第6話
「実は話せば長くなることなのだが、実は今から5年前つまり君と初めて出会った時はまだ6歳だったんだよ。ところがそれから1年後つまり今から2年前に今度は7歳になっていたのさ。まあ普通に考えればありえないことだとは思うだろうけどもこれには色々と事情があってね。簡単に説明すれば彼女は生まれつき魔力量が異常に多い体質だったというわけさ。ただそれでも普通の人間として生きていける程度ではあったからね。特に問題はないと思っていたんだよ。それが間違いだったということに気付かされたのはつい最近のことだったりするんだよねぇ」
「どういう意味なんだい?」
「簡単な話で言えばある日突然暴走してしまったのだよ。しかもそれだけに留まらず辺り一帯を吹き飛ばしてしまう程の威力を持った魔法を使ってしまったんだ。幸いにも被害は比較的軽微なものだけで済んだし、周囲にいた人々の中にも奇跡的に死者が出なかったというのもあって大事には至らなかった。しかしこのまま放置しておくのはまずいと判断した我々は急遽彼女を隔離した上で様々な検査を行うことにした。その結果判明したことは二つあって、まず一つ目は膨大な量の魔素を吸収したことで肉体の成長が著しく阻害されてしまったということ。そして二つ目の問題はそれによって記憶の一部が失われてしまったということさ」
「成程そういう訳があったのか。それじゃあさっき君に対して妙な反応をしていたのはそのせいなのかな?」
「恐らくはね。ちなみにその時のことは覚えているかい?」
「いいえ、残念だけど何も思い出せないわ。それにそもそもその頃の記憶自体ほとんど残っていないの」
「そうなのか。それはとても寂しいものだね……」
「ええ、正直言って辛いわ。だって家族のことなのに自分が誰だかも分からないなんてそんなの嫌じゃない?それにパパやママのことも忘れてしまっていたし……」
「ユノちゃん……」
「ねぇパパ……私怖いよ……いつかまた誰かを傷つけてしまいそうな予感がして仕方がないの……だからお願い!!私をどこか遠くに連れて行って!!ここに居たらいつ何が起こるか分からなくて不安なの!!お願いします!!」
「……分かったよ。ただし約束してくれないか?決して無理だけはしないと」
「うん、分かった!!絶対に守るから!!」
「よし良い子だ。ケルティングさん、あなたもそれで構わないかな?」
「勿論ですよ。娘のためにここまで尽くしてくれた人ですもの。断る理由などどこにもありはしないですよ」「ありがとうございます!これからよろしくね、お父さん、お母さん!」
こうして家族会議の結果無事にリンを引き取ることに成功したのであった。
翌朝、目を覚ますとそこには見知らぬ天井が広がっていた。
(あれここはどこなんだろう?)
昨日の出来事を思い出してみる。
そういえば今日から私はこの家で一緒に暮らすことになったんだったっけ。
改めて周りを見回してみたところ家具などの配置などから推測する限りここがリビングであることが分かった。
すると不意にドアの方から物音が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると一人の男性が立っていた。
彼はこちらの姿を確認するなり駆け寄ってきたのだが、次の瞬間思いっきり抱き着かれた。
あまりに唐突過ぎて一瞬呆然としたもののすぐに我を取り戻し慌てて引き剥がそうとするものの全く離れようとしなかった。
「ちょ!?いきなり何をしているんですか!!」
「いやぁ~ごめんごめん!あまりにも可愛かったものでつい我慢できなくなっちゃった♪」
「そろそろいいかしら?」
そう言いながら現れたもう一人の女性は笑顔を浮かべていたけれども目が笑っていなかった。
「あっと失礼したね。おはようお嬢様」
「もう朝っぱらからふざけないでくださいよね」
「いやまあ本当に申し訳ないと思っているんだけどね。ただどうしても抑えられなかったんだよ」
「全く反省の色が見えませんね」
「まあまあいいじゃないか。それより朝食の準備ができているみたいだから早く食べようよ」
「それもそうですね」
「では早速いただきましょうかね」
3人で食卓を囲む。
メニュー自体はごく一般的なものだったけれどどれも美味しかった。
「うん、相変わらず君の作る料理はとてもおいしいね」
「ふふ、褒めても何も出ませんからね」
どうやら二人は夫婦らしい。
仲睦まじい様子を見せられると少し羨ましく思えた。
食事を終えた後、二人から色々と話を聞かせてもらった。
