第5話
「本日の主役はこの二人だー!!さぁ前に出て誓いの言葉を交わすがよい」……なるほどそういう流れで行うのか。正直こういう儀式的なことは苦手なんだけどな。とはいえやるしかないようだ。まず最初に花嫁の方が一歩前に踏み出してこちらに向かってくると緊張した面持ちを浮かべながらも深呼吸をして気持ちを整えてから口を開いたのである。
「私はエレン・ヘルセと結婚し永遠の愛をここに誓うことで幸せになることを約束します」
彼女がそう宣言すると今度は花婿の方が同じように近づいてきて言葉を口に出したのだ。
「俺はエルザと結婚することをここで改めて約束しよう」……これで終わりかと思ったのだが何故かそのまま動かない。不思議に思ってよく見てみるとなぜかじっとこっちを見つめたまま固まってしまったような状態になっていた。これは一体どういうことなんだ?……まさかとは思うけど僕にも言えって事なのか?いやまあ別にいいんだけどね、ただ単に恥ずかしいなと思っているだけであって決して照れ隠しをしているわけではないんだよ……。僕は気を取り直して彼女に話しかけることにした。
「あの~もしもし、聞いてるんですか?」……だが反応がない。何度呼びかけても返事はなく完全に無視されている状態だったため流石にちょっとイラっとしてしまい思わず語気が荒くなってしまっていた。
「おい!人の話を聞けよ!!」……その瞬間ようやく我に返ったようでハッとした表情になり慌てて謝罪してきたのだった。
「ごめんなさいついボーッとしちゃっていて……」……まったく何をやってんだこいつは、これじゃ先が思いやられそうだぞ。まあいいか、とりあえず仕切り直しということでもう一度やり直すことにしましょうかね。
「僕はリク、よろしく頼むよ。ところで一つ聞きたいことがあるのだが答えてくれるかい?」
「はい、なんでもおっしゃってください」
「君は僕と夫婦になるということを理解しているのだろうか?」
「勿論ですわ旦那様!」
「では君の名前は?」
「……あれっ!?そういえば名前まだ決めていなかったわ!」……マジかい!それでよく結婚しようと思ったもんだなおい。僕は呆れて物も言えない状態でいると、彼女は急いだ様子で考え始め必死になっている姿を見てしまったせいで怒っていた感情が無くなってしまった。……全く仕方のない奴だな。
しばらく悩んだ末に何か思いついたらしくパッと明るい笑顔になると自信満々といった感じでこう告げたのである。
「決めたわ私の名前今からあなたの事を『パパ』と呼ぶことにするね」……はい? どうしてそうなってしまうのだ意味不明すぎるだろうが!!!それに誰がお前の親父だよ冗談じゃないよまったくもう。
「それは止めてくれないか、せめて呼び方だけでも普通にしてくれないかな?」
「うーん困りましたわねぇ……あっ!それなら私の事はエレンママと呼んでくれませんか?」……はいダメですね決定しましたこの人には常識というものが全く通じないみたいだな、もはや諦めた方が良さそうである。そんなやり取りをしていたら隣にいる神父さんが咳払いをしたので仕方なく話を進めることにした。「コホンっ!!そろそろいいかのう」
「すいませんでした。どうぞ始めて下さい」……やっと始まったな。
「汝らはこれから生涯を共に過ごしていくパートナーであることを自覚した上でお互い支え合いながら生きていくことを誓えるのであれば神の名のもとに祝福を与えようとここに宣言する」「はい誓います」
「同じく俺達も同じ気持ちだぜ」……こうして無事に式を終えたわけだけど正直疲れたので早く帰ってゆっくりしたい気分である。そしていよいよ初夜を迎えることになるのだが……どんな風にすれば良いものなんだろうか。そんなことを考えていたその時であった、部屋の扉が開いて誰かが入ってきたのだった。……誰だろうと確認しようとした次の瞬間僕は信じられないものを見たのである。そこには僕の母親が立っていたのだから驚いてしまいその場で固まってしまっていた。何故こんなところに来たのかという疑問が浮かんできたがそれよりも先に聞かなければならないことがあったので質問することにしたのである。
