Day2.蒼雨
「おはようございます。弥景様。」
ん……。
「……お目覚めの時間ですよ。」
彼女の言葉で目を覚ます。
「おはよう依桜」
「はい。おはようございます。」
今朝もいつも通り制服へ着替えて朝食を取り、二人に見送られながら学校へと向かった。
「相変わらずぼろっちい外見だな。」
私立南雲学園高等学校。
戦前から続く、由緒正しき学校だ。長い歴史を持つだけあって、外観はすこしおどろおどろしい。そんな見た目に反して、内装は驚くほど現代風だ。なんなら、エレベーターなんかもあったりする。
そこまでするんだったら何故外観があのままなのだろうか。
校長の趣味?まあ、どうでもいいや。
「よーっす鳴苅!」
クラスへ入るや否や、でかい声で挨拶してくる明蘭。
「おはよう明蘭。」
「なに、今日は元気じゃんね!何かいい事でもあったか?」
「いや別に。お前こそ、どうしてそう毎日毎日元気があり余っているんだ。」
今朝も変わらず元気な様子を見せる明蘭。どこからそんな元気が湧いて出てきてるんだ?こいつ。
「そりゃよー、しっかり食って、しっかり寝てんだ。そうすりゃ元気ハツラツよ!」
「まるで子供だな。」
「へーへーへー、お前にはどうせわかんねえよー」
赤い舌をべーっと出して威嚇しながら席へ戻る明蘭。中性的な見た目をしているせいか、その仕草がよく似合っている。
背も小さいし、あいつほんとに男か?
そんな疑問を抱えながら荷物を取り出す。
─────さて、そろそろホームルームが始まる。
「先生今日は来てるかなー?」
「来てるんじゃない?有坂先生滅多に休まないし。昨日が特例だっただけで。」
「行方不明って噂は結局嘘だったのか」
なーんだ、と男子生徒は口を尖らせた。
「誰が行方不明なんです?」
残念がっていた生徒の頭をぽん、と叩く先生。
「あっ!!有坂センセー!!」
「はい、有坂です。皆さん、おはようございます。昨日は心配をかけたようですいません。」
教室の女子達は先生が来たことに大変歓喜している。
有坂先生は体格こそ細身だが、うっすらと筋繊が浮かび上がっている。それでもって顔は童顔の美丈夫。
さらに先生は悩み事の解決や手助けといったことも難なくこなすしており、生徒からだけでなく先生陣からの信頼も厚い、まさに完璧超人。そりゃあ女子の反応ももっともだと思う。
男からは嫉妬の対象ではなく、もはや尊敬の念を送られている、男女両側から好かれているという異例の人物である。
「せんせー、昨日はどうして休んでたんですか?」
「二組の新先生から説明があった通り、昨日は体調を崩していまして。」
「へぇーめずらし。せんせーも体調崩すことなんてあるんだ。そんなイメージ全然なかったなー」
「私だって人間です。体調くらい崩したりすることもありますとも。」
結局、ホームルームは先生と生徒の会話だけで終わった。
ホームルームの最後、昨日の課題を回収します。と告げて教室から去ったため、男子からは阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。
勿論、例外に外れず明蘭もうわー、やってねーと言っていたが、彼の場合あたふたする事はなく、まいいや。などと机に突っ伏した。
─────四時限目を終えた時点で、外を見ると雲行きが怪しい。
「こりゃあ下手したら帰り、降るかもな。」
今朝が晴天だったため、雨が降る可能性を考慮していなかった。普通あの天気なら雨が降るなど誰も思うまい。
ちなみに天候の中だと雨が一番好きである。
何故か分からないが、雨が降っていると、普段に比べて体が軽くなる。
たまには雨に打たれながら帰るのもいいな。子供みたいだけど、実際楽しいだろうし。
「何が楽しいんだ?」
「うわっ!?」
「そんなに驚く必要ないだろ。まったくよ。」
「なんだ明蘭か、脅かすなよ。」
「別にそんなつもりじゃなかったんだが。お前が外眺めてぼーっとしてたから近くまで行ったんだよ。お前、何回呼んでも全然気づいてくんねえし。」
明らかに不満があるような口振りで話してくる。
確かに物思いにふけっていたのもあってか、全く気づかなかった。
「それについては悪かった。少し、考え事してた。」
「ふーん。ま、そんな気にしてないからお前も気にすんな!それより弥景、メシ行こ!メシ!」
「そうだな。時間なくなっちまうし、早く行こう。」
正直そんなに腹は減っていない。
「なあ明蘭、今日は購買にパンでも買いに行こう。そこまで腹、減ってないんだ。」
「なんだ、お前体調いいんじゃなかったのか。」
「いや、いいとは思うんだけど。なんだか少し食欲がなくてさ。」
「それ体調いいって言わないだろ。」
そんなこんなで、昼休みの時間が終わった。
五時限目。普段ならなんともないのだが、何故だか今日は体が重い。額に手を当てると、少々熱い。まずいな。視界がくらくらしてきた。
平衡感覚を失った身体は、地面に崩れ落ちようとしている。
いや、むしろ地面がせり上がってきているような感覚だ。
あ─────、やば─────。
倒れそうになった身体をがしっと支えられた。
「先生ェ、弥景が体調不良みたいなんで早退しますだとよ」
「本当か、鳴苅。」
