バーネット『小公女』

今回はバーネット『小公女』です。講談社青い鳥文庫で2019年に出版された『リトルプリンセス 小公女セーラ』を読みました。

原作を読んだのは今回が初めてですが、物語のあらすじやオチは知っていました。それはもちろん、1985年に世界名作劇場として放送されたアニメ『小公女セーラ』を見た記憶があるからです。

年代からするとリアルタイムではなく、夕方の再放送なのだろうと思います。もはや記憶が曖昧。でも島本須美さんのヒロインらしい綺麗な声は印象的で、後になって『風の谷のナウシカ』や『めぞん一刻』を見たときにセーラの声やん!と感じた覚えがあります。

いろいろ調べるとアニメ版は世界名作劇場の中でもかなり強烈な印象を与えた一作だったようで、ネット上でも語っている人がかなりいますよね。原作からの改変やオリジナルエピソードもけっこう多いようです。ただ、ここはあくまで読書記録なので、必要以上にアニメ版に触れることは控えておきます。


インドで何不自由なく育った想像力豊かな少女セーラ・クルーが主人公。大好きな父と離れてロンドンの女子学院に入学し、そこで生徒たちの人望を集めて学院の中心的存在になっていきます。しかし父親が亡くなり無一文になったことから一気に転落、使用人として扱われ辛い思いを味わうことに…というお話。

バーネット作品では『秘密の花園』も読みましたが、今回の『小公女』のほうがずっと面白い!と感じました。だいたいのあらすじを知っていてもなお楽しめて、構成に不満もないし、キャラクター配置やドラマチックな展開もすごいな~と素直に思います。


父親の死によってセーラが転落するのは物語全体の25%を越えたあたりです。それまでは、変わり者だけど教養豊かで心優しいセーラが、学院で恵まれた生活を送る様子が描かれています。ここまでの心穏やかに読める部分が、後で活きてくるのが上手いですよね。

善良な友人アーメンガード、セーラを母と呼ぶようになる幼いロッティー、学院で下働きをするベッキーといった面々と親しくなります。

いっぽうで、学院の経営者であるミンチン先生や、生徒のリーダー格であるラビニアからは疎まれることになります。とはいえ、この段階ではセーラは学院に莫大な寄付金を与えてくれる大金持ちのお嬢様であり、彼女たちは表立ってセーラに攻撃をしてきません。


しかし、よりによってセーラの11歳の誕生日を祝うパーティーが盛大に行われているそのときに、父親の死とダイヤモンド鉱山事業の失敗の知らせが舞いこみます。ミンチン先生はセーラに対する態度を一変させ、彼女を屋根裏部屋に住まわせ使用人扱いしてこき使い、苛烈ないじめが始まるわけです。

せっかく主人公を叩き落とすなら、より高いところから落とすべきというセオリーどおりですよね…つらい!

ここからラスト直前まで、セーラの置かれた立場は苦しいものになります。またそこからのエピソードが印象的な場面が多くて、上手いなぁと思わされます。おそらくアニメ版ほど直接的ないじめ描写は少ないと思うのですが、じわじわと苦しくなるというか…。


「ガイはポケットから6ペンス銀貨をとり出すと、にこやかにほほ笑みながらセーラに近づいて言ったのです。

『かわいそうに。ほら、6ペンス銀貨だよ。きみにあげる。』

セーラは、ぎくりとしました。そして、すぐに自分が貧しい子どもにしか見えていないことに気づきました。まだ豊かな暮らしをしていたころ、馬車から降りたつセーラを見ようと、歩道にたたずんでいた貧しい子どもたちを見かけたことがあります。そんな子どもたちに、セーラはお金を恵んであげました。

(いまのわたしは、あの子たちとそっくりな姿をしているんだわ。)

セーラは、一瞬、顔を赤らめたあと、みるみる青くなりました。」


幼い少年の純粋な善意が、セーラのプライドをぶち壊すっ。キツいです。


それでもセーラはつぶれずに踏み止まり、前向きさを失いません。持ち前の想像力を駆使して苦しい日々をどうにかやり過ごしていきます。アーメンガードやベッキーといった仲間の存在も大きいでしょう。彼女たちが有能かというと疑問符がつく…というかむしろセーラに助けられている感があるんですけども、どん底の状況で孤独でないだけでも、ありがたいことですよね。


そして、詳細は省きますが最後には大逆転! セーラは莫大な財産を手にして学院を離れることとなります。

こんな結末なので、「結局、世の中は金なのかよ~。子ども向け作品の結末がそれでいいのか!?」という感想もちょこちょこ目にします。ただ、それはさすがに浅いんじゃないでしょうかね。

