Day3.影の繭Ⅱ

食堂で朝食を済ませ、いつものように学校へと向かう。

「はぁ。朝イチからとんだ目にあった…」

冷える道路を一人歩く。

いや、正しくは二人…?


「寒いな。今日も」

十一月も終盤。

秋も終わりに近づき、冬の気配がすり寄ってくる季節。

はあ、と吐いた息は白く色付いて宙に舞ってゆく。


「というか、こんだけ寒いのによく昨日は風邪をひかなかったもんだ」

十一月下旬とはいえ、ここまで寒いのは流石におかしいだろ、なんて思ったりした。

雨上がりも相まってか、より一層初冬の寒さが刺さる。

地面からは冷気が舞い上がり、袖の下から首筋へと流れ込んでいく。


学校への道のりは遠い。

ここ、有倉街は中心部にある駅の周辺は都市開発によって近代化が進んでいるが、うちの屋敷がある周辺、

所謂郊外の山一辺は未だ手付かずなところが多い。


この街の都市化を足がかりにして様々な場所への進出を望んでいた街長だったが、古くから根付いている二家である、鳴苅、海祇のトップである人物が反対を申し出た為、計画はおじゃんになってしまったのだ。


なので、

中途半端に中心だけ都市化が進んで行ったというワケ。

ちなみに、我が家のトップは言うまでもなくうちの姉である。

様々な場所で活動しているため、基本屋敷にいることは無い。あの足取りの軽さやらなんやらのせいで、

"きっと彼女の背中には翼がある"

