第三話 凶宅

「そうだな。いわゆる事故物件というやつだ」

 例のごとく三ツ橋から一方的な連絡を受けて池袋の事務所に向かった僕に、イスルギは言った。

「そこはその道の識者の間では有名な幽霊アパートでな。今は非公開物件になっているんだが、噂を聞きつけた好事家こうずかいとまなく借りに来る。ただ長続きしたためしがないらしく、前の住人は二か月で出て行ったそうだ」

 それは識者じゃなくて数寄者すきものといったやからであろう。

 僕の胡散臭げな視線を受け流し、イスルギはバインダーファイルに視線を馳せた。

「現在ちょうど開いた状態だ。そこで一晩過ごしてもらう。それが今回の仕事だ。心配せずとも心霊体験はその部屋にいる時に限っていて、引っ越してしまえば、その後霊障れいしょうに悩まされるとか自殺したくなるといったことはないそうだよ。——報酬は五万円だ。アパートは一か月契約しているから、君の都合のいい日を指定してくれてかまわない」

「まだ受けるとは言ってないんですけど」

 僕は冷ややかに言う。イスルギは目を細めた。

「何をそう悩むことがあるんだね。繰り返すが、のちの生活にあと引くようなことは何も起きない。ただ怖い思いをするだけだ」

「その怖いのがきついんです」

 恨みがましく見返した僕に、イスルギはにやりと笑ってみせた。

「なら二人でならどうだ? 話し相手でもいれば怖さも和らぐだろう?」

 僕はぎょっとする。他人と二人きりで一晩過ごすなんて、気まずいことこの上ない。

「いや一人でいいです。人と話すの、苦手なんで……」

「まあそう言っていられるのも今のうちかもしれないよ」

 イスルギは意味ありげな台詞を言い、心霊物件の住所を記した紙を差し出した。

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