何でも彼らは元々冒険者として活動していたのだそうだが、とある依頼の際に大怪我を負ってしまい、やむなく引退を余儀なくされたのだという。
ただそれでも蓄えが全くないというわけではなく、それなりに余裕のある暮らしを送っていたとのこと。
とはいえいつまでもこのままというわけにはいかないということで、何か新しい仕事を見つけなければと考えていたところ今回の話が舞い込んできたのだとか。そこで詳しい話を聞くために一度王都に出向き国王陛下に直接面会を求めた結果その場で了承を得ることができたため現在に至るということらしい。
「成程ねぇ。でもどうしてわざわざこんな辺ぴな田舎町までやってきたんだい?」
「実は私たちも最初は断ろうと思っていたんですよ。でもちょうどその頃ある噂を聞きましてね。なんでもこの町に凄腕の冒険者がやってくるという話があるらしくて是非ともその人に会ってみたいなと思いやって来たわけなのです」
「へぇーそれは知らなかったねぇ。それで実際に会った感想としてはどうだい?」
「いやぁ想像以上の腕前の持ち主だったと思いますよ。まさかあの数の魔物を相手にしながら無傷のまま生還してくるとは思っていませんでしたし」
「確かにそりゃすごいね」
「それに何より驚いたのは彼の強さよりもむしろ彼の人柄の良さでしょうね。正直言って彼が悪人でないということは一目見ただけで分かりました。それとユノちゃんのことについても色々相談に乗ってくれていましたし」
「ほう、そこまで言うとは中々の人物のようだね。ところで君たちから見て彼はどんな印象を受けたんだい?」
「う~ん、一言で言うならまるで聖人のような方といった感じでしょうか」
「成程、つまり君は彼に好意を抱いたということだな」
「べ、別にそういうわけではないですよ!!あくまで人として尊敬できる人物だと思っただけであって決して恋愛感情を抱いているとかそんなことはないですから!!」
顔を真っ赤にして反論するものの説得力はあまりないように思える。
というか普通にバレてるし……。
その後も話は続いていき、気づけば既に昼頃になっていた。
それからしばらくした後私たちは再び馬車に乗り込み出発するのであった。
「さようなら~また遊びに来て下さいねぇ~!!」
ユノちゃんが手を振りながら見送ってくれる。
私もまた手を振り返すとそのまま遠ざかっていく。
(さてこれから一体何が起こるのかな?)
期待半分不安半分といった気持ちを抱きつつ私は新たな生活の始まりを迎えるべく一歩を踏み出すのであった。
家に戻るとケルティングさんはすぐさま今後の予定について話し出した。
「まずはギルドに行って依頼を受けるとしようと思う。一応昨日のうちにある程度の目星はつけておいたからね」
そうして向かった先はこの町一番の規模を誇るギルドである。
扉を開けて中に入ると多くの人たちが集まっておりとても賑わっていた。
掲示板に貼られている紙を眺めてみるとそこには様々な種類のものが張り出されていることがわかった。中には危険なものもあるのではないかと危惧していたのだが、それらは別に分けられているようで特に問題はないらしい。
そしてその中から選んだものは3つあった。
1つ目はゴブリン討伐の依頼だった。内容は近くの森に住み着いてしまった大量のゴブリンたちを退治するというものだ。
2つ目の依頼主はこの村の住民である女性で最近家の近くで不審な男たちを見かけたことがあるらしく、もし見かけたら捕まえてほしいというものだった。
3つ目はこの村の近くにある洞窟の調査および内部の探索及び調査対象の確保というものである。
ちなみに1つめに関しては報酬金はそれほど高くないものだったが2つ目に書かれているものについては結構な額のものとなっていた。恐らく危険度が高いからこそ高額になっているのではないかと思われる。
「よし、じゃあとりあえずこれにしようと思うけどどうかな?」
そう聞かれたので素直に首を縦に振ると受付に向かい手続きを行った。
その際に身分証を提示しなければならないと言われたため、取り出して見せる。すると何故か驚かれたもののすぐに元に戻り、無事に発行してもらうことができた。
その後依頼書を受け取ると早速出発することとなった。
ただここで問題が一つ発生することになるとはこの時思いもしなかったのだけど…….。
外に出た瞬間一斉に視線が集まったことに驚く。というのも先ほどまではまばらにしかいなかったはずの人が今では数え切れないくらいにまで増えていたからである。しかもその誰もがこちらを見てくるのだけれど何故だろうか?不思議と嫌な気分にはならないが、それでも落ち着くことはできない。