「母さん……一体いつからそこに居たんですか」すると母は少し俯き加減になって申し訳なさそうな態度をとりつつ語り始めた。「実は最初から見ていたのよ。でも邪魔をしてはいけないと思って黙って様子を見守ることにしたの」……マジかい!!つまりずっと見られていたというのか。しかも全部丸ごと全てだと。なんてこった最悪じゃないか。あまりのショックのせいでその場に座り込んでしまうほどだった。……なんてことだせっかくの初夜に妻となる人と迎えることが出来なかったなんて一生の不覚である。だがそこでふとあることに気づいた。……そもそもエレンが妻になることを受け入れた理由って母親である彼女が説得したからだと言っていたはずなのだがその肝心の本人の姿が見えなかったのだ。
「そう言えばあいつがいないようだが何所に行ったのか知らないか?」すると彼女は首を横に振って否定の意思を示した。その表情はとても悲しげなものになっていてとても嘘をついているように見えない。どういうことなんだ。まさか……嫌なことばかり想像してしまう。まさかとは思うけど既に手遅れということなのか?もし仮にそうならばあまりにも残酷すぎやしないか。僕の中で最悪のシナリオが展開されようとしていたまさにその刹那、突然背後から声をかけられて思わず飛び上がりそうになるほど驚いたのだが何とか平静を保ち振り向くとそこには予想通りというか何と言うか彼女の姿が有った。しかしその姿はかなりボロボロの状態になっており服の一部が破れていてかなり痛々しい状態になっていたのだ。……良かった無事だったんだな本当によかった。
心の底からホッとしていると彼女はゆっくりと近づいてきたのだがその表情は何時になく真剣そのものになっていたのを見て思わず緊張してしまった。だがそれも束の間のことだったようですぐにいつも通りの笑顔に戻ったのだけれど何故か顔色が良くないような気がするのは気のせいであろうか?
「二人ともごめんなさいね勝手に飛び出したりしてしまって……」
謝る彼女に対して僕は気にしていないことを告げたがエレンの方はまだ納得がいっていない様子だったのでとりあえず事情を聞くことにしたのだがその前にどうしても聞いておきたいことが有るので聞いてみることとする。
「ところで一つだけ聞かせて欲しいんだけどいいかな?」
「はい、何でも聞いて下さって結構ですよ」
「君は僕との結婚を本気で考えているんだよな?」
「えぇ勿論よ!だって私はあなたの妻になる女ですもの!」
「だったら何であんな真似をしたんだ!!」僕はつい怒鳴ってしまい慌てて謝罪したのだが彼女は特に怒っている様子もなく逆に不思議そうな顔をしていた。
「どうして怒られているのかわからないわ。私何かいけないことでもしてしまいましたでしょうか?」
「どうしてじゃねえよ!!あんた自分の立場わかってんのか!?仮にも王女様だろうが!!それがいきなり家出なんかしたら問題にしかならないだろうが!!それをわざわざ知らせに来てくれただけでも感謝すべきなのにその上怪我まで負わせてしまっただろ!!下手すりゃ国際問題に発展しかねない事態を引き起こしてくれた上に反省の色すら見せないとはどういった了見だよふざけんな馬鹿野郎が!!!」……我ながらよくここまで言えたものだなぁと思うくらいに怒り狂っていた。当然だろう、こいつは一国の姫だという事を理解したうえでの行動だったという事が発覚したからである。
「まあまあ落ち着きなって落ち着けってば」
「これが落ち着いていられるかよ!俺はこの国を守る為に戦ってきたっていうのにこれではまるで意味がないではないか!」
「うーん確かに言われてみるとそうだよね」
「だろ?」
「うん」
「ならここは素直に謝罪をするべきだろ普通は」
「いや違うって、だからそれは逆効果だっつてんじゃん」……はい? 何を言っているのかさっぱり解らないんですけど、どうにも話が噛み合わないぞ。これは一体どういうことなんだろうか?……考えてみたが全くと言って良い程答えが出てこないので考えるのを止めて直接聞くことにしようと思ったその時だった、突然彼女がとんでもない発言をしてきたのである。
「そんなことはありませんわ。現段階で私の結婚相手として相応しいのは彼しかいないと確信していますので」……はいぃぃいっ!?今なんとおっしゃいましたかねぇ?聞き間違いでなければ僕のことを選んでいるとかなんとか聞こえてきたのですが一体どういうつもりなんでしょうかね?
「おいちょっと待ってくれ、それだと俺達は夫婦になれないということになるんじゃないだろうか?」
「いえ別にそういうわけではありません。ただ私が夫ではなく妻になるというだけです」…………はい?つまり僕の方が妻でお前が旦那になると……そう言うのか?
