第2話

 「私たちはお巡りさんですよ。あなたのお名前を教えてくれませんか?」

「私は……メノリーっていうの!」

元気良く答える姿はとても微笑ましいものだった。

「そうですか。いい名ですね……ほら、これでもう痛くありませんよ」

ハンカチを取りだして汚れを落としてあげる。その後は持っていた水筒の水を使って綺麗にしてあげた。

「ありがとう、きれいなお兄ちゃん!」

満面の笑顔で言う少女を見て思わず頬が緩む。

「どう致しまして。これからは気をつけて歩くんだよ」

「はーい!」

大きく返事をした彼女はこちらに向かって走って行った。その姿が見えなくなると同時に背後から声がかかる。

「セリは本当に子供が好きなんですね……」

「だって可愛いじゃない!」

「まあ、確かに否定できませんが」

「でしょう!」

嬉しくなって彼女の方を見る。だが、なぜか不機嫌そうな顔をされていた。

「セリ、まさかとは思いますけど子供なら誰でも好きとか言い出しませんよね?」

予想外の質問に面食らう。

「えっ、どういう意味?」

聞き返すも答えはなかった。代わりに手を掴まれる。そのまま引っ張られて歩き始めた。

「ちょっと、どこに行くの?」

「決まっているではありませんか。さっきの子の後を追うのです」

「どうしてそんなことを……」

「まだ犯人がいるかもしれません。早く捕まえないと危険ですよ!」

言われてみるとたしかにそうだ。ここは王都の中心部である。治安が悪いわけではないとはいえ油断はできないだろう。

「わかったわ。行きましょう」

気持ちを引き締めてから足早に進む。しばらく進むと先ほどの場所に着いた。

「あれ、いないわよ?」

周囲を見回すが全く人の気配がない。いったいどこに行ってしまったんだろうか……。

「おかしいですね。ここにはいなかったはずなのに……」

「えっ、じゃあさっきの話は嘘なの!?」

「違います!セリが言ったんじゃないですか、『小さい子が可愛い』って!だから私なりに考えた結果、ああいう結論に至っただけです!!」

「ああ……そういうことか」

納得したところで大きな溜め息が出た。一瞬でも心配してしまった自分が馬鹿みたいだ。

「ふぅ……でもとりあえずはよかったよ。無事に帰れているといいんだけど……」

「まったくです……あっ、いましたよ。ほら、あそこの路地裏です」「本当?良かったぁ~」安堵したところで思い出した。

(しまった、完全に忘れていた……)

さすがの私もこればかりは怒られるかもしれない。

恐る恐る振り返るとそこには予想外なものが存在していた。

「……なんであなたが泣いているの?」

彼女は静かに涙を流しながら私の手を握っていたのだ。その表情には怒りの色は一切感じられない。むしろ悲しみに満ちた顔だった。

「セリ……お願いします。今だけは目を瞑ってください」

「ど、どうしちゃったのいきなり!?いつもと様子が全然違うじゃん!」戸惑いながらも問いかけるが返答はない。ただじっと見つめてくるだけだ。

「ねえってば!」

肩を揺するも反応は全くない。そこでようやく気づいた。これは彼女ではないと―――。

「セリ、騙されないでください!!それは偽物――ッ!!!」

突然の大声で我に帰る。同時に違和感を覚えた。なぜなら彼女以外に誰もいなかったはずの場所に人がいたからだ。

「お前は誰だ?」

低い男の声が響く。

「さて、何者でしょうかねぇ……」

はぐらかすように言う女を睨みつける。すると彼女は口元に手を当てて笑い始めた。

「フハハッ、なかなかの演技力だったろう?あのガキよりも数段上だったはずだぜ?」

「……いつ入れ替わったんですか?」

冷静さを装いながら尋ねる。すると相手はさらに笑った。

「クヒヒッ、あんまり舐めてもらっては困りますね。これくらい朝飯前というものですよ」

「それで目的はなんだ?」

「目的、と言われましても特に何もありませんがねェ。強いて言えば暇つぶしさァ!」

そう言って指差してきた先には大きな袋があった。おそらく中身はお金だろう。

「なるほど、これが狙いだったというわけか……」

おそらくだが奴らは盗賊団だろう。そして目の前にいる男は下っ端に違いない。

「へぇ、察するに中々の手練れのようですね……ならば仕方ありません。少々本気でいきましょうか」

「できるものならやってみろ!」

相手が動く前に動き出す。まず最初に狙うべきなのは武器だ。素早く間合いに入り込んで蹴り飛ばす。しかし剣によって防がれてしまったようだ。さらに連続で攻撃を仕掛けるも全て受け止められてしまう。

