二
①
土曜日の午後一時。時間ぴったりに集合場所の大学前に着くと、六人乗りの黒のミニバンが校門近くに停まっていた。
助手席に乗ったイスルギが、フロントガラス越しに手を挙げた。明るく晴れた野外で見ると顔色の悪さがよけい目立ち、なんだか彼のまわりだけが陰鬱として見えた。
僕は会釈を返し、スライドドアのボタンを押した。
「あれっ、間宮じゃん」
後部座席の奥から顔を覗かせた男を、僕は面食らったように見上げた。
(中野――)
同じ学部の男だった。ただ、話したことはない。
なんだか気まずく思いながらも車内に乗り込む。三列目シートが荷物で埋まっていたので、僕はしぶしぶ中野の隣に座った。
「懲りずに参加してくれて嬉しいよ」
助手席のイスルギが半身を傾けるようにして僕に目を馳せた。僕はむっとそれを見返す。そこで運転席の男に目がとまり、あれっと思った。
前回のアルバイトで迎えに来てくれたタクシーの運転手じゃないだろうか。野球帽を目深にかぶって顔は見えないが、首の真後ろのほくろの位置がまったく同じだったのだ。
専属の運転手なのだろうか――そんなことを考えているうちに、車は動き出した。
「間宮もさあ、三ツ橋くんにバイト紹介されたの?」
僕が頷くと、中野は「へえー」と心底意外そうに僕を見つめた。
「俺、間宮が三ツ橋くんと仲良かったなんて知らなかったわ」
だろうね、と心中で呟く。実際、三ツ橋と仲良くなどないのである。
「何で誘われたの? 大学で話してんの一度も見たことないけど。なんかきっかけでもあったの?」
中野は妙に食いついてきた。
「……別にないよ。向こうが話しかけてきたんだよ」
「何で君に?」
それはこっちが聞きたい。
「だってさぁー、あの三ツ橋くんだよ? あれだけ人脈広くて、芸人のパーティーに呼ばれたとかモデルと手を組んで歩いてたとかヤクザと談笑してたとか噂が絶えない彼がさ。……なんで君なんだよ」
中野の口調に嫉妬の色が見え、僕はたちまちうんざりとする。
理由があるとすれば、僕が三ツ橋にとって全くどうでもいい人間で、どうなってもかまわないと思われていることに他ならないのだが。
「いや、俺なんかさ。三ツ橋くんに直々に声かけられてさー。そりゃ二つ返事で了解したよな」
中野は三ツ橋がつるんでいる連中の一人だった。もしかして、友人というより取り巻きといった立ち位置なのかもしれない。
そもそも本当に仲のいい友達なら、イスルギのアルバイトなど紹介しないだろう。むしろこの中野も、僕と同じようにどうなってもかまわない人間と思われているに違いなく、僕は少しだけ同情してしまった。
「まあ仲の良し悪しなんて主観的なものだからねえ」
イスルギが口を挟んだ。言外に、仲がいいと思っているのは中野の一方的な思い込みだと言っているようなものである。
やはりイスルギは性格が悪い。中野とは初対面だろうに。この男は誰に対してもこんなふうなのだろうか。
だが中野はイスルギの悪意に気付いたようすもなく、三ツ橋とのまったくどうでもいいエピソードを
やたら四角い顔をぐいっと近づけられ、僕は若干距離を取る。その目が真剣で怖かったのだ。
「知らないよ。今回だって、一方的に電話寄越してきて……」
「電話? 三ツ橋くんの方から?」
そうだよ、と思わず吐き捨てるように言ってしまった。電話口の三ツ橋の自分勝手さを思い出し、むかむかと苛立ちが込み上げたのだ。
中野はぽかんと目を見開いていたが、すぐに
「なんで君みたいなっ……えっと」
「――底辺学生が?」
「そう底へ……なんて言ってないだろ! いやそうじゃなくて、三ツ橋くんみたいなタイプとは、ほら、会話も気も合わなそうなのに……!」
思わず本音を漏らしかけた中野はしどろもどろになる。
「あんなおかしな柄シャツ着た奴の何がいいんだよ」
僕が言い返すと、中野は目を丸くした。
「おかしなって、『ヴィラートヘイヴン』は超有名な高級ブランドだからな?」
「高級ブランドなんて僕みたいな底辺が知るわけないだろ」
「底辺とか関係あるか! めちゃくちゃ流行ってんのに。今時、小学生だって知ってるブランドだぞ?」
「来年には誰も着てないと思うけどね」
ヴィラートヘイヴンすら知らない奴が三ツ橋くんから直接電話もらえるなんて――中野は悔し気に呟くと、眉根を寄せてくっと唇を噛みしめた。いちいち大袈裟である。
それにしても、中野の三ツ橋への心酔っぷりは並々ならぬものがあり、正直引いてしまうほどだった。三ツ橋が彼をイスルギに紹介した理由はこのうっとうしさのせいではないだろうか。
「中野くん。間宮くんが、君の三ツ橋くんへの想いが重くて気持ち悪いなあって顔をしてるよ」
してません、と僕はすかさずイスルギを睨んだ。急に巻き込まないでほしい。
「俺は気持ち悪くなんかないですよ!」
中野がイスルギに訴えた。
「いや私が思ったわけじゃなくて、間宮くんがそう思ってそうだなあって」
「だから思ってないですって」
実のところ思っていたわけだが、勝手に人の気持ちを代弁しないでほしい。
「……間宮って意外とはっきりもの言うのな。もっと大人しいタイプだと思ってたわ」
中野は僕を見やり、むっつりと不機嫌そうに口を尖らせた。
「そうそう。アルバイトは君たちの他にあと二人いるから。□□女子大学の学生だ」
イスルギが言った。
「女の子っすか!」
中野は途端に浮かれた声を上げる。
共感を求めるようにぱっとこっちに視線を馳せたが、表情一つ変えない僕に、すぐに呆れたような顔になった。
「間宮ってさぁー。なんか、変わってんだなあ」
「変わってなんかいないよ」
不機嫌そうに眉根を寄せた僕を、中野はなんだか興味深そうに見つめたのだった。
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