「あの……もう一度言ってくれないか?良く耳に入ってこなかったみたいだから」
「仕方のない人ですね。いいでしょう何度でも言います。私はあなたのお嫁さんになりたいと言っているんですよ。そしていずれはこの国の王妃となって共に幸せになりましょうね♪」……頭が痛くなってきた。もう勘弁してくれと言いたかったがエレンがこちらを見つめている視線に気づいてしまった為何も言えないまま時間が過ぎていく。……このまま黙っていてもしょうがないので一応尋ねてみることにするか。
「ちなみにだけど君と結婚した場合のメリットとデメリットを教えてくれないか?」
「まずメリッ卜としては政略結婚しなくて済むという点が挙げられます。次にデメリットは自由恋愛が出来ないということですがそこは我慢してもらうしか無いと思います。それともう一つあるにはありますけど……」
「何だいそのもう一つの利点というのは」
「えっと、そのぉ、何といいいますか、その、その、とにかく凄く恥ずかしいというか何というか」……何なんだその煮え切らない態度と仕草、はっきりしろやコラ。
「いいから早く教えろ、場合によっては聞かなかった事にするから」
「そ、そうですか、わかりました。え、えぇとその、あのですね、えぇと」……頼むから早くしてほしい、こっちとしても色々限界なんだからさ。
「ええいじれったいな!!男らしくビシッと言え!!!」
ついに堪忍袋の緒が切れてしまい怒鳴ってしまったのだがそれでも彼女は中々喋ろうとしなかったのだがようやく覚悟が決まったようで深呼吸をして気持ちを整えてから話し始めた。
「わ、私と結婚して下さい。お願いします!!」……その瞬間、僕は目の前にいる女の子に対して生まれて初めてときめいていた。まさかこんな形で告白されるなんて夢にも思わなかったからだ。それにしてもこの子可愛いなぁ。
「その返事の前に確認したいことがあるんだが良いかな?」
「はい、何でも聞いてくださいね!」
嬉しそうな顔で微笑んでくる彼女の姿を見て僕は決意を固めると彼女に近づき優しく抱きしめた。
「ひゃうぅっ!?な、ななな何をなさるのでしゅか!?」……あぁ噛んだな。それも思いっきり。
「いやその、いきなり抱きついて悪かったとは思うんだけどさ、今の僕にとって君の事がとても愛おしくてたまらなくなってしまったんだよ。それで思わずこうしてみたくなったんだけど駄目かい?」
「べ、べつに構わないですけれどもいきなりされると心臓に悪いです」……あれ?意外だな。もっと慌てると思っていたのに案外平気そうだぞ?むしろ喜んでいるようにさえ見えるような気がするのはきっと錯覚ではないはずだ。
「ところで話は変わるが一つだけ質問してもいいか?」
「は、はい!どうぞ!!」
彼女は目をキラキラさせながら見つめてくる。
どうもこういうシチュエーションに憧れを持っていたようだなぁ。
「僕のどこを好きになったのかを聞かせてほしい」
「もちろん全部ですよ!あなたはとても優しい方なのですもの!」
「そうか、ありがとうな。僕の事をそこまで想ってくれて本当に嬉しいよ」
「私こそあなたのような素敵な方に出会えて光栄に思っていますよ」
「これからよろしくね」
「はい、末永く宜しくお願い致します」
僕らはお互いに笑顔を浮かべ合いながら手を取り合ったのであった。
「まあそんな感じで僕達は結婚したわけだ」
「いやいやいやいやいやちょっと待って、何かおかしいよね?絶対どこか間違っているよね?そもそも王女様って時点でツッコミ所満載なのにその上王子と結婚ってどんだけだよって話だよね?ねえちょっとそこんところ詳しく説明して欲しいんですけど?っていうかさっきまでの感動的なシーンは何だったんですかね?」
おっといけないつい興奮してしまったせいか口調が元に戻っていたぞ、まあ別に聞かれたところで困るような内容でもないから問題はないといえばないのかもしれないがとりあえず今は話を戻さないと。
「ああごめん、話が逸れてしまってすまなかった。続きを話しても大丈夫だろうか?」
「はいどうぞ」
「では続けるとするね。僕達はその後すぐに結婚式を挙げて夫婦となったわけだが最初はお互いぎこちなかったものの段々と打ち解け合っていくにつれて自然体で接することが出来るようになっていった。そして僕達は結婚してから3年経ったある日のこと、つまり今から5年前に子供を授かることになった。ちなみに性別については男の子だったという事だけは伝えておくね」
「……それだけですか?子供の名前とか年齢とか他にも色々あると思うのですが」
「うん、確かに言われてみればその通りだよねぇ。でもね、実はその子が生まれてからのことは全然覚えていないんだよねぇ。何せ物心ついた時には既に孤児院にいたからさ」
「ええっとそれはどういう意味でしょうか?」
