第3話

 戸惑いながらもなんとか反論しようとするが途中で黙り込んでしまう。そしてしばらく悩んだ後に小さく呟くように言った。「やっぱり持っていこうかな?だってこれがないと落ち着かないんだもん」

こうして彼女の新たな戦いが始まることになるのであった。

「うーん……」

考え事をしながら歩いているうちに迷子になっていたらしい。気がつくと見慣れぬ場所に辿りついていた。ここはどこだろうと周りを見渡すと誰かの声が聞こえてくることに気づく。

「あれ?こっちの方って誰も住んでいないんじゃ……?」

不思議に思いつつも興味を持ったので行ってみることにした。進んでみるとそこには小さな家が建っていた。ドアの前に立つとノックをしてみる。すると中からは女性の声で返事があった。恐るおそるという感じではあるが入ってみることにする。

中には一人の女性が居た。どうやら本を呼んでいたようでこちらを見るとすぐに立ち上がる。

「あら、お客様かしら?珍しいこともあるものね。ようこそおいで下さいました。どうぞゆっくりしていってくださいね〜」

笑顔で迎え入れてくれた女性はとても綺麗な人だった。思わず見惚れているとその人は首を傾げながら話しかけてきた。

「あの、大丈夫でしょうか……?」

「あぁ!はい!すみませんでした!!あまりにも素敵だったのでつい……」

恥ずかしくなりながら事情を説明する。すると女性は嬉しかったのか頬を赤く染めていた。少しだけ間を置いてから自己紹介をする。

「ふぅ、びっくりしましたわ……。改めまして、私はリーゼと言います。よろしくお願いしますね」

丁寧にお辞儀をした姿を見てこちらも釣られてお礼を言うとお互いの顔を見ながら笑い合う。それからしばらくの間は何を話すわけでもなく沈黙が続いたのだが、それを気にすることなく心地よい時間を過ごしていった。

しばらくしてからお互いに話をしようと提案すると快く受け入れてくれる。話題は自然と自分のことについてになった。

「私、記憶喪失みたいなんですよね。気づいたら森の中で倒れていて……そこからはずっと一人旅でした。なので今までのことを思い出せなくて困っているんです」

これまでのことを全て話すことにしたのだ。すると彼女は真剣な顔になって悩み始める。その姿がとても美しく見えてじっくり眺めてしまっていた。やがて結論が出たらしく口を開く。