なんてウワサが出回るほどだ。


それにしても、うちの姉は今頃何処で何をしているのやら。

全く想像がつかないが、なにか厄介事を抱えて奔走しているに違いないだろう。

手伝えることなんてほんの少しもありはしないだろうが、少しは負担が減らせればな。なんて思ったり。


ふわ、と香ってくる濡れたアスファルトの匂い。


雨上がりは好きだ。


未だ湿っている地面の匂いや植物からきらきらと零れ落ちてゆく水滴。


そして何より、雨上がりの空気が特段好きだ。


普段より澄んだように感じる空気。


そよ、と風が吹くたび首筋を撫でる冷気。


それが少しこそばゆいようで、心地よい。


目を瞑って、空を仰ぐ。


全身で感じられるように、じっくりと。


「曇天だな」

目を開くと一面に広がる灰色の空。

まるで今の自分の心象風景のよう。

今朝の出来事が頭から離れることなく、シミのようにこびりついている。


「一切実感がないんだよな。」

実感なんてあるはずないのだ。

昨日にバラした相手が唐突に訪問してきた上に、人殺しを手伝えと。

「こんな奇天烈な話、昔話にも存在しないよな」

ため息をつく度、白い蒸気が立ち上る。

特段何がある訳でもないのだがどうしてか、学校までの道のりが普段より長く感じた。


─────マフラーを解いて、自分の席に腰を下ろす。

「そりゃ、当然。誰も来てないよな。」

考えれば至極真っ当である。

今は午前七時を過ぎたばかりなのだ。

無人の教室は、外よりも寒いような感覚がする。

広々とした空間は、見た目より酷く小さく感じた。

場所そのものは広いのに、何故か閉鎖的な感覚。

人がいなければここまで窮屈なものであるのか。

活気のない無機質なこの部屋は、何処か墓地に近いような雰囲気がする。

床からさわさわと登る冷気。

死体安置所でももう少し暖かいだろう。


なんだか、少し寂しい。



するとそこに、一際明るいものが飛び込んできた。

「おや、鳴苅ではないかー!」

「お前がこんな時間からいるなんて珍しいな、明蘭。」

「いやー、今日はちと用事があってな!ていうかお前がいることの方が驚きなんだが」

「たまたま早くついただけだ」

「相変わらず冷たい態度だねぇ。この教室より冷えきってるよ。まったく」

おーさみ、なんてちゃらけながら向かってくる明蘭。

「わるいね。お前相手だとどうもこうなってしまうらしい」

自分でもどうしてか分からないのだが、明蘭相手になると無意識に冷たく当たってしまう。

良くないことではあるのだが、裏を返せばそれほど俺は信用しているということになるのだろうか。

実際に、こうして明蘭と喋っていると、先程の心の重みが消えていくようで、心地がいい。

彼が1人居れば、どんな場所でも暖かくなるだろう。

そんな人物でもあるのだ。



「お、アレは─────」

そう言って、すたこらと窓へ駆け寄る明蘭。


「天使の梯子…」

そう名前を口にした明蘭の表情は、何処と無く曇っていた。


「天使の梯子?」

「そう。雲の間を縫って差し込む光のことを"天使の梯子"って言うんだぜ」

「そうか。確かに、よく似合っている」

だろ?と笑う明蘭。


次々に雲の間から差し伸べられる光の梯子。

本当に天使でも舞い降りているんじゃないかと思うほどに美しかった。


「なあ、鳴苅。ソラの種って存在すると思うか?」

「天使の事か?まあ、いるんじゃないかな。」

だって、現によく分からん奴もいるワケだし。


「俺もそう思う。昔から言い伝えにあったろ?」


─────天の樹海へ至れ。さすれば汝、己が定と相対す。


「なんてな」

「─────そんな言い伝え聞いたことないぞ?」

「そうか?結構この街では有名だと思うけど。なんせ、この有倉街はそのソラの種が降りてきた街って有名なんだぜ」


「へえ、それは初耳だな」

これもまたいつもの如く、下らない戯言なのだろう。

ただ、相変わらず少しだけ信憑性を帯びているのは何なのだろうか。

それのお陰で中学の時、こいつの話を真に受けて赤っ恥をかいたのを思い出した。


「またお前の下らない戯言だと思ったよ。」

「どうだか?本当かもしれないぜ?」

「そうでないことを祈るよ」


そんなこんなで、時間は経ってゆく。

目まぐるしく過ぎ行く時の中、彼女が目を覚ますことは無かった。

「なんか、あっという間に放課後になってしまった」

夕日が教室を照らす中、帰るために荷物をまとめる。


さて、と立ち上がり振り返ると、そこにはルナの姿があった。


「うおあっ!」

そう驚く俺を見て心底嬉しそうに笑うルナ。

「あはっ!やった、せーいこーう!」


