二
①
ここちよい初夏の晴れたの日だった。
総武線の市ヶ谷駅を降りた僕は、地図を頼りに指定されたアパートに向かった。
一〇三号室のドアの前で、スマートフォンで時間を確認する。指定された時間のちょうど十分前だった。
鍵を開けて中に入る。小綺麗で近代的な部屋だった。家具ひとつなく、がらんとしている。
勝手に上がるのもなんだかはばかれ、靴を履いたまま玄関先の上がり框に腰を下ろして待つことにした。
(箱を持ってぐるぐると歩く……それも五人がかりで)
目的は何なのか。箱の中身は何なのか。
ものすごく怪しかったがそれ以上聞かなかったのは、余計なことは知るべきでないと経験上わかっていたからだ。好奇心は猫をも殺す。言われたことだけを淡々とこなせばいいのだ――そんなことを考えていると、唐突にガチャリとドアが開いた。
ぬっと顔を覗かせた男に、僕はぎょっとした。
歳は僕と同じくらいだろうか。滝のように汗をかき、異様に息を荒げている。かっと見開かれた目は血走っていた。そして頬は、涙で濡れていた。
僕はすぐさま靴を脱ぎ、後退りするように廊下の方に下がった。男に「ど、どうぞ」と促す。――自分ちでもないのに。
男は、はぁ、はぁ、と息を吐きながらシャツの袖で涙を拭い、部屋に入ってきた。部活の中高生が背負っているような大容量のボックス型バックパックを背負ってる。手に何も持っていないところを見ると、この中に例の箱が入っているのだろうか。
(……箱、かなり大きいんじゃないか?)
男は「すみません」と涙声で呟き、鼻をすすりあげながらバックパックを上がり框に置いた。
震える手で測定装置を外し、真っ赤な目で僕をじっと見上げて差し出した。
その手が小刻みに震えている。僕は逡巡しながらも――つまむように測定装置を受け取った。すると男は突然に「うう」とうずくまり、上がり框に突っ伏して嗚咽を上げ始めた。
大の男が本気泣きするさまはものすごく異様だった。なんだかやばい人だと思いつつも目が離せないまま、そうっとバックパックを掴み上げる。壁にそって移動し、男を刺激しないよう、そっと部屋から出た。
ドアを閉めても男の嗚咽は聞こえていた。ぞっとして、僕は逃げるようにアパートの共用通路から、敷地外の道路に出た。
(変な人だったな……)
小さく息を吐くと、バックパックに触れた。
ナイロン生地越しに、固い感触を感じた。箱状のものがぴったりと入っているようだった。大きさの割に重さはそれほどでもないことに安堵しながら、僕はそれを背負った。
地図を確認する。目的地の四番は、公園のようだった。
――受け渡す相手はどんな人だろう。
また変な人だったらどうしようと憂鬱になった。
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