須賀しのぶ『流血女神伝』
今回は須賀しのぶ『流血女神伝』です。
集英社コバルト文庫で1999年から、全22巻に加え外伝や番外編が刊行されています。角川文庫からは2011年に最初のシリーズである『帝国の娘』が復刊、さらに小学館で2021年に『帝国の娘』は全5巻でコミカライズされています。こう書くと、時間と出版社の壁を複数越えてるの、すごい!
今回はコバルト文庫で読んでみました。さすがにシリーズ全巻は難しく、とりあえず『帝国の娘』前後編の2冊だけになります。
ルトヴィエ帝国領内の山村で暮らす猟師の娘・カリエは14歳。父に命じられて狩りに出かけたある日、貴族風の男・エディアルドに突如拉致されてしまう。帝国の第三皇子・アルゼウスが重い病に伏していることから、彼と瓜二つの容貌を持つカリエを影武者に仕立て上げることが目的だった。
カリエはエディアルドに徹底的にしごかれつつアルゼウスになりすまし、やがて次期皇帝の選定にそなえて他の皇子たちが集うカデーレ宮へ向かう…というお話。
ファンタジーはそこまで好きではないので楽しめるか心配していたのですが、とても読みやすく、面白かったです! 魔法やモンスターという存在がなかったのもよかったし、政治的な話もグイグイ読ませるさすがの文章力の高さもありますね。
20巻以上シリーズが続くには、何よりお話を引っ張って行く主人公の魅力が必要だと思います。カリエは本当に主人公らしくて、いいです。善性と行動力と好奇心と負けん気があって、絶望的な状況にへこみながらも立ち向かう。頭の回転もよくて、読者をイラつかせない。
特筆すべきは恋愛面でしょうか。けっこうすぐ恋してます。物語開始時点で村の男子のことを何人か好きになったことがあり(そして報われていない)、今回読んだ範囲だと読者からするとどう考えても怪しいイケメン僧侶・サルベーンに一目ぼれします。
褐色美形で剣の達人、僧侶なのに王女を妊娠させて国外追放中…って属性が渋滞起こしてるよ!やばいって!と読んでてハラハラしちゃいましたね。この読書記録で読んだ作品と比較するなら、『はめふら』の主人公であるカタリナの超鈍感ぶりと対照的でした。作品が発表された時代が関係しているのかどうなのか。
あとは14歳であるカリエの飲酒シーンが描かれているのも、おっ!と思いましたね。とはいっても、作品世界ではなんら問題がありません。このあたり、現代日本が舞台の話を書くなら今じゃ難しいですし、なんならファンタジー世界が舞台だったとしても今となっては厳しいかもしれません。
関係性的には、やはりカリエとエディアルドですよね。
カリエはしょせん皇子の影武者。その従者にして教育係であるエディアルドは本物の皇子を敬愛しているので、瓜二つの外見を持つカリエへの感情は複雑です。
当初こそエディアルドはカリエに対し当然命令口調ですし、冷酷で、殴ることもあるほどです。が、カリエが皇子らしくなるにつれ、表向きはもちろん二人だけのときでも皇子に対して話すように敬語を使うようになります。それでも、
「エディアルドは怪訝な顔をした。
『ドミトリアス殿下が? なぜです』
『……それは、ええとその、話すと長くなるから、面倒くさいし省こう』
『勝手に省かないでください』
エディアルドの額に、血管が浮き出ている。これ以上はぐらかしたら、何をされるかわからない。
カリエはため息をつき、しかたなく昨夜の顛末を語った。
話が進むうちに、エディアルドの血管がますますくっきりとうかびあがり、カリエは冷や汗をかいた。
話が終わると、二人のあいだに、それはそれは不安な沈黙が流れた。
『――なんだ、それは』
やがて、こめかみをひくつかせながら、エディアルドが唸った。
『いや、だから…ミュカが手袋のかわりにナプキンをね……』
『それはわかっている! だがそこでなぜ承諾するのだこの馬鹿が!』」
感情的になるとタメ口になる、というこの関係ね、いいですね…。男女バディとも主従関係とも言いきることができないのが、絶妙だな~と思います。
『帝国の娘』前編では、影武者として教育されたカリエがカデーレ宮へ向かうまで。後編では、カデーレ宮で他の皇子たちとの生活が描かれます。
カリエとともに生活するドミトリアス、イレシオン、ミューカレウスといった皇子たちがそれぞれ個性的なうえ、3人とも中盤以降でガラッと印象が変わるのが上手いところ。特にクソガキぶりが際立っていたミュカですね。あまりの変化と待ち受ける運命に唸ってしまいました。
皇子たちの印象が後編の中盤から変わるということは、物語自体も大きく動くということです。前編の中盤以降はわりとゆったりした影武者ライフを送ってる感じでしたが、カリエはそもそも皇帝になりたいというわけでもないし、どうするのだろう…と思ったら急展開につぐ急展開! 目が離せませんでした。
後編ラストでお話に一区切りはついたものの、決してハッピーエンドと言うことはできません。謎も多く残しています。
うお~、気になる! その気になれば続きを電子書籍ですぐに買える、でもこの大長編を一気に全部読むのはむり~! ということで我慢できずwikipediaをチラッと見てしまったのですが、これは完全に大河ドラマですね…。作品内の時間もダイナミックに経過するのだろうと推測できます。何がどうなってそんな展開になるのか、確かめたいぜ…。
すぐに続きを読むのは難しいとしても、数か月おきや1年おきなどでシリーズを少しずつ読んでいければいいなぁ。新たな楽しみができたかも…と思えますよ。
その他、気になったことや感じたことのメモなど。
・やっぱりサルベーンの胡散臭さはすごい…これが僧侶枠…(違う)
・『王子と乞食』モチーフに男装少女が男子ばかりの寄宿舎へ!という定番ネタをミックスしてファンタジー世界でやってみた…と書くことはできるんですよね。ただそう書くと作品の面白さに対して安っぽくなっちゃうと感じました。
・ちょうど今『ロマンシングサガ2』のリメイク版が出たばかりで、実際にプレイする時間はないので代わりに動画配信者さんが遊んでいる様子をちょこちょこ見ているところです。そんなときにこの『流血女神伝』を読んだもので、生まれて初めて二次創作というものに興味がわいてきました。流血女神伝的なノリでジェラールとキャットの話とか書いてみたい~! 年代ジャンプの隙間を埋めるような…でもそんな時間がないよ…!
次回はオルコット『若草物語』を読もうと思います。よろしくお願いします!!
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