「言葉通りの意味合いさ。だから正直言って自分がどうやって育ったのか、どんな家族がいたとかそういうことは全くと言って良い程知らないんだ。だから仮に名前を付けるとしたらその時の記憶を頼りにつけるしかないのさ。ただ言えることはその子がとっても可愛らしいということくらいかな。あとは……いやまあいいか。とにかく君も実際に見れば分かるだろうけどもしかしたら君も彼を見た時に同じような感覚を覚えるんじゃないかと思っているんだ」
「それじゃあますます楽しみになってきましたね♪」
「そういえばまだ紹介していなかったっけ。おーいまだ寝ているみたいだけど起きなさい、そろそろお客様が来る時間になるのだから急いで支度をしないといけないんだよ?」するとベッドの方から小さな影が起き上がってきた。
「ん~もう朝なのかしら?ふわぁぁぁぁよく眠ったわ。あらパパおはよう♪」
「ええっと、どちらさまですか?」
「何言っているのよママ?私よ娘であるユノちゃんのことが分からないというの?酷いわ!!」
「ええええええええええええええええええっと……」
「もう仕方がない人ですねぇ。ほらこっちに来て顔を良く見せてくださいな」
「分かったわよぅ。これでいいかしら?」
「はい、いい子ですね。いいですか?この人はあなたのお母さんのエレンさんですよ。忘れてしまったわけではないでしょう?」
「…………あっ!!思い出した!!小さい頃いつも遊んでくれた大好きなおばさんだ!!久しぶり!!元気にしてた?」
「はい、おかげ様で。あなたも大きくなってすっかり大人びたようですね。見違えてしまいました」
「本当?嬉しいなぁ。ずっと会いたかったんだぁ」
「私もですよ。それにしても大きくなっただけでなく綺麗になりましたね。まるで女神のように美しくなりましたよ」
「ありがとうございます。ところでそちらの女性のお名前は一体どなたか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「申し遅れましてすみません。私はアルトゥーラ・ペンヤミンといいます。以後よろしくお願いいたします。それとこちらの男性は私の夫であり貴方のお父さんにあたる人物です」
「そうなんですか?初めまして。娘のリンです。これからよろしくお願いしますね」
「よろしく。僕はケルティング、君の旦那さんだ。ところで一つ聞きたいことがあるんだけども良いかい?」
「はい、何でも聞いてくださいね!」
「どうして君は裸なんだい?」
「へ?きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
こうして僕らの家族に新しいメンバーが加わったのであった。
「ううううううぅ…………あはははははは、まさかいきなりこんなことになるなんて予想もしてませんでしたよぅ」
そう言いながら彼女は恥ずかしそうに身体を隠しながら俯いていた。
そんな彼女の姿を見ていると何故か無性に抱きしめたくなってきたのだがそれを実行に移す前に彼女が顔を上げて僕の方を見てきたので慌てて視線を逸らすことになった。
「あのぉ、できれば見ないで欲しいのですけれども駄目でしょうか?」
上目遣いで見つめられて思わずドキッとしてしまう。
これは反則だと思うぞ!
「いやごめん、別に見るつもりはなかったんだが気が付いたら目が離せなくなってしまっていてね。本当にすまない」
「いえ気にしないで下さい!私が悪いだけなのですから」
「とりあえずこれを着てもらえるとありがたい」
「ありがとうございます。助かりました」
「いや礼には及ばないさ。むしろ謝るべきなのは僕だからね。本当にすまなかった」
「もう過ぎたことですからこれ以上謝罪する必要はありませんってば。それよりも早く着替えてきちゃいますね」
そう言うとリンはパタパタッと小走りしながら部屋を出ていった。
「全く何をしているんだろうね僕は……。いくら相手が女性とはいえ初対面だというのにも関わらずあんなことをするなんてどうかしていたよ」
「でももし僕が彼女の立場だったとしたならやっぱり同じように思ったかもしれないね」
「……ああそうだね。でも彼女に嫌われたりしていないだろうか?」
「それに関しては大丈夫だと保証しよう。何故ならば我が妻はとても寛大で優しい性格の持ち主だからね。きっと許してくれるはずさ」
「うん、その言葉を聞いて少し安心できたよ。ところで話は変わるのだけれど君が言っていた通り確かに可愛いよね彼女」
「ふふ、だろう?自慢の娘だからね」
「でも確か君との年齢差を考えてみると計算が合わないような気がするがどうなっているんだい?」
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