「何やってんだよ!お前無言で影から出て後ろに立つんじゃねえ!」

本当に心臓が止まるかと思った。


ほんとに、金輪際。やめて頂きたい。

「ごめんっ、ちょっとした遊び心」

てへっなんて舌を出しておどけている。


「ていうかお前いつ起きたんだよ…」

「いまさっき。夕日が眩しくて起きたんだ」

「お前、俺の中にいても外の景色が見れるのか?」

「うん。弥景の中にいる時は、貴方と視覚共有しているもの」

なんか、結構ご都合能力なんだな。


「そう?あ、ひとつ忠告。私が貴方の影に居る時はあんまり"そういうの"見ない方がいいよ。私はなんとも思わないけど、貴方がどうにかなっちゃうから」

「そういうの…?」

言われてはっとする。

「あー…うん。出来るだけ気をつけるよ。心に立ち直れない程の傷がついちまう」

まだそんなものは一度も見た事などないのだが。

まあ、ご忠告痛み入るという事で。


「で、これからどうするんだ。手伝えなんて言われたけど、何をすべきかは正確には言ってなかっただろ?」

「うん。これから貴方には私と一緒に標的の手下を探し回ってもらうわ。そして、見つけたらその場で殺害するの」

「あー…わかった。時間に指定はあるのか?」

「うーん、だいたい十時過ぎくらいを目安にすべきかな。」

「それの理由は?」

「あいつらはね、基本夜に動くの。なんでかわかる?」

「まあ、人に見られちゃまずいからじゃないのか?」

「似たようだけど違う。これからそれを説明しようと思うわ」


そう言った彼女は教卓へと歩いてゆく。

チョークを持って、カッと音を立てて満足そうな表情をしてむふーなどと言っていた。

「それでなんなんです。ルナ先生?」

先生という響きがたいへん気に入ったのだろう。またもや満足そうに笑った。


「よろしい!じゃあ、説明してくね!まず、あいつらが基本夜に行動する理由なんだけど、それは単純に都合がいいからでしょうね。夜は人形達が一番活性化する時間帯だし。

一般人に見られるのも確かにまずいんだけど、アイツらがそんなことを心配するとは到底考えられないしね」

「はあ。要するにそいつらにとって一番ベストな状態になるのが夜って話なんだな」

「そゆこと。次、敵の大元なんだけど、あいつらはとある古家の生き残りなの。」

「生き残り─────?」

「そ。詳しくは言えないけど、あいつらは最低最悪な奴らよ。」


こいつにここまで言わせるとは、どんな外道だというのだろうか。

「それでこれからは古家の人間を探すためにその手下のヤツらを始末しなきゃ行けないってことか。」

こう、割り切ってみてはいるが、そんな簡単に人を殺し回って良いのだろうか。

その人達にも暮らしがある筈なのに。

「その心配は無用よ。」

「─────え?」

「だから、あいつらは人じゃないって言ってるの」

いや、そこも大切なのだろうが、違う。そうじゃなくて

「お前、俺の思考読んだのか?」

「え?違う違う。私が読んだんじゃなくて、勝手に頭に流れ込んでくるの」

「は?なんでそうなるのさ。」


ええと…なんて濁しているルナ。

「最初貴方の影に入った時、影を持たない私と貴方の影がリンクしちゃったみたいで」


─────成程。つまり俺の思考は筒抜けというわけだ。

「なんてこった…完全にプライベートなんて消え去ったという事なのか…」

って、じゃあ─────

「あぁー、えぇーっと、ごみん」

「いいんだよ、全部俺が招いた事だし…」

ははっ、なんて乾いた笑いが出てくる。


「えーと、出来るだけ、知らないフリに徹するから…」

「そんな余計な努力はしなくていい!」


よけい惨めじゃないか、ったく。

「─────んで、

アイツらが人じゃないってどういう事だよ。

まさか吸血鬼とか言うんじゃないだろうな」


「まさか、あいつらとは似ても似つかないわ。いい?あいつらは影から作られた偽物の人間なの。

そりゃあ斬れば血は出るし臓物だってあるけど。まあリアルな人形だと思っておけばいいわ。」

「内臓飛び出る人形なんてあってたまるか」

人間の形をして、フリとはいえども普通に生活をしていて、ましてや傷つけば血が出て、腹を切り開けば鼓動する内臓があると来た。

こんなもの、普通の人間と何ら相違ない。

これじゃあ暫く罪悪感に苛まれそうだ。


「まあ、分かった。とりあえずこれからそいつらを倒せばいいんだな?」

「まあそうなるかな」

「そうと決まれば、早速探しに行くしかないな」

「そうなんだけど…待って弥景、あなた人形を片っ端から殺して回るつもり?」

「え?いや、まあそうなんだけど。なんかダメなのか?」

