第5話



 初めてここに来た時には、人斬りと食卓を囲む事になろうとは思いもしなかった。

 小梅はさも当然のように、刀を持ったままの男を迎え入れ、火を灯した囲炉裏の前、私の対面に座らせた。かと思いきや当の彼女は「お腹が空いたでしょう」と、せっせと食事の用意に移ってしまった。

 囲炉裏を挟んだ正面に、今し方私を殺しかけた人斬りが座っている。傍に刀を控えたままで。病弱な顔に殺気こそなかったものの、私は一言も出せず、小梅が戻ってくるまで気が気ではなかった。



「よいしょ、っと……はい、お召し上がりください」



 私の心配などどこ吹く風に、小梅は上機嫌だった。囲炉裏に置かれた鍋には、たっぷり三人分作られた稗の粥。小梅が取り分けたお椀を、私と、目の前の男に手渡す。戸惑う私を他所に、男は小さく礼を述べると、黙々と粥を掻き込んでいく。



「おいしいですか?」

「な、な……なかなかだ」



 どこか上機嫌な小梅に聞かれ、男が吃音気味にそう返す。小梅に勧められ私も食べたものの、緊張で味わう余裕などあるはずがなかった。

 結局、鍋が空になるまでにあった会話は、小梅の他愛もない質問に、男が淡々と返すやりとりが数度あっただけだった。鍋を下げてようやく、お茶を呷る男を差して、小梅が私に説明してくれる。



「この方は冬至さん。私と同じ、今回のお勤め役です」

「……人斬り、だろ?」

「行っている行為だけを言えば、その通りですね」



 小梅が事も無げに肯定する。目の前の男が、昼夜問わず町を徘徊しては、老人達を斬り付けて回っているのだと。



「小梅ちゃんは、彼と面識があるのかい?」

「冬至さんが現れたばかりの時に、一度だけ。久しぶりの再開なので、今回は小梅から御馳走です」

「す、す、す、すまない。かか、か、返せる物もないが」



 低く掠れた声で冬至が応える。彼の脇に控えられた刀と、小梅のにこやかな表情の対比に、私の頭は益々混乱する。

 昼夜問わず、町の老人を手当たり次第に襲う、人斬り。その当人が、目の前に居る。せっせと傷を治して回る小梅に、歓迎されている。水と油が混じり合ってマーブル模様を描いているような、理解しがたい光景だった。



「いいのかい? その……人斬りをこんな風に招いて」

「お、おお、お、お前には、りりり理解できん、さ」



 空になった湯飲みを置き、冬至は突き放すようにそう言った。病んだような目には現実離れした怪しい迫力があり、私をたじろがせる。



「で、でで、できる限りここに居ろ。そうすれば、わ、わわわ私も過たずに済む」

「そうはいかない。ここに来た理由がある筈なんだ……君は、何か知らないか? 私が居る理由、ここに人が迷い込む理由を」

「し、ししし、し、知らん。わ、私はただ、きき、斬るが役目よ」

「……なら君は、なぜ老人を斬り付けて回る?」

勅命さだめ……そ、そそのように、私はう、う、産まれている」



 冬至は、紫色の薄い唇を引っ張って、笑みを浮かべた。傍らの刀を掴み、立ち上がる。乱れた白髪の隙間から小梅を見下ろし、静かに頭を下げた。



「ち、ち、馳走になった」

「もう、行ってしまうのですか?」

「ああ……お、おおおお、お互い、に……」

「ええ。頑張りましょうね」



 共に抱く思いを確かめ合うような、一瞬の邂逅。

 その胸の内に秘めたものも、この町、ひいてはこの世界についても、私は未だに蚊帳の外でしかいられない。

 一抹の不満を抱いている内に、冬至は滑るように玄関の戸を開け、たちまち灰色の姿を雪景色の中に隠してしまった。



「……止めなくていいのかい?」



 彼を見送って、私は小梅に訪ねる。

 彼女はやはり、ふるふると首を振って、穏やかな微笑で窘めるだけだっった。



「止められませんよ。彼も、小梅も、何もかも」



 飽きること無く降り続ける雪は、更に勢いを増して、世界を美しく厳しい純白に染め上げていた。

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