「ほう、意外とやるじゃないか」

感心しながら後退して距離を取る。それから改めて相手の出方を窺った。

「さあどうしました?もう終わりですか?」

余裕たっぷりといった様子の男を見て思わず舌打ちをする。

「セリ、私が隙を作ります。その間に攻撃して下さい」

「了解、任せておいて!」

作戦を立て終えてから再び走り出した。今度は先程のように軽くあしらったりしない。全力を出して一気に決めるつもりだ。

「はあぁーーーーーーーーっ!!!」

気合を入れて渾身の一撃を放つ。これで決まると思っていたのだが、残念なことにまたしても止められてしまっていた。しかも今回は受け止めずに受け流す形で反撃までされている。

「くっ、なんて硬さだ……」

「そんな大振りの攻撃では当たりませんよォ?もっと精進することですね」

ニヤリとした顔を向けてきたところで足元に魔法陣が現れた。直後、そこから炎の柱が立ち昇る。

「ぐわああああああ!!!!」

悲鳴と共に全身から煙が上がる。「やった!」

私は喜び勇んで駆け寄ろうとした。しかしその瞬間、視界の端から何かが迫っていることに気づいて咄嵯に身を屈める。その直後のことだった。耳のすぐ横を鋭い風切り音が通り抜ける。

「チィッ!勘の良いやつめ……」

忌々しい声が聞こえたと同時に後ろを振り向いた。そこには先程の男が立っていた。

「危なかった……。ありがとうございます、助かりました」

礼を言うと彼女は少しだけ頬を緩めた。

「いえ、セリのお役に立てたのであれば光栄です」

「お喋りとはこの俺様を相手に随分なめられたものだな!!」

怒り狂っているのか身体からは大量の魔力が溢れ出している。これは一筋縄でいくような敵ではない。

「おい、そっちの女!このガキの命を助けたかったら大人しくこっちに来るんだ!いいか、少しでも抵抗したらこのガキを殺すぞ」

人質とは卑怯極まりない手段である。だがそんなことは関係ないのだ。私にとって大切な存在は彼女しかいないのだから。だから迷わずに一歩踏み出して叫んだ。

「好きにしなさいよ!!!」

「……え?」

「だから私なんかのために命を投げ出さないでって言っているのよ!!わかった!?」

「セリ……でも――」

「でもじゃないの!!早く行きなさ……い……」

言葉の途中で意識が遠ざかる。同時に力が抜けて倒れそうになったところを彼女に支えてもらった。

(あれ……おかしい……どうして急に眠気が?)

必死になって堪えようとするものの瞼は徐々に重くなっていく。ついには閉じてしまい完全に動けなくなってしまった。

「セリ!!セリ!!!しっかりしてください!!」

遠くの方で彼女の叫ぶ声だけが聞こえる。なんとか返事をしたいところなのだがまだ頭が回らない。そこで私の思考は完全に停止した。

「セリ!!セリ!!」

何度も呼びかけるが応答がない。どうすれば良いのかわからず焦燥感を募らせていると突然背後に現れた気配を感じた。

「おっと、悪いけどその子は返してもらうぜ?」

振り返るとそこに居たのは盗賊団の頭領だった。

「あなたは一体何を考えているんですか?こんなことをしても無意味でしょう?」

睨みつけながら問いかけると彼は不敵に笑った。

「意味ならあるさァ、俺はあの方に頼まれてここにいるんだよ」

そう言って指差した先には一人の男がいた。

「ほぉ、よく来てくれたねェ。まさか本当に助けに来てくれるなんて思わなかった」

「そりゃあもちろん報酬を頂いている身としては当然のことだよ」

「クヒヒッ、ありがたいことだねェ」

楽しげに会話を交わす二人を見ているのは気分が悪い。今すぐに止めさせなければと思った時だ。

「そうだ、お前さんには世話になったねぇ……だから特別に見せてあげようじゃないか」

「何を見せてくれるというのですか……?」

嫌な予感を覚えながらも尋ねてみる。すると男は不気味な笑顔を浮かべたまま答えた。

「それは見てからの楽しみにしておきなァ!」

その一言を最後に二人は姿を消した。残されたのは無力にも地面に倒れたままの少女だけだ。それを見た瞬間、目の前の世界が全て色を失ったように感じられた。そして気づいた時には既に手遅れになっていた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