「呆れた、もうちょっと考えてみて?この街にどれだけ人形がいると思っているの?」

「十とか二十とか?」

「甘いわね。奴らはその十倍はいるの」

「少なくとも百体はいる─────」

多いな。ていうか多すぎるだろ。


「そう。だから人形を殺して回るのは得策じゃない。むしろ愚策よ」

「なら、どうすればいい」

「ん?簡単な事よ。そいつらを生み出す工房をぶっ壊しに行くわよ!」

成程。酷く単純で尚且つ一番効果的な作戦って訳だ。

「ルナ、それでその工房は何処に?」

「分からない。基本、工房って絶対に見つからないようになってるの。そういう事は秘匿でないといけないからね」

じゃあまずはその工房の場所を知らねばなるまい。

「つまり、その工房を探す為に人形を殺せばいいのか」

「そういう事。で、今探しに回るにはまだまだ早いわ」

時計を見てみると午後の五時。


奴らが動き出すまで残り五時間もあるのか。

「取り敢えず、一旦屋敷へ帰ろう。諸々準備もあるだろうし」

「そうね。あなたは貴方で、私は私でやることがあると思うし。それじゃ、ちょっと失礼」

そう言うと、彼女は俺の背中に手を伸ばし─────


「が────ァ───っ!何─────を!」

「ちょっと我慢して。男の子でしょう?」

俺の背中に手を填めて何かをまさぐるルナ。

「捕まえた」

「捕まえたって─────何をだよ─────」

途端、心臓が爆発しそうになるほどの衝撃が突き抜けた。


「う─────が─────っ」


背中でうぞうぞと蠢く何か。

背中の全神経が悲鳴をあげている。

気持ち悪い。


「あ─────あぁぁぁ!」


背中から何かを引き抜かれる感覚。

自分の大切なものが、無くなったような気がした。


「これで─────よし!」

「─────はぁ、はぁ、何が、よしなんだよ───」

嘔吐く俺を他所に、じゃじゃーんと見せつけてくるルナ。


そこには、

「お前、それ─────」

無くなったはずの影をゆらぎ立たせる、彼女の姿。


「半分、もらっちゃった!」

間違いなくあれは俺の影だ。

その確信を外すことは有り得ない。

彼女の足元で揺らめいている影は、俺と同じ形をしていた。

「これでもうあなたと離れていても大丈夫。二人別々に行動することが出来るわ」

なんというか、とにかく唖然とした。


自分の足りないものを他人から補う発想は良いと思う。

ただ、如何せん荒療治にも程がある。

せめて一声かけてから引っこ抜いて欲しかった。

「お前、せめてなんか言ってから抜けよ…」

今まで生きてきた17年間、感じたことの無い痛みと倦怠感に襲われた。

完全にトラウマだ。もう、人に背中を触られたくない。


「む。それは、ごめん。でもそう言ったら貴方嫌がるでしょ?弱っちいから」

好き放題言ってくれるじゃないか。

「人間誰でも痛いのはイヤなんだよ。わかったか」

「む、それは、そうかも…」

「ああ、そういうことだ。どれだけパーな人外でもそれくらい、覚えておいてくれると助かる」

「もー!うるさーい!わかったってばーーー!!!」

むきー、と怒ってくる。

それ、逆ギレです。お嬢様。

─────────────────────────────────────────────

「んで、これからどうするんだ?」

ようやく落ち着きを取り戻したお姫サマに問う。

「えーとねー、今から動くのもアレだし、一旦体勢を立て直したほうがいいかも。さっきので貴方の体力も万全じゃなくなっちゃったし」

「そうか。なら、そうするべきだ。十時に集合するとして、何処に行けばいい?」

「駅の近くに、汽車が置いてある公園があるでしょ?そこで待ち合わせしましょう。くれぐれも遅刻しないでね」

いつもの調子に戻ったのか、むん。と気合を入れていた。


「ああ、わかった。それまでお前はどうするんだ?」

「私はもう少し寝てる。流石にまだ動き回るのはしんどいからね」

ほーんと、誰かさんのせいでねー。

なんて、ぶつくさ言っている。

「あいあい。分かった分かった」

それじゃあ、とお互いの帰る場所へと別れていった。

─────────────────────────────────────────────

─────「弥景様、少しお話がございます。」

帰るなりそう告げてくる依桜。


「えっと、何?」

なんのことだろう。


昨日だって、ちゃんと屋敷に帰ってきたし。

朝目覚めたら、自分の部屋にいたし。

ちゃんと、帰って─────



俺は昨日、河川敷に行って、アイツと邂逅した。

その後は…?


俺はいつの間に屋敷へと戻ったんだ?


そもそも、どうやって─────?


