アルバイトは翌週の金曜日を指定した。

 その日はちょうど講義が三コマで、大学帰りに直接現場に向かえばちょうどいい時間帯だったからだ。翌日は休日だし、そのまま一泊しても問題ない。

 十四時三十分。三コマ目の政治学概論の講義が終了し、教室を出たところで三ツ橋が待ちかまえていた。

 今日はよろしく、と三ツ橋は愛想よく手を挙げる。

(もう一人のバイトって――お前か)

 うんざりしたのが顔に出ていたのか、三ツ橋はむっと唇を尖らせると「まったく知らない奴よりはいいだろ」と言った。

「バイトの連絡くれた時、何で言わなかったんだよ」

「びっくりするかと思ってさぁ」

 三ツ橋は悪びれずにいうと、駅に向かって歩き出した僕と並んだ。

「間宮、イスルギさんに気に入られたんだなあ」

「はあ?」

 僕はものすごく嫌な顔をして振り向いた。

「いや、イスルギさんが同じバイトを何回も使うの珍しいからさ」

 あの人ちょっと変わってるけど、いい人だから――と三ツ橋は言う。

「いい人を免罪符みたいに使うのやめろよ。ていうかをいい人呼ばわりするなんて、いい人に失礼だからな」

 変人は迷惑だよ吐き捨てる僕に、三ツ橋は「やけに辛辣だな」と苦笑する。

「三ツ橋さ、四コマ目取ってなかった? 休んで単位大丈夫なのか?」

「そこは代返頼んでるからな。来週、飲み会続きなのに金がなくってさぁ。したらイスルギさんがバイトに誘ってくれて」

 三ツ橋は例の測定装置をシャツの胸ポケットから出すと、ベルトをつまんで揺らしてみせた。

 阿呆だな――僕は冷たく一瞥する。

 遊ぶ金と引き換えだなんて、割に合わないことだと思わないのか。この男は本当に紹介だけして、仕事の内容は知らないのかもしれない。

 僕は――自分にしてはものすごく親切にも――「やめた方がいいよ」と忠告した。

「間宮だってさぁ、本当に心霊現象が起こるなんて信じてるわけじゃないだろ?」

「さあ。起こるかもしれないし、起こらないかもしれない」

 表情を変えずに言った僕に、三ツ橋は「おどかすなよなあ」と頬を引きつらせた。

「心霊体験なんてさ、どうせ脳の作用ってやつだろ。お化けなんか存在しないって」

 実際、そこに物理現象はないのかもしれない。だが、たとえ脳の見せる幻だとしても、恐怖は確実に感じるのだ。

 三ツ橋はふと真顔になると、「この前のバイト、何かあったのか?」と問うた。

「あったって教えないよ。守秘義務契約についてはイスルギさんに口酸っぱく言われてるだろ。口止め料含めて、あの報酬なんだから」

「……何怒ってんだよ」

「うるさいなあ」

 僕は三ツ橋から目を逸らした。

「君がこのアルバイトを紹介してくれたこと、感謝してもいるし、恨んでもいるんだ」

 吐き捨てるように言った僕を、三ツ橋は面食らったように見返した。

 足を速めて駅に向かう僕を、三ツ橋は「待てよ」と追いかけてきた。

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