「あーこれは多分私のせいだろうね。なんせ君はとても可愛い女の子だから目立つんだよ。まあそのことは置いておくとして早速行こうか。早くしないと夜になっちゃうかもしれないしね」
「そ、そうだね……」
なるべく気にしないように心掛けながら足早にその場を去ることにした。
道中では色々な人から声を掛けられたりもしたのだけれどもそれらは全て無視することにした。
だっていちいち相手をするのも面倒くさいだけだし。
そんなこんなでようやく目的の場所へと辿りつくことが出来た。
森の中に入って少し歩いたところにある開けた場所である。
「ふぅ……やっとついたみたいだね」
「うん」
一息ついて辺りの様子を窺ってみる。
どうやら今のところ近くに人はいないようである。
「それじゃあさっそく始めようか」
「えっと、どうやって探せばいいの?」
「それは簡単だよ。魔法を使えば一発さ」
「へぇ、そうなんだ」
とは言ってみたものの実は私にはそういった類の能力は一切ないのである。なので仮に使ったとしても何も起こらない可能性の方が高いと言える。
「大丈夫、私が使うから君はただじっとしているだけで構わないよ」
「わかった」
「【探知】」
そう唱えるとケルティングさんの身体の周りに魔力のようなものが集まり始めた。
どうやらこれがいわゆる魔法の発動に必要なプロセスということのようだ。
(やっぱり実際に見てみて初めて実感できることもあるんだよね)
今更だが自分がいかに世間知らずなのかということを痛感させられる。
それからしばらくの間待つことになったのだが一向に反応が現れる様子はなかった。
しかしそこで諦めることなくひたすらに待ち続ける。
やがて太陽が落ちかけてきた頃になってようやく変化が現れたのであった。
「見つけた、こっちだ!」
「あっちょっと待って!!」
突然走り出したのを見て慌てて追いかける。とはいえ私にとっては全力疾走でも彼にとっては散歩程度の速度でしかないだろうが……。
それからしばらくして何とか追い付くことに成功した。といってもまだ距離は離れているのだけども。
「それでどこに向かっているのかわかるの?」
「ああ勿論だとも!しっかりと道案内をしてあげるから安心してくれてもいいぞ」
自信満々にそう告げる彼を信じてついていくことおよそ30分ほどが経過した頃ついに目的地に到着した。
そこは大きな岩山に囲まれた場所で周囲には誰もいないように見える。
念のために警戒しながら進んで行くとその奥に大きな洞穴があることに気づく。恐らくあれこそが今回の目的の場所に違いない。
「ここが奴らのアジトというわけなんだね」
入り口の前には見張りらしき男がいたのだが、私たちの姿を見ると驚いたような表情を浮かべつつも武器を構えた。
そしてゆっくりと近づいてくる。
(どうしようかなぁ……まさかいきなり襲ってきたりすることはないと思うんだけど)
流石に話ぐらいなら聞いてくれるだろうと願いたいところである。
というよりそうでないと困ってしまう。
もしも戦闘になってしまえば今の自分では明らかに力不足なのは明らかだし、何よりも今は依頼の最中なのだから失敗してお金を無駄にするなんてことだけは避けなければならないからだ。
そうこうしているうちに目の前までやってきた男は話しかけてくる。
「お前たち、一体何処から来たんだ?」
「私たちは冒険者です。ここに調査の依頼でやってきました。怪しいものではないですよ」
そう言いつつ身分証を提示すると、彼は納得してくれたようで一旦中に入るように言われた。
そしてそのまま入っていくとそこには大勢の男たちが集まっていた。
全員が全員武装しており、明らかに友好的な雰囲気ではないことがわかる。
ただ予想外だったのはその誰もがかなり高齢であることであり、とても戦えるとは思えないほど弱々しい見た目をしていたことだ。
「皆さんこんにちわ、私はこの村の村長をしているものです。今日はよく来てくださいました。ささっ、こちらに座ってくださいませ」
「ありがとうございます。ところでここには貴方一人しかいないんですか?」
「いえ違いますとも。他の者たちは現在村の方に戻っておりまして、何かあった時の為に備えてもらっています」
なるほどそういうことだったのか。ならばまずはこの人たちの安全を確保しておく必要があるだろう。もし万が一のことがあれば大変なことになるかもしれないしね。