「ごめん、ちょっと待って、オレ、記憶があやふやで」

そもそも覚えているはずなんてない。

だって俺は、あの場所で、気を失ったはずだ。

普通、気がつくなら同じ場所であるのが正しい。

気づけば自室のベッドなどそんな都合のいい話があるはずがないのだ。


「─────それも至極真っ当の事かと」

「えっと、なんで」

「弥景様は昨日の晩、どこか様子が変でございました。

制服は泥と吐瀉物で汚れ、どこか虚ろ眼をしておりました。しかし、話しかけると普段通りお話になられるのです。

今は放っておいてくれ、と。」

これが異常でなくて何が、と訴える依桜。


─────というか、おかしい。俺は泥と俺が吐いたものだけで汚れたんじゃないだろ。

「あの、依桜、ひとつ聞くんだけど」

「?如何なさいましたか」

「俺の制服─────、血とか付いてなかった?」

「血、ですか」


依桜はひとしきり考える様子を見せたあと、

「─────いえ、血液のようなものは何も」

「は、え─────あ、そうか。それなら、いい。」

「?先程から様子がおかしいようですが、どうなさったんですか」

「いや、なんでもない。ほんとに」

血が付いてないって、どうして。

いや、付いてないに越したことはないのだが。


─────ないのだが、あの惨状で一滴の血も付いてない方が違和感あるだろう。

だって、昨日のあの場所は、血の池になっていたんだから。

今も、手にべったりと糊のように張り付いた血の感触は鮮明に思い出せる。

「いや、もうよそう」


小声でつぶやき、頭を軽く振る。

「それじゃあ依桜、俺は自室に戻るから、晩飯できたら呼んで欲しい」

「承知致しました。それでは、出来上がるまで、ごゆっくりおやすみくださいませ」

お言葉に甘えさせてもらおう。

今日はなんだか朝からバタバタしていて、

猛烈に疲れている。

「一旦─────仮眠を─────」

ベッドへ倒れ込んだ瞬間、意識が消し飛んだ。

─────────────────────────────────────────────

「─────さま」

こえがする。

「─────様」

うるさい…もうちょっと、寝かせて…

「弥景様、何時まで睡眠なさってるのですか」

「んー…、なにさ、急にそんな怒って…」

「なにさ、ではありません。時計をご覧になさって下さい」

「えー、時計?今────!!!!?」

嘘だろ。俺、あれからずっと寝てたのか!?

こんな時間まで!?


─────冗談じゃない!あいつとの約束の時間からもう既に一刻ほど経っているじゃないか!!!

「ごめん依桜!せっかく起こしてくれて悪いけど、俺ちょっと用事!!!」

「え─────、弥景様!?何処へ行かれるのですか!?」

「ごめん!説明はできない!いつ帰ってくるか分からないから依桜はもう休んでてくれ!」

屋敷の扉をばん、と開けて約束の公園へと駆け出す。

その背中を眺めて、依桜はただ一言。


「夕食、温めましたのに─────」


何処と無く寂しさを帯びたその言葉は、

彼に届くことはなく。

夜の静けさは、そんな淡い思いごと

全て奪い去って行った。




─────肩で呼吸をしながら、公園を見渡す。

「ルナ─────は、流石にもういないか─────」

もう零時を回りかけているところだ。

さすがに彼女の姿は無いと思っていた。

「ごめん、初っ端約束、破ってしまった─────」

そんな独り言を呟く。


「そうね、2時間もこんな寒い中で待たせるなんて、貴方私をなんだと思ってるの?」

そりゃあ勿論、人外化け物のお嬢様─────

「って、お前居たのか─────!」

「なによ、さっきから独り言をぶつぶつ言って。私貴方の独り言なんか聞いても面白くないんですけどぉー」

そんな事を言って明後日の方向を見るお姫様。

完全に待ちほうけていた。


「それは、ごめん。お前のことだから、きっともう帰ったものかと」

「それ、どういうことよ」

癇に障ったのか、少々不機嫌な様子。

「とりあえず、ごめん。」


こういう時は素直に謝るのが花なのだ。

変に意地張ったってどうしようもない。

というか今回に限っては完全に俺が悪いので謝る他ないのだ。

「むー、次からは気をつけてよね。まったく…」

「悪い。本当に次から気をつけるよ」

「ほんとにもう来ないのかと思ったんだから!」

「だから、悪かったって」

中身のない謝罪。これじゃあ伝わるものも伝わらない。


「でもほら、遅れたけどちゃんと来ただろ?」

「それはそうだけど…それでも心配だったの!

