バーネット『秘密の花園』

今回は『秘密の花園』です。名作だけあって多数の邦訳版が出版されている中で、全3巻で2013年に刊行された講談社青い鳥文庫版を読みました。


未読だったのですが、ぼんやりとあらすじを知っていたのは1991年から1992年にかけてNHKで放送されたアニメの存在の影響だと思われます。ちゃんと見たことはないけど学研の雑誌に情報が載っていた記憶があって、なんとなく雰囲気はわかるんですよね。改めて調べると『ふしぎの海のナディア』の後番組だったり、ОPもEDも早坂好恵が歌ってたり、へ~!と思いました。


イギリスの植民地インドのお屋敷で暮らす9歳の少女・メアリが主人公。父はイギリス政府の官吏ですが多忙で病弱、美人の母は子供嫌いで社交に夢中です。ネグレクト状態のメアリは乳母や召使いたちに対してわがまま放題に過ごしていましたが、そんな中でコレラが恐ろしい勢いで広がります。

両親や乳母もコレラに罹患し死亡、生き残った召使いたちはメアリを思い出すこともなく逃亡。取り残されたメアリは泣きわめきもせず隠れていたところを、イギリス軍の将校に発見されます。

メアリは伯父(父の妹の夫)であるクレイブン氏に引き取られることになり、イギリス北部ヨークシャー州にある広大な屋敷での新たな生活のおかげで大きく変わっていく…というお話。


なんというか、面白いし文章が美しく名作と呼ばれるのもわかるのですが、好きかと言われるとちょっとなぁ…と感じてしまいました。いろいろと問題点が目に入ってくるというか。

青い鳥文庫版での1巻目あたりまでは、読んでいて本当に文句のつけようがなく楽しいです。わがままで自堕落な生活を送っていたせいで不健康なうえ性格も悪いクソガキ(言い過ぎ)だったメアリが、お付きのメイドであるマーサとの出会いで変わる過程は読んでいて気持ちがいいですよ!

マーサがナイスなキャラですよね。メアリを変にお嬢様扱いせず、ヨークシャー弁でずけずけとものを言うのが小気味いいです。一応は主従関係だろうに「お前」「あんた」と言い合うメアリとマーサの関係性よ…。

さらにマーサから鍵のかかった庭の存在を知らされたメアリは、鍵を見つけて足を踏み入れ、10年放置された庭の再生に乗り出します。このあたり、屋外で自然と過ごすことや自分の役割を見つけて実行することが子どもを成長させるのだな~と嫌味なく感じられます。


そして青い鳥文庫版2巻では、マーサの弟であるディコン、クレイブン氏の息子(つまりメアリのいとこ)のコリンという2人の少年と出会います。

ディコンは動物と心を通わせる不思議な子で、人間的には完成されている感じ。いっぽうコリンは病弱で、いずれ自分が死ぬと思いこんでいます。生まれるとほぼ同時に母を失い、父から愛されていないことも影響しているのでしょう。かんしゃく持ちで、使用人たちを困らせています。

メアリたちは3人で庭の秘密を共有するとともに、コリンの成長がお話のメインになってきます。


問題はここです。この読書記録を書くきっかけになった『挑発する少女小説』で指摘されているので、以下に抜粋しますと。


「コリンが物語の前面にしゃしゃり出てくることで、こつこつと庭の再生に努めてきたメアリとディコンは、コリンのサポート役という脇役の座に引きずり降ろされる」

「メアリに感情移入し、メアリの成長物語、ディコンとの友情物語として読んできた読者としては興ざめです」


本当にねえ~!

いびつな構成だと言わざるを得ません。メアリとしては、コリンを厳しく𠮟りつけたあたりで成長しきった感があります。その後にコリンが元気に生きる!と宣言するところで2巻が終わっていて、ここで完結していれば美しかったかも。

3巻はもう完全にコリンが主役では?という感じです。終盤、マジでメアリとディコンが出てきませんからね…。こんなプロットを提出したら担当編集さんが「主人公はメアリですよね???」と困惑しそうだ…! ちなみにマーサの出番も後半はガクンと減ります。メアリが成長しちゃったからねぇ。


なんでこうなったのか100年以上前なので知る由もありませんが、この路線変更には連載漫画に近いものも感じます。主人公が強くなったのでむしろライバルキャラに感情移入しちゃうようになったバトル漫画とか、主役カップルの恋愛が成就して友人キャラの恋愛に焦点が移る恋愛漫画みたいな…。

長く続く物語であれば漫画でも小説でもそういう展開のいびつさも楽しめる気もするのですが、この短さであれば最後までメアリ中心の話を読みたかった!


とはいえ、美しい自然の描写や台詞の言い回しには心を打たれます。


「母さんは、子どものためによくないことはふたつ、それは、いつも思いどおりになることと、いつも思いどおりにならないことだって、いってる。どっちがもっと悪いとはいえないって」


という言い回しなんか、いいですね…。

全体の構成には不満を感じながらも、読んでいるときは表現の巧みさで引っ張られる力があるお話だと思いました。でもまあ、やっぱり手放しで好きとは言いたくないかなぁ~。


以下、気になっていた点をいろいろ。

・コリンと対照的に、ディコンのスパダリっぷりがすごい! 容姿についてメアリがモノローグでぶさいくとか言っちゃってるけど、子どもも大人も動物もみんなディコンが大好きですからね…。

・ディコンが使うヨークシャー弁をメアリやコリンが使いたがるノリは子どもらしくて微笑ましいです。子どもはありますよね、そういうところ。芸人のしゃべり方をマネするような感じで。あとヨークシャー弁で「すんごい」という表現をする訳がツボでした。「すごい」「すっごい」「すんごい」で微妙にニュアンスが異なってきますもんね。

・メアリが「ガーデニング」という言葉を使っていることに少し違和感を覚えました。お話の舞台が20世紀初頭なので。調べると、カタカナ語の「ガーデニング」という表記は日本では1990年代後半に登場したとのこと。青い鳥文庫版は2013年なので、用いるのが自然だったのでしょう。読者もその時代以降を生きる子どもたちなわけですし。90年代以前の訳では違う表現だったのかな。


次回は、リスト上では津原やすみ『ルピナス探偵団』としていますが…正確には、津原泰水『ルピナス探偵団の当惑』を読みたいと思います。よろしくお願いします!

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