「あなたが良ければですけど……ここで暮らしてみてはいかかでしょうか。もちろん衣食については保証しますし、必要なものは用意させますのでご安心ください」

予想外の申し出だった。しかし同時にありがたくもあったので承諾することにした。すると今度は彼女が質問してくる。

「あなたのお名前は何というのでしょう……?」

「セリといいます。呼び捨てで構いませんよ!」

「では私のことも同じようにしてもらえれば嬉しいですわ」

こうして二人の間に友情が生まれた瞬間である。その後、色々な話を聞いている内に夜も更けていたので寝ることになった。

翌朝になると早速街へ向かうことになった。というのもこの国について詳しく知りたかったからだ。

外に出るとそこには活気溢れる街並みが広がっていた。あちこち見て回りたいところではあったがまずは自分の身を守る為に武器を買うことに決める。

様々な店が立ち並ぶ中でとある武具屋を見つけ入った。店主らしき人物に声をかけられる。

「おっと兄ちゃん!うちに来るとはなかなか目が高いねぇ〜。どれにするんだい?」

「そうですね……とりあえず短剣を見せてもらってもいいですか?」

言われた通りに手に取って確かめていくがどれもピンと来ない。そんな中でも一つ気に入ったものがあった。

「これは……?」

「ああそれかい?それは昔馴染みに譲ってもらったものでな。なんでも魔法を使う時に使う媒体になるらしいぜ。まぁ詳しいことはわからんから使ってみた方が早いだろう」

言われるままに試すと不思議な感覚に包まれた。なんとなくだが使い方を理解した気がする。

値段を聞くと交渉を始めた結果、半額まで値引きしてくれたので買うことに決めた。そのまま支払いを終えて店を出ようとすると呼び止められる。

振り返って見るとそこには先程の人物が立っていた。

「さっきの話なんだが実は嘘だ」

は?いきなり何を言っているのだろうか……

意味がわからず戸惑っていると続けて話し出す。

「お前さんには素質があるようだな。良かったら俺の元で修行しないか?悪いようには扱わないつもりだからよぉ」

突然のことで頭が混乱している中、さらに畳み掛けるように言ってきた。

「俺はここの店の主人であり、魔法使いでもある。そして冒険者ギルドにも所属していてランクは高い方だと自負しているが……どうだい?」

正直かなり迷った。こんなところで偶然出会った人を信じるべきなのかと悩んでいたが……結局は信じることにする。

「わかりました。是非お願いします!!」

こうして新たな生活が始まった。


新しい出会いに感謝しながら今日もまた平和に過ごすのであった。

「おはようございます……」

朝になり目を覚ますと挨拶をしてみる。するとすぐに返事が返ってくる。

「あら、もう起きてたんですね。朝食ができていますので食べましょう」

促されるまま席に着く。しばらく待っているとお皿を持ってリーゼが現れた。その料理はとても美味しく食べる手が止まらないほどだった。夢中になっていると微笑みながら見つめられていることに気づく。恥ずかしくなったので慌てて誤魔化すようにして話しかける。

「あの……すごくおいしいです!」

「ありがとう。作った甲斐がありました。まだまだたくさんありますのでどんどん召し上がって下さいね」

それからは黙々と食事を続けていった。満足したところで片付けをしようとするとその前に制止されてしまう。

不思議そうな顔をして見ているとその人は優しく語りかけてきた。

「家事は私がやっておきますのでゆっくり休んでいていいですよ。疲れているみたいですし……」

気づかないうちにそんな様子を見せていたのかと思うと申し訳なくなったのだが休むことにした。

ベッドに入るとすぐに睡魔に襲われてしまうほど眠かったようで横になった途端に意識を失うかのように眠りについた。

次に目が醒めた時には既に日が落ちかけていた頃だった。すっかり元気になっていたので軽く体を動かしてからリーゼの元へと向かうことにしたのだが、どこを探しても見つからない。少しだけ不安になったがそのうち帰ってくるだろうと楽観視していた。

それから数時間後、辺りは暗くなっていたがまだ帰ってきていないようだったので探しに行くことにした。まずは家の周りから探すことにして歩き回っているうちに井戸の方へと近づいていく。するとそこにいた誰かが声をかけてくる。

「おい、そこで何をしている」

振り向くと見覚えのある姿があった。

「あー!昨日の盗賊じゃないですか!」

「誰がだ!!全く失礼な奴め……。それよりなぜここにいる?」……あれ?名前忘れちゃいましたけど確かこの人が言ったんじゃなかったっけ?まあいっかと思い適当に答える。

「えっと……散歩の途中で迷いまして今に至ると言いますか……?」

「ふむ、そういうことか。ならついてこい、送っていくぞ」

親切心で言ってくれたようなので素直に従うことにし、後ろについて行く。歩いている途中、色々質問されたので答えていたらいつの間にか街の入口まで戻ってこれた。

「ここまでで大丈夫です。わざわざありがとうございました!」

感謝の言葉を伝えると立ち去ろうとすると腕を引っ張られた。何かと思って顔を見てみると真剣な表情をしていることがわかる。そのまま無言の時間が続く。しばらくしてようやく口を開いた。

「また明日も会えるか?」

意外な言葉だった。何故そこまで執着するのか疑問だったが断る理由もないので承諾することにした。

「はい!もちろん良いですよ」

そう言うと嬉しかったらしく笑顔になって去っていった。その後ろ姿を眺めてから宿に戻るために歩みを進める。

部屋に戻ると机の上に手紙のようなものが置かれていることに気づいた。差出人の欄を見るとセリと書いてあることから自分のものだとわかる。早速読んでみることにした。

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久遠の闇へ こうやって面と向かって話すのは初めてかもしれませんね。改めて自己紹介させてもらいます。私はこの国の王女であるラリッサ・ヘンデローネといいます。今は亡き母上様からあなたのことを頼まれたのでこれからよろしくお願いします。

追伸:これはあなた宛の手紙なので他の人に見られても構いませんが一応注意だけはしておいて下さい。

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読み終えたところで驚きが隠せなかった。まさか王族が自分に対して好意を抱いているなんて思ってもなかったからだ。