約束、守って貰えないのかなって…」

「─────大丈夫。絶対そんな事ないから」

彼女を安心させるためとはいえ、さっきの今でこんな言葉には欠片の信用性もなかった。

それでも、

「ありがとう─────」

なんて、言ってくる。

なんともいじらしいものだった。


「うん、弥景も反省したみたいだし、今から探索を始めましょうか!」

───とてつもなく早い切り替え。


こいつのこういうところは、常に見習うべきである。

「…そうだな、今回はどの辺りにいってみる?」

「んー、そうね。とりあえず駅周辺見に行きましょうか!」

「りょーかい。なら、早速向かおう」

そう言って、二人は共に有倉駅へと歩を進めて行った。



駅へ向かう道中、こんな話をした。

「弥景はなんで手伝ってくれるって言ったの?」

正直最初は断られるなーって考えてたの。

そう内心を吐露するルナ。


「ん?特段、特別な理由はないよ。ただ俺は、俺のした事の責任を果たしたいだけ。それにほら、あのまま断っていたら多分俺、今頃肉塊だろう?」

「んやー、そんなこと、しないけど、なぁ〜…」

おい。目が泳いでるぞ、目が。

「動揺が隠しきれておりませんが。お姫様」

「うるさいっ!もぉ…」


暗い夜、街灯のみが照らす道を二人歩く。

今日に限って、月は姿を隠している。

ソラにかかる厚い雲は、天蓋の表情を覆い隠すベールのようだった。

だが、そんな暗い世界の中。


目の前で揺れる浅葱色の髪は、照らされてもいないのに光を帯びているような気がした。

「そういえば─────ルナはどうして俺を許してくれたんだ?」

ぴこぴこと揺れる、1本のアホ毛をつんと触りながら問う。

「え?まだ許してないけど?」

俺の手をぺしんと払い除け、衝撃の一言。


「─────許してない…って、え?」

「言葉通りよ。私、まだあなたを許したわけじゃないんだから」

まさかのことだった。

ここまで人のこと信用しておいて、まだ許していないと。

しかも、今となっては一心同体と言っても差しさわりない程なのに。

「それとこれとは別でしょ、もう」

「お前なぁ、それ、やめて欲しいんだけど」


いちいち思考を読むな。プライバシーを守れ。

それと、心臓に悪すぎるからほんとうにやめてくれ。

「はいはい。わかりましたよー」

これは完全に分かってないやつだ。

というかそもそもやめる気ないだろ。

「細かい人ねぇー。まったくもー」

「うるさい。それで、さっきの理由はなんでだ?」

「私があなたを許してない理由?それとも別問題っていう話?」

「─────どっちも。」


彼女は別問題だと言っていたが、俺からしてみれば明らかに同問題なのだ。

彼女が俺の事を許すことで、この関係は成立しているものだと思っていた。

しかし、実際はその真逆だったということ。

彼女曰く、

「私はあなたを許していない。だから、その罰。それと私があなたを許さない理由は、君に私を忘れさせないため」

ということらしいのだ。

どういう事だろうか。あんなことがあった手前、彼女のことを忘れるなんて有り得ないと思うのだが。


─────ここまでが、駅前までに話したこと。

集まった公園から駅までは近く、ものの数分で到着した。

「さて、どこからさがす?」

当たりを見回しながら問うてくるルナ。

「そうだな。とりあえず、周辺を歩き回ってみよう」

「ん、おっけーい。じゃあ、二手に分かれてぐるっと回ってみましょうか!」

「わかった。俺は北側へ回るから、ルナは南へ。何かあったら、直ぐに合流しよう。何か、連絡─────あ」

「?」


そういえば、俺、携帯なんてのは、持ってないんだった。

「あー、えーっと、ルナって携帯持ってる?」

「持ってるわけないじゃない。そんなもの」

まあ、それもそうか。

こいつがそんなもの、使ってるところが想像できない。


「だよなぁ、想像通りというかなんというか…」

「む、そういうあなたはどうなのよ?」

俺か?俺は勿論、

「お前と同じでそんなもの、持ち合わせてはいないよ」

「なんだ、じゃあ人の事言えないじゃない、貴方も。」

結局のところ、お互い持ち合わせてなんていないのだった。

まあ、片方が持っていたところで、どうにもならなかっただろうが。

「それじゃあ、お互いが回りきったらとりあえずここに再度集合しましょうか。」

「そうするしかないよな」

それじゃあ、とお互いを背にする。



ふと気になり、後ろをちらりとみた。

驚いたことに彼女の姿はもう、どこにもなかった。

「今に始まったことじゃないだろ、しっかりしろ」

そう自分を奮い立たせ、北側へと続く道を歩いていった。

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影月の詠 @satuki-eigetu

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