「わかりました」
それからしばらく待っているとようやく残りの村人たちが戻ってきたらしく、再び話し合いの場を設けることになった。
ただ今回は最初から座っている人もいれば立っている人もいるといった感じでバラバラになっている。どうやらそれぞれの立場の違いを表しているらしい。
ちなみにこちらは当然のようにケルティングさんの隣にいる形となっている。一応護衛という立場上こうした方が自然に見えるしね。
「では改めて自己紹介させていただきましょうか。私の名はフラートンと言います」
最初に挨拶をした老人の名はどうやら彼のものらしい。
続いて隣にいた男が前に出る。
「俺はバルザックだ。よろしく頼むぜ」
次に出てきたのはこれまた年老いた男性だったが、こちらもやはり杖を使って歩いている。
その次は女性で名前はマリーと言った。
「あたしはガリアーナよ。お見知りおきなさいな」
今度は若い女が出てきた。
彼女は腰に剣を携えておりいかにも戦士といった風貌だ。
その後も次々と名前を教えてもらったのだが、最後の1人だけが何故か姿を見せなかった。
不思議に思いながらもとりあえず先に進めてもらうことにする。
「それで早速本題に入りたいとは思うのですけど……」
そう切り出すと皆の視線が集まる。
それを確認した上で言葉を続けることにした。
「単刀直入に聞きますけれどここで何をしていたのですか?見た所あまり裕福には見えないようですけれども」
すると彼らは互いに顔を見合わせるばかりで答えようとしない。
まあそれも仕方がないことであろう。きっと誰だって命は惜しいはずだから正直に話すはずもないのだ。
しかしそんな沈黙は長く続くことはなかったのである。何故なら突然現れた何者かによって話が遮られたからである。
「ふむ、まさかここまで辿り着くとは大したものだ。褒めてやるぞ小娘ども」
「貴様は何者だ!?」
「おいおい俺の顔を忘れたのか?」
呆れた様子を見せる男だが私は全く記憶にない。そもそもこんな人にあったことがあるだろうかと考えてみるも心当たりはない。(うーん……ダメだ思い出せない)
「悪いが覚えていないようだな。無理もあるまい、あの時はフードを被っていたからわからないだろうさ。それにしても久方ぶりだというのに随分な態度ではないか?」
そう言われても全く身に覚えがない以上答えることはできない。
なので黙って相手の様子を窺うことしかできなかった。
しかしそこで予想外のことが起こる。
「……まさか本当に忘れたというのか?」
(えっ……どうして?)
まるで信じられないものを見たかのような反応を見せられ戸惑ってしまう。
でも考えてみれば確かにおかしいことではある。仮に私が彼らの知り合いであったとしてわざわざ会いに来る理由なんてあるわけないし、何よりも私の記憶にはないということはつまりそういうことなんじゃないだろうか。
そう考えた私は意を決して尋ねてみることにした。
「ごめんなさい、やっぱり何も知らないわ」
はっきりと口にしたことでショックを受けているように見える男。
だけどこれは嘘偽りのない事実だから仕方がなかった。
だからこそこれで諦めてくれることを願ったのだが、残念ながらそれは叶わなかったようである。なぜなら次の瞬間彼がとんでもない行動に出たからだ。
「そうか、ならばもう一度だけ名乗ろう!我が名はミゲール・ハリアント!!かつて魔王軍の幹部を務めていた者なり!」
堂々と宣言するその姿はとても演技だと思えないほど堂に入ったものであった。
そして同時に理解してしまう。
(こいつは敵なんだと……)
こうして私たちの戦いが始まったのだった。……..あれ、そういえば依頼のことはすっかり頭の中から抜け落ちていたみたいだね。一体いつの間にこうなったんだろ。
「よく聞け人間共よ、今すぐに降伏するというならば痛めつけるような真似だけは勘弁してやらんこともない」
偉そうな物言いをする相手に苛立ちを覚えつつもケルティングさんを守るべく武器を構える。
「ほほう、我に挑むというのか。愚かにも程があるというものよ!!」
こうなれば戦うしかない。幸いなことにこちらにはタティアナがいるし負ける気など微塵もなかったりするんだけど、問題はどうやったら倒せるかということだ。
いくら相手が強かろうとも不死身ではないだろうし、どうにか倒す方法はないかと頭を悩ませることになる。
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