きみと見た ほろ苦な夜 天の川

『きみと見た ほろ苦な夜 天の川』

       桃もちみいか作




【ある後輩の物語🔭夏の恋の思い出〜天文学部✩🌌の夏合宿にて〜】


 ボクの大好きな先輩は、天文学部の部長だ。



 夏の合宿にやって来たボクたち天文部員は、今夜の観測を心待ちにしながら、キャンプを張る。


 みんな思い思いのとっておきの場所を見つけ陣取り、今宵のドラマチックな夜空を仰ぎ見る。


 天体を眺めるのにピッタリの小高い丘に、凛とした部長の姿があった。


 ボクは部長のそばまで行くと、彼女は柔らかな微笑みを見せてくれた。


 彼女から気安さを感じ取れて、ボクは嬉しくなる。


 見晴らしのいい場所で、二人で望遠鏡を設置する。


「……すごい。こんなにたくさんの星たち。……綺麗ですね」

「うん。圧倒されるよ。都会では見れない星空だよね」


 横に並ぶ先輩にドキドキして。

 ボクは舞い上がってドキドキしすぎてる。

 月並みな言葉しか……。

 それでも。

 ボクにはそれが、口に出すのがやっとだった。


 出た言葉は率直に心にうかんだ着飾らない本音だ。


 ――ボクはこれほど、夜空いっぱいの星々を見たことがなかった。


 生まれてから今まで見たことのない雄大な宇宙を、ボクは先輩と見ている。


 貴女のそばで見られる格別な気分にポーッとして、とくんとくんと打つ鼓動に酔う。

 夢見心地ですらある。


 ――瞬く星は白い輝きを放つ。

 強く、弱く。

 遠い宇宙から届けられる神秘的な点滅に心奪われて。


 しばらく言葉が出ない。


 紡ぎ出さなくても、この感動は先輩と共有しているって信じられる。


 時々、流星が空をサーッと軌跡を残し駆けていくと、そのたびにボクは歓喜の声をあげつつ、先輩の横顔を見た。


「流れ星を見つけると、綺麗すぎて……。こう、胸がぎゅっと切なくなるんだよね」

「……どうかしたんですか?」

「ううん、なんでもないよ」

「好きです」

「――えっ?」

「好きです、先輩。あんなカレシとは別れてボクと付き合いませんか?」


 先輩の瞳は揺れていた。

 しばらくの沈黙が、一生分の時間みたいに、長く長く感じられる。


「私ね、天の川を初めて見た時に泣きそうになったんだ。今日みたいにとっても綺麗で。……綺麗すぎて……」

「ああ、泣きそうになるのはボクもわかります。いま、そうだから」


 ――流星群が降ってくる。

 ペルセウス座の流星の群れは無数の尾っぽを連れて。

 二人の頭上にいくつもの星々が光のシャワーみたいに降り注ぐ。

 宇宙そらのどこかに浮かぶ星たちの放つ悠久の時を超えた美しさは目に飛び込んでくる。


 憧れても、手は届かない。

 星はつかめそうで、つかめない。


 こんなにボクの目の前に、すぐ近くに見えているのに、はるかはるか遠い。


「あの時から私の横には彼がいたの。どんなことがあっても、彼とは離れられないわ。……ごめんね」

「……どう、して……ですか? どうして……」

「ごめんね、きみの気持ちには応えられない」

「ちがう。……ボクを振る先輩がなんで? どうして先輩のほうが泣くんですか?」


 流星群が降り注ぐ。

 天の川のもとで振られたボクが、先輩に手をのばすと、抱きしめてしまった。


 先輩は泣きじゃくったまま、ボクの胸に顔をうずめた。


 ――どうして?


 ボクのこと。


 いやなら、先輩。


 突き放してくれたら良かったのに。


 ――どうして?


 ボクを振ったのに。

 先輩はボクにそっと、……口づけているの?


 甘くて、柔らかい感触にくらくらとした。


 初めてのキスが先輩とだなんて、嬉しいのに苦しくて仕方がない。

 諦められなくなるじゃないか。


 この先、この恋心をどうにか出来るかもと期待を抱えてしまいそうになる。

 好きな人がいる先輩と向き合えることのない気持ち、ボクはたしかに失恋したはずなのに。


 「好き」を振り払えない孤独で切ない想いは、募っていく。


 天の川を挟んだ織姫と彦星と――。

 彼らは離れているあいだ、そのやるせなさをどう打ち消しているのだろう?





               おわり

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