第4話

 外に出るともうすっかり夜になっていたため急いで戻ろうとすると途中で声を掛けられた。振り向くと見知った姿が見えたので挨拶を交わすことにした。

「こんばんわ、良い月ですね」

「はい!そういえばさっき変なものを見かけたのですけど……あれってもしかすると幽霊とかじゃないですよね?」

いきなり怖いことを言われたものだから少し怖くなったが冷静に対応することにした。

「あー大丈夫だよ、そんなんじゃ無いと思うから」

「良かったぁ……もしそうだとしたらどうしようかと思ってました」

冗談っぽく笑いながら言った後2人で家路につくことにした。

「今日も楽しかったです。ありがとうございました!」

こうして彼女と別れた後は特に問題も無く帰ることができたのでホッとしていた。そして自室に戻るとベッドの上に座り込んだ。

「ふぅ……色々あった一日だったな」

改めて振り返っみると本当に濃い内容だった。まさか彼女が犯人だとは夢にも思ってなかったからだ。それにしても一体どういう経緯があってあんな行動に出たのか不思議でしょうがなかった。……あの時の言葉の真意について考えることにする。僕の勝手な想像になるが恐らく彼女は好意を寄せてくれていたのではないかと思っている。でなければわざわざ自分から正体を見せるような真似はしないはずだし、ましてや贈り物をするなんてありえない。だけどどうして急にという疑問が残る。

今までの行動を見る限り恋愛感情があるとは思えないしそれなら他に理由がありそうなものだが思い当たる節は無いに等しい。そこで気づいたことがあった。もしかしたら自分の方にはそういう気持ちが無いと思われてるんじゃないかと不安になったのだ。確かに好きかどうか聞かれてもはっきりとは言えないしむしろ嫌いな部類に入ってしまう可能性だってある。それが彼女を傷つけてしまった原因ではないのかと考えたところでハッとなった。……もしも逆の立場だったらと考えれば答えはすぐに出るじゃないか。いくら好きだとしても相手の本心を知ることができないのであれば信用できるはずがない。だからああやって試すような形で確認しようとしたのかもしれない。そう思うと申し訳なくなってきたのと同時にとても悲しくなってきてしまい泣きそうになったのを堪えようと必死になっているうちにいつの間にか眠っていたらしく朝を迎えることになった。

翌日、目が覚めると昨日のことを考えてしまっていたせいなのか気分はあまり良くなかったが無理やり体を起こして支度をした。朝食を食べた後すぐに出かけることにした。もちろんリーゼさんに会うためである。まず最初に行きたかったのは自分の部屋だった場所なのでそこに行くと既に瓦礫などは無くなっており綺麗サッパリ無くなっていたので思わず唖然となってしまった。その後街の方へ行くと相変わらず活気のある様子が見られたので安心した。とりあえず宿の方へ向かうことにしたのだが何故か見つからないのである。一応他の建物なども見て回ったもののどこにもなかった。完全に見失ってしまい途方に暮れていたがここで諦めたくなかったのでしばらく探し続けた結果ようやく見つけ出すことに成功したのでひとまず安堵したがそれと同時に疑問に思ったことがあり尋ねてみることにしてみた。

「すいません、ここに宿屋があったと思ったんですが知りませんかね?」

受付の女性に聞いてみることにすると女性は怪しげに見つめてきた後にこう告げた。

「ここにはありませんよ?ここは別の方の宿泊施設になっておりますので……」……何を言ってるんだろうこの人はと思いつつも念のためにもう一度訪ねてみたが同じ反応だったので間違いなさそうである。よく分からないままその場を離れようとしたその時再び声をかけられたので振り向いた瞬間、女性の手が伸びてきて首元に触れる感触を感じた直後意識を失ってしまった……。……どれくらい時間が経っただろうか目を開けてみるとそこは見知らぬ部屋の中だった。手足を動かそうとしたが全く動かなかったのでもしかして拘束されているのではと思い声を出して助けを呼ぶことにしたがうまく言葉を発することができなかったので仕方なく黙っていることにした。

すると扉を開ける音がしたのでそちらを見るとそこには一人の女性が立っていたので助けを求めようとしたが今度は上手く声が出せなかった。その様子を見たその女性はとても嬉しそうにしているように見えたが何故だかさっぱり分からず困惑していた。

「あら、まだ喋れないみたいね。まあいいわ、いずれ話せるようになるだろうから楽しみにしましょう」

そう言うとその女は僕に近づくなり頬に触れてきた。何とも言えない感覚に襲われている間にそっと抱きしめられてしまった。何とか離れようとするが力が入らないためされるがままになっていたが次の一言を聞いて愕然としてしまった。

