。
「正直に答えなさい」
そう言って神宮寺はまた右手を振り上げた。
京子が肩を竦め、ギュッと目を瞑った。
「悪かったよ」
次郎は腰からナイフを、そして拳銃を取り出して床に落とした。
「こちらに蹴って」
大佐の指示通りに、それらの武器を彼の足元に蹴った。
むふふふ、と神宮寺は笑ってから。
「よくも手間取らせてくれましたね、テロリスト」
ゆったりとした動きで神宮寺は腰のホルダーから紐で繋がれた拳銃を取り出した。
「殺すわけか」
「ええ、テロリストですから」
次郎は軽く両手を挙げながら無抵抗を示すが、許してもらえそうな雰囲気ではなかった。
「あなたは世界中で素晴らしい活躍を見せた。それは知っています。しかし、日本国内で暴れ回る事はするべきじゃなかった。ここはあなたが考えているより、ずっとずっと法と秩序によって成り立っています」
「小娘を秘密裏に攫って殺していく法と秩序があるのはよくわかった」
「彼女は法と秩序に縛られない」
囁くような嫌味な声で、神宮寺は京子の顔の間近で言い放った。
――ペッ!!!
唾を吐いた京子は、カッと目を見開いて。
「あんたみたいな奴がいるから、ムカつくことが絶えないんだ! 人を殺して……それで法と秩序を語るって言うの!? そんなの間違っ――きゃああっ!」
強く腕を振り抜いた神宮寺は「この娘を起こしなさい!」と野太く命令し、京子の前髪をぐいと掴みあげ、こちらに視線を注がせた。
「あなたが頼りにしていた男は、わたしよりもたくさんの血を世界中で流してきた。そういうテロリストなのですよ。テロリストがどういう末路を辿るか……よく見ていてください」
瞬間ッ、衝撃が次郎を貫いた。
神宮寺の持っていた拳銃がカッと閃光を放つと『――ズドン』という銃声は遅れて聞こえてきた。
視点がぐわりと揺れて宙を漂い、暗い天井がぼんやりと見えた。
それが『天井である』という意識が保たれていたのは、京子の「いやあああああああっ!!!」という激しい悲鳴が遠いどこかから聞こえたような気がしたからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます