第六節 こんばんやもやも!!

第六節 こんばんやもやも!!



 画面に現れた二次元の娘は、静かに目を開くと頭を振りながら。


「あっ、あっ、あっ、あァーっッ! こんばんやもやも~ッ! 家長と長兄の皆々ぁ~、マトリクスの海神ィ、すーぱー天才うるとらハッカーッ!!! 大盛ぃ? 特盛ぃ? 矢盛やもやもォ~!!!」


 自らをそう名乗って、にっこりと笑って頭を左右に振っている。

 二次元の美少女で、頭にヤモリの顔のような被り物を乗せている。くりくりとした大きな一対の眼がついたヤモリのかぶりものだ。

 彼女の両手も爬虫類特有のぼってりとした四本指である。

 画面の中の家盛やもやも……通称『やもやも』は「きゃはっ!」と言った嬌声を放ってから上目遣いにリスナーへ語り掛けた。


「大切な家長と長兄のおかげでぇ、やもやもも、ついにチャンネル登録者数が四百万人も見えてきました! なにからなにまで、みんなのおかげやもぉー!!! 四百万人カウントダウンと登録者達成記念は盛大にやるやもっ! だからァ、これからもやもやもの配信を楽しんでよぉ?」


 最初の連絡事項とツカミが終わったところで、ブラウン管のモニターを見ていた京子が当惑気味に次郎へ目を向けた。


「……なにこれ?」

「え、やもやも」

「いや、だから……そうじゃなくって」


 京子は頭を抱えてわしわしと引っ掻いた。


「かァ~!!! わたしがバカだった! 元気づけてやるっていう次郎の言葉を信じて、真に受けたのが間違いだったァッッ!!!」

「いやいや、数時間前に自殺未遂をはかった姫御子の台詞とは思えねえぞ」

「だからって、こんなふざけたアニメ女の配信を見せて、なんになるっていうのよ!」


 京子の問いかけに次郎はちょいちょいと親指で部屋の扉を示した。


「奥の鉄扉の向こう側に、いま突撃してみろよ。間違いなく美香に殺されるぞ」

「えっ……? 待って、やもやもって」

「あァ。放送事故だけは絶対にご法度だ」


 次郎はそう言ってモニターに目を向ける。

 今日もやもやもは元気いっぱいに世界中のリスナーへ向けてかわいらしい声を届けている。中身は三十歳を目前に控えたパチンコ店の店主で、胸もなく、そばかすで、人相の悪い矢沼美香であるが……それを微塵も感じさせない。

 美香の豹変ぶりにも感心するが、家盛やもやもというキャラクターの『ガワ』もなかなかクオリティが高い。

 京子は唖然としながら。


「まさか、あんた達のYPLFの『Y』って……」

「えっ? あァ……やもやもの『Y』だ。『やもやもと平和を愛する仲間たち』。俺らの事だな」

「国際テロ組織として国が認定してるんじゃないの……?」

「仕方ねーだろ。それ以外に名乗るべき組織名みたいなの無かったんだから」


 京子は天を仰いで「この人たち、筋金入りのバカかもしれない」と呻いた。

 世の中はバカなことで満ちている。

 だから、この程度のバカは許されるはずだと次郎は思っている。


「ま、やもやもは俺達の中軸だからな。いまの状況を打破するには、彼女のチカラは絶対に必要だ」

「……どういう意味? なにをする気なの?」


 京子は嫌な予感がする、という具合に眉を寄せて次郎を見た。

 ブラウン管のモニターを顎でしゃくって「まァ見とけって」と促す。

 モニターのなかのやもやもは「そう言えばさー」と話題を切り出したところだった。


「うちのまわりで、すっごい事件があったのーっ! 警察がすっごくきて、わんわんわんわんうるさくって!」


 するとコメント欄が加速する。


『ついに逮捕?』

『詐欺師捕まる』

『裁判なしの公開処刑を希望』

『 記 念 カ キ コ 』


 やもやもの逮捕を願う声に混じって。


『練馬の件?』

『ガス爆発って嘘でしょ。あれ、外国の攻撃』

『政府が嘘ついてるやつ?』


 この反応をやもやもが手早く拾う。


「そーそーっ! 練馬の警察署がガス爆発したって嘘だよね。だって、夜すっごい音がして、めちゃくちゃ燃えたやも! ガス爆発じゃないし、銃声とかしたんだよ!」


 当然に『やもやも練馬区民』『住所特定班いそげ!』と言った文言が流れたが、それ以上に『政府がなんかやってる』『国民に偽情報を流してるぞ』と言うような反応があふれ始めた。