「これからよろしくね、私の可愛い息子」

そう言われてから気づいてしまう、目の前にいる人が母親だという事に。

僕は生まれてからずっと父さんの事が好きじゃ無かった、母さんが死んだ時に慰めてくれたことも何もかも全て嘘だったと考えるだけで憎くてしょうがなかった。それからはひたすら勉強に打ち込むようになった。知識さえあればきっといつかは父を見返すことができると信じていたからだが現実は非情であった。

どれだけ頑張ったところで天才の父に追いつくどころか差が開く一方であり焦燥感だけが募っていった。それでも諦めずに努力し続けたのだがある日突然限界が訪れたのでとうとう挫折してしまい生きる希望を失った挙句ついに自殺まで考えるようになった。

そんなある日のこと、いつものように森へ出掛けていくと不思議な少女と出会った。最初は興味が無かったので無視して通り過ぎようとしていたのだが呼び止められたため立ち止まって振り返ると彼女は笑顔を浮かべながら話しかけてきていた。……正直鬱陶しいと思っていたので少し冷たい態度をとったつもりだったのだが全く気にしていないようでさらにしつこく付き纏ってきたので面倒になってしまい適当にあしらうことにしその場から離れようとして歩き出した途端いきなり抱き着かれた時は驚いたもののすぐに引き剥がそうと力を込めたところ体が急に重くなり地面に倒れ込んでしまいそのまま動けなくなってしまったのである。……これは魔法によるものだと思い必死に抵抗するもどうしようもなく結局諦めることにしたのだがそんな時ふとあることに気づいた。彼女の手が震えていることに。しかも尋常じゃないほど強く握りしめていたので余程怖い目に遭ったのではないかと思い恐る恐る声を掛けてみると案の定怯えており落ち着くように優しく語りかけると少しずつ落ち着いてきたような気がするがまだ完全ではなかった。そこで試しにある質問をしてみるとあっさり答えてくれていた、これには流石に驚いていると彼女は慌てて言い直してきた。そして僕のことを気に入ったと言ってくれたのである。

この時初めて他人に興味が出たというか信頼しても大丈夫だと思えたのだ。それは彼女が優しい人だということが何となく分かったからである。だからといってすぐに信用するほどおめでたい頭の持ち主ではないのでしばらく様子を見ることにしたのだが意外にも早く行動に出たのである。あれだけ警戒していたというのにも関わらず普通に接してくる彼女に戸惑いを隠せないまま日々を過ごしていった。

彼女と過ごし始めてからの毎日は決して退屈なものではなかった。ただでさえ楽しい時間だったのだが彼女と一緒に過ごすことでより一層楽しく感じられたからだ。しかしある出来事をきっかけに今までの生活が大きく変わってしまうことになるとはこの時の僕は知る由も無かった。

あの日を境に僕の中で何かが変わったと思う。それまであまり人と関わることを避けてきたのだがそれをやめようと決めた。なぜならもっと色々な人達と交流を持つべきだと感じたからだ。それにこのまま一人で過ごしていてもつまらないと思ったのもあるかもしれない。早速行動を起こそうとしたところで一つ問題が発生した。誰かに声をかけても会話すらまともに成立しないことが多くとても苦労したものである。なのでしばらくは一人で行動することに決めたわけなのだがたまには息抜きも兼ねて一緒に遊びに行ったりすることも多くなった。そのおかげでかなり充実した時間を過ごせたと思っている。ちなみに一番楽しかったことは本屋に行って好きな本をじっくり眺めることだったりしたけどね。それと街に出て色々買い食いしたりなどしているうちにお金が無くなることもしばしばあった。とはいえ幸いなことに大金を持ち歩く習慣は無かった為なんとかなっていたもののそれが何度も続くとなると話しは別だ。さすがに注意されて反省した僕は次からはなるべく控えるようにしようと心に誓った。

そうやって平和(?)な日常が続いていたある日の事、その日は特に用事もなかったので家でゆっくりしていた時のことだ。不意に窓の外を見てみると見覚えのある人物がこちらに向かって歩いてきていることに気づく。まさかと思い急いで外に出て確認したところやはりその人物の正体は彼女であった。何故か知らないが僕に会いに来たらしい。とりあえず中に案内するとお茶を出し向かい合う形で座った後しばらくの間沈黙が続いた。何を話せばいいのか分からなかった僕は内心戸惑っていた。普段ならこういう状況になると緊張してしまうはずなのになぜかこの時は平常心を保っておりむしろ落ち着き払っている自分に違和感を覚えていたほどである。

