津原泰水『ルピナス探偵団の当惑』

今回は津原泰水『ルピナス探偵団の当惑』です。2007年に東京創元社から刊行された創元推理文庫版を読みました。

創元推理文庫が少女小説???と違和感を覚える方のために作品の経緯を書く必要があろうかと思います。

ルピナス探偵団シリーズは、津原やすみ名義で講談社X文庫ティーンズハートより1994年に1作目『うふふ❤ルピナス探偵団』が、1995年に2作目『ようこそ雪の館へ』が刊行されました。(タイトルのうふふ❤はすごいセンスだ…。担当編集者が決めたそうです)

作者が名義を津原泰水と変更後、全面改稿して2004年に原書房から刊行されたのが『ルピナス探偵団の当惑』。その文庫版を読んだということです。

読む作品を選ぶにあたって『大人だって読みたい!少女小説ガイド』を参考にしたのですが、少女小説にもミステリがけっこうあるということを知ったんですよね。ミステリから何かひとつ…と思い、10年も経って別会社から少女小説ではない形で出ているということはきっと面白いのだろうという推定のもとに読もうと決めました。

少女小説の読書記録なのだから、本当はティーンズハート版を読みたかったのですが、そちらは入手できず、創元推理文庫版を手に取ることになったのでした。


舞台となる年代は、作中の表現を借りれば「20世紀の黄昏」。ティーンズハート版が書かれた90年代のまま、全面改稿時にあえて設定を更新しなかったとのことです。携帯電話やインターネットが出てこずワープロが出てくるあたり、時代を感じます。

私立ルピナス学園高等部に通う吾魚彩子あうおさいこが語り手にして主人公。かつてうっかり密室の謎を解いたばかりに、刑事である姉・不二子から事件の推理を強要されることになります。度胸のあるキリエ、取り柄のない美少女・摩耶、そして憧れの存在である博学の少年・祀島しじまとともに様々な事件に遭遇する…というお話。

こう書くと彩子が探偵役のようですが、解決に向けた推理においてかなりの部分は祀島くんが担っています。カバー絵を見て女子高生3人組主役のミステリなのだろう…と想像していたのでそこは想像と違っていました。ただ彩子が単なるワトソン役かといえばそうではなく、祀島では解決に足りない部分を彩子がカバーしている印象でしたね。


収録されているのは、

殺人現場でなぜか犯人がピザを食べているという『冷えたピザはいかが』、

青薔薇のある雪の館の密室殺人『ようこそ雪の館へ』、

大女優の死体から右手が切り取られた謎に迫る『大女優の右手』の3エピソード。

最初のふたつがティーンズハート版での2作を改稿したもので、『大女優の右手』が追加されたエピソードになっています。


どのエピソードも本格的なミステリとして面白かった!というのが素直な感想です。少女小説の枠を飛び出したのも納得。冒頭の登場人物紹介で「第1話の犯人」とズバッと書かれているのには度肝を抜かれました。いちばん良かったのは『大女優の右手』でしょうか。犯人に対する印象が二転三転する展開がお見事でした。フーダニットからのハウダニットへ謎がぬるっと移行するというか…。

いっぽうで、少女小説らしい軽妙な会話も魅力です。彩子が祀島くんに恋している様子も微笑ましい。ティーンズハート版とノリが違うのか、読んでみたかったんですけどね~。エッセイストや作詞家、女優といった華やかな職業が扱われているのも特徴ですかね。


キャラクターとしては彩子の姉・不二子が今読むとキツいというのはあります。豪快で横暴な大人のお姉さん。彩子が書いたラブレターをすり替えるのはライン越えてんよ~。まあ90年代を生きたものとして、当時こういうキャラが許されていた感覚というのはわかるんですよね。エヴァのミサトさん的な…。

そして祀島くんの博覧強記ぶり。


「要するに花弁のアントシアニンのうち、赤く発色するシアニジンがあまり機能していない状態ですよね。薔薇が矢車菊や露草のように鮮やかな青を発するためには、そういう植物が持っているような独特のシアニジンとフラボンが、マグネシウムやアルミニウムなどの金属と錯体を形成する必要がある。そんなに都合のいい突然変異が起きる可能性は、ゼロに近い。他の可能性というと赤紫のデルフィニジンを中心としたコピグメンテ―ションですが、このデルフィニジンも薔薇の花弁にはない」


と、滔々と話す祀島くんは普通の高校生です。そんなことある??? 彩子同様に?????となりました。

こんな感じで祀島くんが雑学を披露する場面が各話ごとに出てきます。ドラマ『相棒』の杉下右京や漫画『Q.E.D.証明終了』の燈馬想を連想してしまいました。でもルピナス探偵団の初出のほうが『相棒』『Q.E.D.証明終了』より先なんですね。それはすごいかも。


ただね~、上でもちらっと書きましたが女子3人組をカバー絵に出すなら、3人組の活躍をもうちょっと読みたかった…という思いがあります。肩すかしをくらった気分になっちゃったんですよね。祀島くんの活躍によって割を食った感。特に摩耶はあまりいいところがなかったように思います。

ミステリとして本当に良かっただけに、「少女」小説としてちょっと残念なところを感じてしまいました。でも続編の『ルピナス探偵団の憂愁』では摩耶が活躍するうえ衝撃的な展開があると目にしたので、そちらも読んでみたいと思います!


他、気になった部分をメモ的に。

・90年代要素を感じる単語として『火曜サスペンス劇場』『ひとりでできるもん』というワードが! なつかしい~。

・彩子たちが飲酒する場面がさらっと書かれているのも時代ですわね~。

・作中に出てくる「都市化石」については本当に何も知らなかったので、驚きました。都市に建っているビルの石材で化石を見ることができるんですね…。ロマンだ。


次回はバーネット『小公女』です。よろしくお願いします!!

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