 次郎はにやりと笑って「さすがやもやもだ」と呟く。そうしてから「あいつ、仕掛けるぞ」と言って京子の視線を再びモニターへと釘づけた。

 やもやもは不安げな顔を浮かべて、画面を切り替えた。


「すーぱー天才うるとらハック力(チカラ)を使ったらさ、こんなひとがいたやも! これは軍人さんやもやもぉ?」


 画面に映し出されたのは爆撃前の練馬警察署前の監視カメラ映像だ。どこかの商店に備え付けられた映像で、だいぶ画像が荒い。

 それが解析によって明瞭なものに代わり、拡大され……車に乗り込もうとしている男の顔を大写しにしている。特徴的な軍服に階級章がちらりと見える。


「爆撃前にこんな軍人さんが警察署に来るって、なんかくさいやも? この人が誰か知ってるヒトっているやも?」


 やもやもの問いかけにコメント欄が加速する。


『知るか』

『誰だ、このおっさん!』

『電話帳に載ってるんじゃないの?』


 適当なコメントがザーッと流れるなかでやもやもは、ひとつのコメントを拾い上げる。無数のコメントをキャッチする能力は相変わらず「すげえんだよな」という特技である。


「神宮寺大佐……? 皇軍のひとなの?」


『うはっ、皇軍ニキ現る!』

『なんで警察に皇軍がいるんだよ。いい加減にしろ!』


 コメントの真偽は不明だが『公家のひとだよ』『出世欲すごいひと』と続いた。

 美香がどう判断するのはわからないが、彼女はいま猛烈な勢いで検索と分析をかけているに違いなかった。

 彼女の配信をどれだけの人が見ているかわからない。

 真偽不明の情報ではあるが、重要な手がかりかもしれない。さすがマトリクスの海神を自称するだけあって、家盛やもやもの情報収集能力は高い。

 一時間半近いゲーム配信をこなしながら、その日の配信は終わった。

 次郎がテレビを消し、ケーブルをスマートフォンから抜いた。

 京子と二人で部屋を出たとき、同時に『配信室』の鉄扉の向こうから美香が戻ってきた。


「お疲れ、やもやも」

「皇軍が指揮を執ってる。神宮寺大佐が、この一連の事件を主導している可能性が高い」


 彼女はそう言って電子パッドをテーブルの上に置き、資料を展開する。


「その信憑性は?」

「リスナーのコメントが的を得てる。たぶん、皇軍の関係者だと思う」

「身元を調査するか?」

「いいえ。する必要はない。家長や長兄たちは『わたし達の仲間』だから。それに今回は……結構アタリな情報だと思う」


 宮内省の内部データ……。


 皇軍の人事名簿を開いた美香は、神宮寺実(じんぐうじ みのる)という人物を割り出していた。下級公家の三男で、朝廷奉公の一環で宮内省へ勤務していると思われた。

 次郎は資料から美香へ目を向ける。


「さて、やもやも。次なる一手はどうする?」

「攻撃、攻撃、また攻撃……だけど、こっちは目立った実力行使は控えるべきね」

「その心は?」

「京子ちゃんを含めて、この件は非常にデリケートな問題を含んでる。だからこそ、下準備をすべき。なんせ、姫御子さまだからね。彼女を戦場に連れ出すわけにはいかないでしょう」


 二人は京子へ目を向ける。

 やもやもの配信を見たせいか、少しばかり元気を取り戻した京子は「えっ、へっ?」と目を丸くしていた。


「皇軍を打ち破って、悪い奴らをやっつけるには京子ちゃん……ううん、姫様の協力が必要不可欠だと思う」


 美香の口ぶりに次郎はくすくすと笑って。


「むかし、フランス領のどっかで似たような事をやったよな」

「レバノンよ。フランス領じゃない」


 次郎と美香はそれだけを言い交わして、次なる一手がなにであるかを認識した。

 ただ京子だけが「な、なんなのよ。なにするつもりなの……!!!」と人質のような言葉を述べた。

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