確かに国を出る時に身分を隠して欲しいとは頼んだがこうなると話は別になる。とりあえず返事を書くことにした。

明日の朝までに書けば間に合うだろうと考えながら夜は更けていくのであった。

翌朝、早くに起きたつもりだったのだが既にリーゼさんがいた。いつものように挨拶をする。

「おはようございます!」

返事はないもののどこか雰囲気が違うのを感じた。よく見て見ると目の下に隈が出来ていることに気づいて心配になり尋ねてみた。

「あの……寝不足みたいな感じがするんですが……どうかしました?」

すると驚いたようにこちらを見てくる。

「あら……どうしてわかったのかしら?」

どうやら図星だったようだ。やはり気になってしまうので聞いてみたところ、最近夢見が悪いとのことで眠れない日々が続いているらしい。

「悪夢でも見るのですか?例えば……」……自分が殺されるとか?と聞こうとすると遮るように話し始めた。

「いえ、別にそんなことはありませんよ。ただ……」

「ただ何でしょうか?もし良かったら教えてください」

少し躊躇っているように見えたがそのまま黙っておくわけにもいかないと思ったようで話し始めてくれた。

「私には弟がいるのですがその子は体が弱くずっとベッドの上で生活しています。だからせめてもの願いとして外の世界に出てみたいと言っていましたが結局は叶わぬまま亡くなってしまいました。そのことが夢に出てくるんですよね……」

悲しげな声で語っていたのでなんとかしてあげたいと思うのだが自分にできることは何も無いんじゃないかと考えているとリーゼさんのほうから話しかけてきた。

「あの……迷惑でなければ私の弟の話を聞いていただけますか?」

断れるはずもなく快く了承すると微笑んでくれて語り始めた。

「昔はとても活発的で病気がちだと思えないくらい元気な子でした。しかしある日を境に変わってしまったんです。その理由についてはわかりませんでしたがその日から段々と元気をなくしていき最後には自殺を図って死んでいきました」……予想以上に重い話で何も言い返せないでいたのだが、それでもなお彼女は続ける。

「その時に思ったことがあるんです。もっと一緒にいてあげればよかった。どんな些細なことでもいいから会話をしておけばこんなことにはならなかったかもしれない。後悔しても遅いというのはわかっていてもどうしても考えてしまうんです」……とても辛そうな顔をしているのを見てなんとも言えない気持ちになっていた時にある案が浮かんできた。

「では……僕と友達になってください!」

唐突に思いついた案だったため断られるかと思っていたが受け入れてもらえた。

「ええ、喜んで!」

こうして2人はお互いのことを少しずつ知っていくことになるのだった。あれからも変わらず毎日会う約束をしていたのだが今日に限って来なかったので探しに行くことにした。まず最初に家に向かうことにするとちょうど帰ってきたところだったので声をかける。

「あ、やっと見つけることができまし……ッ!?」……そこで見たものはボロ雑巾のような姿になっている男の姿があった。服だけでなく肌まで傷だらけになっており誰が見ても瀕死の状態だというのが一目でわかるほどだったのだ。一体何をしたらこうなったんだろうか?疑問を持ちながらも近寄ろうとしたその時、突然リーゼさんの後ろに男が忍び寄りナイフを突きつけているのが見えた。

「動くんじゃねぇぞ!少しでも動いたらこいつを殺す!!」

男はそう言うと首元に当てる力を強めていく。苦しんでいる姿を見ていられなくなり咄嵯に声をかけてしまった。

「だっ……大丈夫ですか?」

つい口走ってしまったためすぐに自分の馬鹿さ加減を呪った。この状況で言うべきことではないし下手すれば逆効果にもなりかねないからである。だが意外にも反応してくれた。

「えぇ……問題ありませんよ……」

弱々しいがはっきりと聞こえるような口調で喋ってくれたおかげで少し安心することができたがまだ問題は残っている。このまま人質になったままじゃ危険すぎるしそもそもこの状態で逃げ切れる保証もない。何か打開策は無いかと考えていたところでふと良いことを思いつく。

(そうだ!これならいけるはずだ)

そう考えた後行動に移ることにした。なるべく自然に近づいていくように見せかけながらゆっくりと歩いて行く。そしてあと一歩というところで踏み込むとそのまま男の腹めがけて蹴りを入れた。油断していたのかあっさり決まることができたのは嬉しい誤算だったが今はそれよりも彼女の安否のほうが大切だと思い急いで駆け寄る。意識を失っているだけのようではあったが念のため回復魔法をかけておいたほうがいいと思い詠唱を始めた。幸いなことにそこまで深い怪我ではなかったようで綺麗に治すことが出来たのだがここで予想外のことが起きたのだ。それは彼女が目を覚まして起き上がったことだ。どうやら完全には治らなかったらしく痛む部分があるのか手で押さえていたりしていたが無事だったことに変わりはない。

