第3話



「つまり……君には、人の傷を癒す力がある、と?」



 半信半疑にそう質問すれば、台所の方から「はい」と迷いない回答が返ってきた。



「一年に、一人。ここにはそういう力を持った子供が産まれるのです。その子は冬の間、皆さんの傷を癒し、凍えるような寒さから守る役割を請け負います」

「……君に対する老人達の態度と、豪勢なお屋敷は、そういう理由か」



 相手に触れ念じるだけで立ちどころに傷を癒してしまうなんて、聞いただけでは到底納得できないだろうが……先ほどの衝撃的な光景は、夢というには余りに生々しすぎた。

 しゅんしゅんと湯気立つ土瓶を手に、小梅が居間に入ってきた。私の横に座り、茶碗に白湯を注いでくれる。



「冬は寒く、とても厳しいですから。おじいさん達にとって、小梅は希望そのものなのです」



 そう言って小梅は、得意気に胸を反らしてみせる。小梅自身が誇りを感じている事が、その姿勢から見て取れた。

 年齢にそぐわない献身的な態度も、どこか超然とした物腰も、それが理由なのだろう。改めて、彼女は特別な存在なのだ。老人達から向けられた冷たい視線が、少しだけ理解できた気がする。



「……最初に私のしもやけを取ってくれたのも、その力という事か」



 疑問の一つでも、浮かべるべきな気がする。深い深い隅の方で、何となく釈然としないものは感じる。しかし、私の頭はそういう風には働かなかった。理屈じゃない部分で事実を受け入れ、彼女の特異性に納得する。



「けれど、あの老人は斬られていたぞ。身ぐるみを剥がされ、刀のような鋭い刃物で、背中からバッサリとだ」



 追い剥ぎ。辻斬り。いずれにせよ悪辣な所行だ。裸にひん剥いた老人を、極寒の中に打ち捨てた事も非道が過ぎる。小梅が来なければ、あの老爺は確実に命を落としていた事だろう。

 それなのに、当の本人は小梅にひとしきり礼をした後、老人の一人が持ってきた替えの着物を羽織り、あっけなく家へと帰ってしまった。見物に来ていた老人達も、何の反応も見せず、散り散りに消えていった。

 一人の人間が、斬りつけられたのに。余りに軽すぎる、異様な無関心に思えた。



「誰かが悪意を持ってやった事に、間違いはないだろう。放置していてもいいのか?」

「ええ。あれは冬至とうじさんのお勤めですから」

「……なんだって?」

「そういうもの、なのですよ。少なくとも、この屋敷にいるか、小梅と一緒にいれば、危ない目には遭いません」



 そう言うと、小梅は白湯をくいとあおると、おもむろに立ち上がった。



「どこか、出掛けるのかい?」

「ええ。旦那様は慣れない寒さでお疲れでしょうから。ここでゆっくりなさってください」

「そういう訳にもいかないよ。私にも手伝わせてくれ。出来ることなら何でも──」

「お気持ちはありがたいですが……無理だと思いますよ?」



 遠くで、振り絞るような金切り声が響いた。

 言葉を失う私に、小梅はくすりと微笑んで見せる。



「小梅のお勤めですから。貴方はどうか、お気になさらず」



 そのまま小梅は、さっと半纏を羽織り、外へと出て行ってしまう。

 大粒の雪が降りしきる灰色の空には、結局その後も二回、老人の哀れな絶叫が轟くのだった。


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