転落後はほとんどの生徒たちがセーラに対する態度を一変させましたが、そんな中を支えてくれた仲間ができたのはセーラの優しさや聡明さのおかげ。大逆転の鍵となる人物がセーラに味方してくれたのも、セーラの健気さや教養が招いた結果です。

セーラがただの甘ったれたお嬢様だったら、転落後の生活を耐えることも幸運を引き寄せることも、できなかったでしょう。お金がどうこうという問題ではなく、セーラがくじけず前向きに日々を送ったからこそ状況が変わったと読むべきなのでは。


と、考えていったところで、いや、しかし…とも思います。


セーラが優しさや教養を身につけられたのも、たぶん生まれながらのお金持ちだったからこそで…この階級社会バリバリのイギリスで貧しい家庭に生まれた子どもがセーラのように逆転できるわけはないだろうし…う~ん。

とはいえ救われたような気持ちになるのは、たまたま恵まれているに過ぎないことをセーラが自覚していることです。


「人間をとりまいているのは、偶然なんだと思うわ。わたしには、たまたま、いい偶然ばかりが起きたのよ。お勉強や本が好きなのも、ものおぼえがいいのも、たまたまそう生まれついただけ。かっこよくて、やさしくて、なんでも好きなのものを買ってくれるお金持ちのお父さまの娘になれたのも、偶然。」


現代でも、自分が相対的に幸運であることを理解せず、キツい環境にいる他人を努力不足!と切って捨てる人を目にするので…それに比べるとセーラはめちゃくちゃ立派だと思うんですよね…。『挑発する少女小説』では、大人になったセーラは自分の財産を貧しい子どもの救済に使うのではないか…と書かれていますが、本当にそう思います。そうあってほしい。


さて、アニメ版で有名なのは、ミンチン先生とラビニアという2大悪役キャラです。でも原作小説ではラビニアの出番は多くありません(まあ意地悪は意地悪なんですが…)。アニメ化にあたってかなりキャラクターが強化されたみたいですね。

その分、原作においてはミンチン先生が読者のヘイトを一身に集めることになろうかと思います。いやもう本当に、読んでいてイライラしますもん。実際にいそうな人物造型なので、余計に!

ミンチン先生が、出会ったばかりのセーラにイラっとするのはわからんでもないんですよね、正直。そしてさんざんセーラのためにお金を立て替えてあげたら、父親が亡くなって一文無し!お金が返ってこない!でキーッとなるのも、まあ、わかる。

でも大人なんだから、子どもにダイレクトに怒りをぶつけるのはやめましょうよ…。直接的な暴力なんかはないけれど、食事を与えないのは完全に虐待ですよね。


「ミンチン先生は他人を支配したり、自分が権力を持っていることを喜ぶような性格の人でした。ですから、青白い顔をしてはいるものの、誇りを少しも失わない声を出し、しゃんと背をのばしたセーラには、かえって、自分が見下されているような気がしてきました」


うわ~! こんな精神性の大人にはなりたくないッ!

ここまで読んできた少女小説の中で、間違いなく一番いやな気持ちにさせられた登場人物でした。人生の反面教師にしたいレベルで…。


以下、他に気になったところをメモ。

・ミンチン先生とラビニアが完全なる悪役ないっぽう、ミンチン先生の妹のアメリアと、ラビニアの腰巾着ジェシーという、悪人でもないけどセーラの味方にはなってくれない微妙な人がそれぞれの傍らにいて、味わい深いです。

・セーラが莫大な財産を手にするラストは覚えていたのでそこは安心して読めたのですが、他の細かい記憶はなかったので、結末近くではベッキーが心配でしょうがありませんでした。まさか、このまま学院でこき使われ続けるの!?と。彼女も幸せになってくれたようで、よかった!

・最近よく目にする「ギバー」「テイカー」「マッチャー」という言葉を使うなら、セーラはばりばりのギバーなんだろうな…などと思いつつ、詳しくないのでその辺は書きませんでした。ちゃんと勉強すれば、なんか書けそうな気もします。あとセーラは現代なら完全に、先輩・上司には嫌われるけど後輩・部下に好かれるタイプの人ですわね…。

・セーラがロッティーに「わたしがあなたのママになってあげるわ」と言う場面で「バブみ」「オギャる」というワードが頭に浮かんでしまい、オタク文化に毒されすぎてダメだ、私はダメだ。

・アニメ版のラビニアは、いまや定着した「悪役令嬢」という概念に大きな影響を与えたみたいですね、いろいろ調べると。やっぱり偉大なアニメなのだと思います。


次回は須賀しのぶ『流血女神伝』です。よろしくお願いします!!

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