第四節 テロリスト

第四節 テロリスト



 防壁のような規制線と警察車両を縫い、シールドを構える機動隊の背後からninja1000はその名の通り身軽な跳躍を見せて銃弾飛び交う主戦場へと降り立った。

 喫茶店から放たれていたM2重機関銃の怒涛の銃撃は、突入を窺う機動隊の混乱を見極めたようにぴたりと止まった。

 バイクで窓辺の生け垣を踏み散らかして店内に入った次郎は、横倒しに車体を傾けながら急ブレーキをかけて着地した。


「隠れろ!」


 京子の身体を引っ掴んで、勢いそのままにカウンターの奥へと身を転がり込ませた。

 塹壕に飛び込む兵隊のように強固なカウンターの内側へとやってきた次郎と京子は「派手にやってくれましたねえ」と笑顔を絶やさない長澤秀樹と再会した。


 彼はごついゴーグルを装着したまま、こちらに向き直った。


「米帝の最新製品とは聞いていますが、ヒトによっては酔うかもしれませんね、これ」


 空中を指先でつまんだり、大きく広げたり、顔を左右に振りながら長澤は言った。


「呑気に試供品の感想を述べてる場合かよ!」

「VRとARを融合したMRという機軸のゴーグルで、なかなか便利ですよ。弾丸が飛び交う戦場のど真ん中に仲間がバイクで乗り付けてくるとか、そういうタイミングが画像上に表示されますから」

「なんだよ、命の恩人みたいな言い方しやがって」

「命の恩人だと思っていただければ、結構です」


 くいくいと顔を右左と振りながら長澤は重機関銃のトリガーのスイッチコードを引っ張った。

 重機関銃の強烈な銃声が響き渡る。

 熱気を放つ薬きょうが雪崩のようにカウンターの内側へと落ちてきた。


「相手は特殊部隊ですね。警察の」

「そりゃ見りゃわかる。どれぐらい戦ってる?」

「もうそろそろ三十分ぐらいでしょうか」


 すると駐車場側から再び自動小銃が放たれる音が響き、カンカンカンッ、と威勢のいい音がカウンターの壁から響いた。


「いやああっ、撃たれてる!」


 京子の声に「ご安心を」と長澤が言う。


「カウンターの下地には高耐久性の防弾装甲が入っています。防爆仕様ではありますが、あくまでも店舗用造作カウンターですので、弾避けにしか使えません」

「なんでそんなのが喫茶店に仕込んであるのよ!」


 京子の指摘にゴーグル内でほほ笑んだ長澤は「護身用です」と言ってトリガーのスイッチコードを引いた。

 カウンターにぶっといボルトで据え付けられたM2重機関銃が、悪魔を払うように火を噴いた。

 長澤が右へ顔を振ると一門のM2の銃口も右へと回転する。


 視線同調型の連動回転銃座――。


 航空機の機銃に装備されるものが、この喫茶店のカウンターには二つある。

 それを操作するために長澤はごついゴーグルをかぶって顔を振り、「それ」「えい」とおちゃめな声でスイッチコードを引き、M2重機関銃を操っていた。


「しかし、ひどくやられたな!」

「えっ、なんですか。ごめんさい、聞こえません」


 ゴーグルをかぶった長澤は重機関銃の音をかき分けるようにして叫んだ。


「だから、ひどくやられたなってハナシをしてるんだ! 雑談だ。ザツダン!」


 わずかに息をつくように重機関銃の斉射が止まり、声が通る。パラパラと粉塵が舞う音に混じって。

 長澤は「あァ!」と小刻みに頷いてから。


「現在進行形で『ひどくやられている』最中ですけれどね! それにバイクは駐輪場に止めてください。室内まで飛び込まれると困ります!」


 再び重機関銃が火を噴き、銃口を向けようとしてきた特殊部隊を威嚇した。


「どこの特殊部隊かわかるか! 警察の、どこだ!?」

「展開の時間と装備を見ると練馬の管轄だと思います。あそこは大きいですから、警察署!」


 長澤の見解に次郎は頷く。


 東京の城北地域を管轄する練馬警察署――。


 特殊工作部隊の拠点であり、訓練施設もそろっている武装警察署だ。

 長澤がガサガサと作り付けの食器棚の開き戸をあけた。


「残弾が心許ないです。表に意識を集中させて、裏を固めているのだと思いますから……まァ、包囲はされていると思います」


 彼は拳銃ではなくタブレットや通信機器、いくつかのカギと札束を大きなカバンの中に突っ込んだ。


「いったん退避だな!」

「それが賢明でしょう。次郎さんのバイクは、ここで廃車ですね」

「高かったんだぞ、弁償しろよ!」


 次郎の指摘に長澤は「改装したばかりの店舗を捨てるわたしの身にもなってくださいよ」と目を伏せた。

 これまで両手で頭を覆っていた京子が「な、なんなのよ!」と顔をあげた。


「あんた達はなんなの!? 暴力団でも、警察でもない。なのに、この武器と状況……いったいぜんたい、どうなってるの!」


 この襲撃の根本原因を作っている京子にそのまま質問内容を返してやりたかった。

 けれども彼女は「あんた達ッ、何者なの!」と言ったものだから。


「わたしは、あなたを守る仕事を引き受けた喫茶店のオーナーです」


 長澤がそう自らを称したので、次郎も「はんっ」と鼻を鳴らして。


「世間的に言えば、俺達は国際的なテロリストみたいなもんだ。警察連中はいつも俺達をそう呼ぶのさ」


 次郎の返答に京子はきょとんとして、周囲を低い視線でそろりそろりと見渡した。

 硝煙の匂いとおびただしい薬莢の数々……。

 荒れ果てた喫茶店の景色――。


「あんた達、テロリストなのね」

「そう。俺達はテロリストだ。んで、京子はテロリストに拉致された女の子ってところじゃねえかな。『世間的』には」


 次郎がそう答えると長澤が鞄のファスナーをギュイッと閉めて。


「じゃあ、閉幕させますよ」


 そう言って戸棚の奥に隠されていたボタンをぽちりと押した。

 店内の隅からプシューと濃い色の煙が噴き出し、特殊部隊の当惑と緊張が伝わってきた。


「よし、行くぞ!」


 次郎は京子の手をぐいと引っ張って、長澤のあとに続いて喫茶店のバックヤードへと向かった。

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