しばらくしてようやく口を開いた彼女は僕について知りたいと言ってきていくつか質問されたので素直に答えることにした。その後お互いのことを話し合ったりしながら時間はあっと言う間に過ぎていき夕方になった頃そろそろ帰らないといけないと言い残して帰って行ったのだがその際また会いに来ると言っていたのでその時を待つことにしたのである。…………それからというもの彼女はほぼ毎日のようにやってくるようになり他愛もない話をするようになっただけでなく家まで押しかけてくるようになり次第に会う回数も増えてきた。最初は迷惑極まりない存在だったがいつの間にか居ないと寂しく感じるようになっていたので不思議でしょうがない気持ちになっていたものだ。まあ要するに彼女のことが好きになってしまったということである。今更だが何故こんなことになったのかというとおそらく一目惚れしてしまったんだろうと考えている、だってしょうが無いじゃないかあんな可愛い子見たことがないもの!でもそれを自覚してからはもう大変で何度告白しようと考えた事だろうか、だけど結局勇気が出なくて言えずじまいのまま現在に至るという訳である。我ながら情けない男だと思うよホント……。……それでもやっぱり伝えたいなぁと思っておりいつか必ず伝えると決めていたのである。その為にもまずは自分の想いを伝えることから始めようと考えていた。それから数日後遂に機会が訪れたのである。

ある日いつも通り二人で過ごしていた時に彼女が唐突にある事を告げたのである、それは自分が異世界から来た人間だというとんでもない内容であり正直耳を疑うものだった。しかし彼女は嘘をつくような性格ではないしそもそもそんな必要は無いだろう、ならば本当にそうなのだろうと納得することにした。そして彼女は自分の世界に帰るための方法を探しているということも教えてくれた。だから帰る前にどうしても伝えたいという事で今日来たのだという。そして彼女は真剣な表情でこう言ったのだ。

「私あなたのことが好き」……一瞬思考停止に陥ったのは言うまでもないだろう。あまりに突然の出来事だったので混乱してしまいどうすれば良いか迷っていたがここで断る理由も無いので受け入れる事にしたのである。こうして二人は恋人同士となったのだった。……と簡単に終われば良かったんだけど現実というのは実に残酷なものでそんな甘い展開がある筈も無く予想外の出来事が起きたのである。なんと彼女が元の世界に帰ってしまったのだ。しかもその理由というのが召喚術によって呼び出されてしまったからということだった。つまりこの世界に居るべき人ではなかったということになる。もちろん引き留めようとしたのだが彼女は笑顔でさよならを言って去って行ってしまい何も出来なかったのである。当然ショックで落ち込んでいたのだがそこでふとある考えが頭を過った。……そうだ、彼女がこっちの世界で幸せになれないというのであれば僕が連れていけばいいんじゃないか?そうと決まれば話は早い。早速準備に取り掛かることにしよう。といっても必要なものは大体揃っている。後は実行に移すだけだ。そう考えた僕は早速行動に移った。…………あれから約1年が経ちようやく目的を達成させることが出来たのである。これでやっと彼女と一緒に暮らすことが出来るようになった。それだけじゃないこれから先ずっと一緒に居ることも出来るようになるなんて夢のようだ、ああ早く彼女に会って抱きしめてキスしたいところだなぁ。

ちなみにあの時別れ際に言われた言葉の意味は今でもよく分かっていないがあえて聞かなかった。聞く必要はないと思ったからだ。きっと大事な思い出として記憶の中に残るに違いないと確信しているからである。……さて前置きが長くなっちゃったけどそろそろ本編に入ることにするかな。じゃあ行こうか僕の大切な彼女を紹介するためにもね―――……これは彼が彼女と過ごした日々の記録の一部である。

『ねぇあなた』

「ん?」

いきなり声をかけられたので振り返るとそこには一人の女性が立っていた。見た目は20代前半くらいといった感じの女性だ。服装は白いワンピースを着ていて髪の色は薄い茶色をしている。顔立ちはかなり整っていて美人という言葉がよく似合いそうである。ちなみにスタイルの方も良い方らしく胸の大きさは平均的と言える大きさであった。……おっといけない、つい余計なことを考えていたみたいだ。気を取り直し改めて女性を見るとどこか懐かしさを覚える気がした。どこで出会ったのかは分からないがなぜだろうすごく親しみやすい雰囲気を感じるんだよなぁ。とはいえ初対面であることに変わりないので一応自己紹介をする。

