第3話
結論から言えば僕の企みは上手く行った。
髪を切り、ひげを蓄え、容姿を変えて何日か身を隠した。あいつは真琴との関係を隠すことも無く出社していた。ときどき連れ立って会社に向かう真琴もまんざらでもないように見える。たぶん。
真琴は頻繁に叔父の会社にやってきていた。彼女は何故か未だにスマホの家族への位置情報共有を切っておらず、居場所はすぐに分かった。僕は二人があの日のように遅くまで会社に残る機会を待った。時には業者を装って会社に忍び込んだまま、翌朝まで備品倉庫などで過ごすこともあった。
すぐに機会はやってきた。従業員は皆帰った様子だが、彼女が会社に居る。僕は叔父の居るであろう社長室へと向かう。
――またあの光景を見なければいけないのか。それだけが辛かった。
社長室の前までやってくる。防音性が高いのか、あの声は聞こえない。
だが、耳を澄ますと違った声が聞こえる。
――何か言い争うような声?
中に居るのは二人だけのようだった。そっとドアノブを回す。鍵はかかっていない。中では叔父が真琴をソファーに押し倒していた。
――少しだけ前と違う気がする。何が違うんだろう……。
ただ、今の僕にはどうでもよかった。幽霊のようにふらふらと近づいたあと、背後から叔父の腰にアイスピックを突き立てた。
◇◇◇◇◇
「思ったより上手く行ったな。センスあるかも」
あっけないものだ。苦痛を訴える悲鳴と共に叔父は動かなくなっていった。
真琴は目の前の光景に目を見張っている。
「予備は要らないな」
僕はいくつか携えていたアイスピックをばらばらと捨てる。
「それで大好きな叔父さんの仇を取ってもいいよ」
僕はそう彼女に言いながらスマホを取り出すと、警察に通報する。
「――ええ、そうです。本人です。場所は――」
淡々と通報していた僕に、真琴が抱き着いてくる。彼女に触れられるが、気持ち悪さは不思議ともう無い。思いのほか上手く仕留められたから? それとも彼女への復讐が終わったから? まだ再婚の手続きはできないはず。だから彼女はもう天涯孤独の身。愛する叔父も今死んだよ。彼女から恋人を奪ってやった。急に湧き出てきた征服感に高揚し、自然と笑みがこぼれる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
彼女は泣きながら謝り続けている。僕にはそういう嗜虐趣味は無いので、彼女のそんな姿を見ても何も感じなかった。
「最後の別れくらいしてあげれば。真琴の恋人が逝っちゃうよ。まあ死んでるけど」
真琴は頭を擦り付けてきたまま首を横に振った。
「ざまあみろ。僕は一人になったけど、真琴も道連れだ」
「……」
彼女が小さく何か言ったけれど、サイレンの音にかき消される。
やがて警察が踏み込んでくるが、状況に戸惑っているようでおかしかった。
僕は両手を上げているのに真琴は抱き着いたままがんとして離れない。
倒れた叔父はにじみ出る程度にしか出血が見えない。
「刺したのは僕ですよ」
やがて凶器を持っていないことを確認されると、真琴は女性職員に引き離されていった。その際も僕の名を必死で呼んでいた。
「……ざまあみろ」
◇◇◇◇◇
僕は懲役刑を受け、収監された。
企みは上手く行き、心残りは無かったはず。
だけど真琴の最後の態度だけが気に食わなかった。
叔父なんていまさらどうでもいい。あんなクソ野郎は記憶にも留めておく必要はないし、僕の手であっさり逝ってくれたことである種の多幸感を齎してくれていた。
真琴の態度だけが気に食わない……。
僕は彼女を一人にしてやった。
どうしてもっと悲観にくれない。
お前の大好きな叔父が死んだんだぞ。あの汚いモノとはもう二度と繋がれないんだぞ、ざまあみろ。
だけど真琴はそんな様子を微塵も感じさせなかった。
以前のように騙されてるのかもしれない。
あの頃も何でもないように振舞っていた。
もしかするとまた新しい男を見つけるだけかもな。つまらない。
でも何故か彼女は裁判の時、叔父に襲われていたのを僕が助けたと証言した。
アイスピックを何本も持っている時点で説得力が無いけどね。
身内である彼女が殺害計画に加担したのかと疑われもしたみたい。
けどそれは僕としては何か違う。
僕は浮気した妻を助ける義理は無いと突っぱねた。
◇◇◇◇◇
収監後、真琴は何度も僕に面会に来た。僕は相手が彼女とわかると面会を拒絶した。
大樹らが面会に来ることもあったが、ある日――。
「真琴さん、お前を待ってるんだ」
「何? 復讐でもするの?」
「馬鹿言うな! あの子、本気でお前を待ってる」
「僕なんか待ってないで、誰か適当な男見つけて股開いてって言っておいて」
「やめろ! お前が好きだった人を侮辱すんな!」
「僕の目が腐ってただけし、そんな人はもういない。要らない」
「卑屈になんな。お前が居なきゃオレが貰ってやりたいくらいだよ」
「いいよ。好きにしなよ。あんなのでいいなら」
大樹は怒って帰って行った。その後、裕也や和美も面会に来たが、大樹と似たような話をしていき、結局は機嫌を悪くして帰っていった。
半年もすると真琴は姿を見せなくなった。
彼女のことだ、言い寄る男は多いから上手いことやってるのだろう。
そうして僕はまた一人になった。
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