第三節 あたし達のやり方は変わらない
第三節 あたし達のやり方は変わらない
川崎駅前のパチンコ店『ネクスト・エース』に到着したのは、昼前の事だった。
自動扉から店内に入ると、あまりの大音量に京子がびくりと身を震わせて耳を塞いだ。
「よおっ、繁盛してる?」
若い店員に問いかけると彼は「ぼちぼちですかね」と苦笑い。
次郎は彼の肩を軽く叩いてから。
「店長に会いに来た」
そう言ってスタッフ専用の通用口へと案内された。
彼が暗証番号を入れ、指紋を認証……。
続いて次郎も指紋を読み取らせた。
重々しい扉が開かれ、長い階段が現れた。
次郎は「悪いね」と店員に礼を述べて、京子を連れて階段をあがった。
背後で扉が閉められると店内の大音量が嘘のように静まり返った。さすがネクスト・エースの防音設備だ。
二階へ上がり、扉を開けると……無数のサーバーと監視モニターが並ぶ光景が飛び込んできた。
壁一面のモニターに向かって、ひとりの女性が声を上げた。
「いやーっん! やもやもわかんないっ! ここ、どうやってクリアすればいいのか、わかんないっ!」
嬌声をあげて身をくねらせたパチンコ店の店主は「よし」と頷いて、再生ボタンを押した。
『いやーっん! やもやもわかんないっ! ここ、どうやってクリアすればいいのか、わかんないっ!』
入念に自らの声を聞いて「もう少し、いやーんを強調したほうがいいかも」と独り言ちて、録音ボタンを押した。
「いやァァ~~んっッ! やもやもォ……」
「よーっ! 調子はどうだ?」
「だああああああああっ!!!」
デスクの下から手早く拳銃を抜いた女性は、悲鳴とともに引き金を絞る殺気を放った。
「待て待て待て! 俺だ、俺ッ!」
「なおのこと悪いッ! 悪質ッッ、死ねッ! 死んだほうが世のため、人のため、国際社会のためよっ!」
「わ、わ、わ……悪かったよ! 配信の準備中に来たのは悪かったって」
くわっと目を見開いた女性は次郎に向けた拳銃をゆっくりと降ろして。
「いま、営業中なの! 一階見てわかんなかった?」
「違法店がよく言うぜ」
次郎の反論に、これまた目にも止まらぬはやさで銃口が向けられる。
彼女の据わった眼は無言で撃ってきてもおかしくないと誰もが感じるヤバイ目だった。
「悪かった。悪かったよ、美香……」
美香はゆっくりと銃を降ろして「ハァ……」とため息をついた。
パチンコ店員の黒いベストにパンツスーツ姿と言ういでたちの女性である。
小柄で少しそばかすのようなものが眼の下や鼻の周りに散っている。テーブルの上にはカップラーメンにエナジードリンク、栄養ドリンクに札束と拳銃と弾丸と……それはそれは散らかっている。
「で、なにしに来たの?」
不愛想に彼女は言った。
「なにしにって……ほら、美香さん見て。例の子を連れてきました」
美香はちらと京子に目を向けて「逃げてきたの!?」と声を上げた。
三十代にはなっていないだろうが、ぴっちぴちの二十代とは言い難い美香は額に手を当ててがっくりと頭を垂れた。
「あんたと関わると、どうしてこう……退屈しないかな」
そう言ってからごっちゃごちゃの机から、数枚の書類を引っ掴んだ。
彼女は机に腰かけて「椅子、適当に座って。飲み物は自分で淹れて」とぶっきらぼうに言った。
次郎がパイプ椅子を出し、京子に勧める。そうして古いコーヒーメーカーで飲み物を準備した。
「言っとくけど、やばい仕事になってるからね。秀樹が受けた、その理由を聞きたいぐらい」
「どんぐらいやばいの?」
「安藤さん、死んだ」
一枚の紙を傍らに置かれていた折り畳み式の長テーブルのうえを滑らせて、次郎に寄越した。
「葛飾会も制圧されたか」
「激闘と言うには薄味の一方的な短期決戦だった。映像あるけど見る?」
「いや、今度にしておく。相手は練馬の武装警察か?」
美香は自席に腰を降ろして。
「混成部隊ね。警察と軍だった」
おや、と次郎は眉を寄せた。
一連の事件は武装警察が引っ張っている事案だと思っていたが、ここへ来て自衛軍が出てきたか、と思った。
京子は目を伏せていた。
彼女を窮地から救ったスキンヘッドの大男――葛飾会の安藤が殺されたことを知って、あまりいい気分にはならない。
「太客の安藤さんが殺されて、あたしらもしんどくなるよ」
「そこはやもやもの腕の見せ所と言うか、仕事なんじゃないかなと思う所です」
次郎は一杯目の珈琲を京子に差し出した。
彼女は「ありがと」と言って受け取ったが、口をつけなかった。
そんな京子の様子を見つめていた美香は「やもやもに頼らなくても生きていけるようになってほしいもんですね」と愚痴をこぼしてから。
「その可愛いスーパー美少女女子高生から、内情は聞けた?」
「いや、全然……。彼氏の有無も聞けてない。つまり酒の約束も取り付けられてない」
冗談を述べた次郎に美香は真剣なまなざしを返す。
「ねえ次郎……? ひとつ確認をしておくけど、安藤さんが死んだ。つまり、あたし達の依頼主はいなくなったわけ」
「だから?」
「報酬の白地小切手は、なくなった。この娘を守ったところで、あたしたちに旨味は全くない」
そう言って美香はねっとりと京子の姿を見つめてから、次郎に目を戻す。
「続けんの、これ?」
この問いかけに次郎は迷う事なんてなかった。
「ヤバイ仕事に困ってる女の子……。んでもって、報酬はゼロ円になっちまって、国家が改ざん情報を流してまで関係者全員を皆殺しにしている」
京子が膝の上で拳を作り、ぐっと肩に力を込めて目をきつく瞑ったのがわかった。
そんな怖がるなよ。
次郎は平然と美香に答える。
あたり前が、そこに当たり前にあるように。
「続けるに決まってンだろうが。やもやもと平和を愛する仲間たちは、昔からこういうバカげたお祭りが好きなんだ」
ふふふっ、と美香は笑って。
「そうね。あたし達のやり方は変わらない」
「俺達のやり方は変わらない。昔から」
次郎がそう答えると美香はパッと表情を明るくさせて、宣言するように言った。
「マトリクスの海神ッッ!!! すぅーぱぁー天才うるとらハッカッ~!!! 大盛ぃ? 特盛ぃ? 矢盛やもやもぉーっ!」
不意にきゅぴーんとした嬌声で妙な事を宣言した美香に、思わず京子は手にしていた珈琲を取り落として、床にぶちまけた。
その気持ちはよくわかる。
次郎は冷静に指摘する。
「あっ、あのガワを着てない状態でやられると痛い三十代の独身女なんで、やめてもらっていいですか?」
「あんた、やっぱり殺すッ!」
美香は手早くテーブルの上から拳銃を手にして次郎に向けた。
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