「えっと初めまして、僕はエレン・ヘルセといいます」

「私はエルザよ。よろしくお願いしますね、旦那様♪」

「……はい!?」……おかしいぞ今聞き間違いでなければ"だんなさまって聞こえたんだがどういう意味なんだ?まさかとは思うがその言い方だとまるで夫婦みたいな関係に見えるのだが……。とりあえず確認するためにもう一度聞いてみることにした。

「すいませんちょっといいですか?」

「何かしら?」

「"ダンナサマ"」

「はい」……マジかい。ということは目の前にいる女性は僕の妻になるかもしれないという事なのか。確かに言われてみるとどことなく見覚えのある顔をしている。だがいくらなんでも出会ってすぐ結婚とか早すぎるんじゃないだろうかと思うのだが。……よし決めた、ここははっきり断ろう。変に期待を持たせるわけにはいかないしそれにお互いのことをまだ全然知らないんだし無理して付き合うより時間を掛けてお互いを知ることが大事だと思う。なので僕は意を決して口を開くことにした。

「申し訳ありませんが……」……だが言い切る前に遮られてしまい思わず口を閉ざす。見ると彼女は悲しそうな目をしながらこちらを見つめておりその瞳からは涙が流れ出していた。そして彼女は泣きながら必死に訴えかけてきたのである。

「嫌です、離れたくない……!やっと見つけたのにまたお別れするなんて耐えられない!!」

彼女の言動を見て察してしまった、恐らく彼女はもう二度と会うことが出来ないと分かっているのだろう。だからこそこんなにも悲しい思いをしてしまっているのだろう、それは痛いほど伝わってくる。だけどそれでも僕は言わなくてはいけないのだ。それがどんな結果になろうとも最後まで向き合わなければならないのだから。そう覚悟を決めた僕は思い切って口に出すことにしたのだ。

「落ち着いてください、ちゃんと話しましょう!」

そういうと彼女は黙り込んでしまいしばらく沈黙が続いた後ゆっくりと話し始めたのである。

「ごめんなさい取り乱したりなんかして。でも嬉しくて仕方なかったんです貴方に出会えた事がとても奇跡のように思えてしまってそれでいてもたっても居られなかったのです」

「それは一体どうしてなんでしょうか」

「実は私この世界の人間ではないの」

「はい知っています」……と言いたいところだったが実際初めて会った時は別の世界から来た人だということを知らなかったので驚いたものだ。

「あれっ?なんで知っているんでしょう。あっもしかして私が異世界から来ていたっていうことを誰かに聞いたりしたことがあるの?」……どうやら本当に何も知らずに来たらしいなこの人は。まぁそれなら説明すれば分かってくれるかもしれないな。

「いえ違いますよ。以前あなたと同じ境遇にあった人と出会ったことがありましてその時教えてもらったんですよ。それよりあなたのことについてもっと詳しく聞かせてもらえないですか?」

「うん分かったわ。少し長くなるけれど構わないかしら?」

「大丈夫ですよ、時間はありますのでゆっくり話してください」

それから僕たちは夜遅くまで語り合ったのだった。

―――翌日、昨日の出来事を思い出しては頬を緩めてしまう自分に気づいたのである。……だってあんな可愛い人が妻になってくれたなんて信じられないし夢じゃないかと思ってしまうくらいだ。だがこれが現実なのだということを受け入れなくてはならないのである。これから先ずっと一緒に居られるように頑張らないとな。そんなことを考えているうちに目的の場所へと到着した。そこは教会のような場所で中には多くの人が集まっていたのである。今日は結婚式が行われる予定となっており皆それぞれ新郎新婦が来るのを待っておりその中にはもちろん僕の両親の姿もあった。ちなみに両親は共に魔法使いであり母は回復魔法を得意としていて父は攻撃魔法の使い手であった。どちらも優秀な才能を持っており特に父の方は王国の中でもトップクラスの実力者として名が知れ渡っているほどである。……さてそろそろ来る頃かなと思っていた矢先、入り口の方から声が聞こえて来た。そちらへ視線を向けると見慣れぬ衣装に身を包んでいる男女二人が歩いてきたのが見えた。一人は白を基調としたドレスを着ていて背中に大きな翼が生えているのが特徴的でもう一人も似たような格好をしておりこちらは頭に角が生え尻尾がゆらりと揺れている姿が見える。二人は祭壇の前に立つとその横にいた神父さんらしき人物が喋り始めたのである。

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