「はい、すいません。どうも身体の調子が悪いみたいです。」
「そうか、そのことなら、有坂先生から聞いている。気をつけて帰りなさい。」
「騒がせてすみません。失礼します。」
そう言って学校を後にした。
……ふらふらする。思考が纏まらず、足取りもおぼつかない。
「無理だ。一旦、休憩。」
近くにあった公園のベンチに座り、楽な姿勢をとって呼吸をする。
暫くして、ぴちょん、ぴつ、ぴつと顔を濡らされる。
「まずいな、雨か。」
このまま濡れると症状が悪化してしまうかもしれない。
「本降りになる前に、帰らないとな……」
未だに朦朧とする視界で歩みを進める。
─────
───────
─────────
「あれ、俺─────何でこんなとこに─────」
気がつくとそこは橋の下の河川敷だった。
既に小雨は土砂降りと化し、容赦なく地面を打ち付けていた。
「このままじゃ、帰れないな」
はぁ、と独り言を呟く。
せめて、小雨に戻るまでここで休んでいよう。
とはいっても先程の倦怠感は既に消失していた。
雨音と自動車の通過音を聞きながら呆ける。
さらに時間は過ぎて、車通りも少なくなり雨音だけが響く。
辺りを見回すと雨で真っ白になっており、奥の方まで視認することが出来ない。
そんな中、不可解なものを見た。
─────雨の中に佇む、蒼い髪をした女の姿。
世界そのものから断絶された様に、その女にだけは水滴の一粒もかかっていない。
まるで空想の世界から出てきたようで、今にも消え入りそうな、儚げな印象を覚える。
ちらり、と垣間見えた花浅葱を思わせる瞳。
どこか憂いを帯びていて、こことは違うどこか遠くを見つめている。
なんて、美しい──────────
どくん。
心臓が跳ねる。
どくん。
あの女を逃してはならない。
どくん。
ここで逃すともう二度と逢えない。
どくん。
頭が真っ白になる。
どくん。
何も、考えられない。
どくん。
今すぐ肩を引いて、声をかけよう。
女はこちらに気づいていない。
もしかしたら触ることすら、
出来ないかもしれない。
激しい雨音のなか、ゆっくりと近づく。
それでもいい。
君の声が聞きたい。
君と話してみたい。
腕が伸びる。
もうすぐ手が届きそうだ。
君の名前を知りたい。
指先が触れ掛った時、
女が此方に振り向いた─────
─────やはり、美しい。
欲しい。
欲しい。
その瞳も、
その顔も、
身体も、
全て─────
─────なんだ。掴めるじゃないか。
君を知りたい。
細い首。艶やかで、骨董品を思わせる。
その綺麗な顔を。
綺麗な瞳。宝石よりも煌びやかな光を灯している。
美しい瞳を
心ゆくまで─────
まずは腕。
簡単に███た。
次に指。
しなやかで、簡単に███てしまう。
脚
███るといい音が鳴る。
胸。
柔らかすぎて███れてしまった。
君が知りたくて。
きれいな瞳、しまっておこう。
君が欲しくて。
真っ赤なジュース。意外とおいしい。
君で満たしたくて。
新鮮な███、生でもいける。
君をもっと、
もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと─────────────────────────────────────────────────────────────────!!!!
─────冷えきった雨が頭を撫で下ろす。
その冷たさに、
高揚していた気分が落ち着いていく。
「え。な、俺、これ、だれ」
一層冷静となった頭は、
その惨状を受け入れまいとしていた。
「何だ、コレ、なんで」
誰が、なんてのは分かり切ったことだろう。
辺りには███の肉塊が散らばっていた。
「うそ、だ、ちがう」
何も違わないさ。
雨の匂いに混ざる血液の香。
「おれ、は、こんな、こと」
気持ちよかったんだろう?
絶頂しそうなくらいに。
地面にできた小さな湖上には、
「これが、おれ????????」
そう、お前だ。
自分によく似た男が、
「違う、違う、違う違う違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうちがう違う違う違うちがうちがうちがうちがうちがう!!!!」
醜く、笑っていた。
目の前の広がる惨状に腹の底から込み上げてくる嗚咽。
「う─────、お゛ぇ─────」
耐えきれず、地面に吐瀉する。
一体何を口にしたのか、吐瀉物でさえも真っ赤に染まっていた。
胃の内容物を全て吐いてもまだまだ込み上げてくる吐き気。
それだけでは飽き足らず、遂には緑色の胃酸までも吐き出していた。
あつ、い。からだ、が、もえそう。
「は、ぁ─────」
そのまま血と吐瀉物の海に倒れ込む。
ぬちゃり、とした感触が頬を包んだ。
あ、れ。だれ、だ、ろ────────────。
途端、途切れる意識。
夢。これは、夢。
覚めたら忘れる、こわいゆめ。
目が覚めたら
いつもの部屋にいて
いつもみたいに依桜が来てくれて
いつもの日常が、始まるはずなんだ。
そう。いつもみたいに─────
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