「本当に助かりました。ありがとうございます!」

笑顔を見せてくれて嬉しかったが同時に申し訳なくもあったので謝罪の言葉を口にする。すると気にしていないと言ってくれたのでひとまず安堵するのであった。

その後、話を聞くことにしたのだがどうも様子がおかしい。先程までは普通だったのに急に落ち込んでいったからだ。不思議に思っていたら理由を教えてくれた。

「実は……あの時の人には悪いと思っていないんですよ。むしろ感謝したいぐらいです」

どういう意味なのか全くわからない。なぜそんなことを言うのか聞いてみると答えはすぐに返ってきた。

「私は昔から男性に対して恐怖心を抱いていました。理由はわかりませんけどとにかく怖いんです」……だから助けてもらった後も怯えてしまいうまく話すことができなかったらしい。なのでどうにか克服するためにあえてああいう風に振る舞っていたのだという。それを聞いて納得したと同時にそんなことを考えていたことにも驚いてしまう。

とりあえずは誤解を解くために自分がいかに紳士的な人物かを必死に伝えようとした結果なんとか分かってもらえたので一安心である。その後も楽しく会話をしながら過ごすことになった。

しばらくして別れの時間が来たので最後にもう一度だけ伝えておくことにした。「また明日会いましょうね」……すると彼女も同じ言葉を返してくれた。

「はい、楽しみにしてますよ」

2人の友情はさらに深まっていった。それからというもの特に変わったこともなく平和な日々を送っていたがついに事件が起きてしまう。いつものように待ち合わせ場所へ向かおうとした時のことだった。突如として後ろから襲われそうになると間髪入れずに反撃した。相手が怯んだ隙に逃げることに成功するとすぐさま走り出した。ある程度離れたところまで来ると一旦立ち止まると呼吸を整えてから再び歩き出すのであった。

しばらく走っているうちに街を出てしまい森の方へ向かっていることに気がついたが引き返すことはせずさらに奥へと進んでいくのだった。やがて開けた場所に辿り着くとそこには巨大な木が生えておりその下には人が1人だけ入れるほどの小さな穴があったので迷わず入ることにしたのだが中に入った瞬間に違和感を覚えた。まるで誘い込まれているかのような感覚を覚えつつも警戒しながら進んで行った。

そしてようやく最下層に着いたと思ったその時、目の前に現れたのはフードを被った人物が立っていたのだ。明らかに怪しい雰囲気を感じ取ったがそれでもなお話しかけようとするとその人物は被っているものを取ると顔を見せた……なんとリーゼさんだったのだ。僕は驚きを隠せなかったがどうしてこんなところにいるのか聞くと彼女は答える前にあるものを差し出してきた。

「これを見てください……」

渡されたのは何の変哲も無い石のようなものだった。ただ一つ違う点を挙げるとするならばどこかで見たことがあるということだけだ。記憶を呼び起こして考えてみたが全く思い出せないのでもしかしたら勘違いかもしれないと思い尋ねてみると意外な返事をされた。

「これは私が持っていたものですがあなたに差し上げたいと思います。受け取ってください……」

唐突だったので戸惑ったが結局受け取ることにしてしまった。何に使う物かも分からないしそもそも何故僕なんかに渡そうとしたのかという疑問ばかり浮かんできたがそれを尋ねることはできなかった。なぜならその直前に彼女の口元が小さく動いたように見えたからである。

『愛しています』と……。

一瞬のことすぎて聞き間違えたのではないかと疑ってしまうほど信じられない出来事だったため何も言うことができずにいたらそのまま背を向けて去ろうとしている姿が目に入る。慌てて追いかけようとしたが足を踏み出そうとしたところで再び止まってこちらを振り向いてきた。何か言おうとしているようだがその表情を見ただけで言いたいことが伝わってくる。

(どうかお幸せになって下さい)……そう言っているように思えた。だがやはり声をかけることはできずそのまま去って行ってしまった。呆然としながらも手元にある石を眺めているとあることに気づくことができた。それはこの宝石のようなものに刻まれているのは文字だということだ。おそらく古代語だろうが読めないので解読はできないが何を意味しているのかだいぶ絞ることが出来る。一番可能性が高いものは愛の告白といった感じだろうか? いずれにしても謎は残ったままだし考えなければならないことは多いのだが今はまず帰ろうと思い地上へ戻ることにした。

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