喉が潰れそうになるくらいの大声で叫び続ける。それでもなお止まらずにひたすら感情をぶつけ続けた。

やがて体力を使い果たしたところで再び倒れる。だが今度は起き上がることすらできないほど衰弱しきっていた。

「お願いします……誰か、誰でも構いません……。どうか彼女を救ってくれる人が現れてくれますように……」

薄れゆく意識の中でただそれだけを願って目を閉じた。

「うぅん……」

ゆっくりと目を開けると見慣れた天井があった。どうやらここは自室のようだ。ということは無事に帰ってこれたというわけだろう。それにしてはなんだか妙な違和感があるのだがなんだろうと考え始める。その時ふと思い出したことがあった。

「あっ!」

慌てて飛び起きるとベッドの下を確認する。しかしそこには誰もいなかった。

「夢じゃなかった……」

安堵のため息をつくと同時に涙が出てきた。それを拭いながら窓の外を見ると朝日が見えていた。おそらくもうすぐみんなが起きてくる頃合いだ。

「よしっ!今日も頑張ろう!」

えいえいおーっと気合を入れてから着替えを始める。それから朝食を食べに向かうことにした。まだ少し早い時間なので人はまばらである。

「おはようございます!ご主人様」

厨房に入ると早速料理長が出迎えてくれた。

「うん、おはよう!いつも朝早くから大変だけどよろしく頼むわよ」

「はい!任せてください!それで今日のメニューは何にいたしましょう?昨日と同じものでよろしいでしょうか?」

「えぇ、問題ないわ」

そう言うと彼はテキパキと動き始めた。私は邪魔にならないようにして待っていることにする。しばらくして完成したようで声をかけられたので受け取りに行った。

「ありがとう。いただきま〜す」

美味しくいただいてから部屋に戻る途中、後ろから声がかけられた。

「セリ、ちょっといいかしら?」

振り向くとそこにはミーアが立っていた。

「あれ、珍しいですね。私の部屋まで来るなんて何かあったんですか?」

「実は相談があって来たの。いいかしら?」

断る理由もない上に彼女は友人である。快くうなずくとその部屋に招き入れた。椅子に腰掛けて話を聞く体勢になると同時に彼女は口を開いた。

「単刀直入に聞くけれど……最近、変なこととか起こっていない?例えば急に体調が悪くなったりだとか……」

予想外の質問を受けて思わず首を傾げる。

「え?特にありませんけど……どうしてそんなことを聞いてくるの?」

心当たりが全くないので素直に疑問を口にする。すると真剣そうな顔つきで語りかけてきた。

「セリは覚えていないかもしれないけど……昨日の夜に突然倒れてしまったのよ」

「え!?嘘……全然知らなかったんだけど……」

そんなことになっていたとは露知らず、心配をかけてしまっていたことに申し訳なく思う。

「本当に何もないのよね!?もしどこか悪いところがあれば隠さずに教えてほしいの。約束してくれるなら安心できるから」

「わかりました。ちゃんと言いますね。ところでどうしてそこまで気にしてくれているの?」

「だって友達じゃない!」

当たり前のように告げられて嬉しさを覚える。同時に胸の奥がきゅんとなった気がした。

(あれ?なんか私おかしいかも?)

自分でもよくわからない感覚に戸惑っている間に彼女が立ち上がる気配を感じた。

「それじゃあそろそろいくわ。また後でね」

「はい、わざわざ来てくださって本当に嬉しいです。ありがとう」

笑顔を向けるとお礼を言われたことが意外だったのか照れ臭そうにしている。その姿が何とも可愛らしくてつい見惚れてしまう。しばらくそうしているうちにハッとして我に返った。

「いけない……早く戻らないと」

急いで食堂に戻り食器を片付けてから自室に戻った。そして机に向かって日記帳を開く。書き込む内容は決まっているのですぐに書ける。まず始めに『無事に帰ることができてよかった』と書いた後にこう付け加えた。

【今日はとても良いことがありました】

こうして新たな一日が始まったのであった。

「ふぅ……これでひと段落ついたかな」

ペンを置いて背伸びをする。それから窓の外を見るとすっかり暗くなっていた。部屋の中を見回すとある人物の姿がないことに気づく。

「あら、ショーンがいないわね。どこに行っちゃたんだろう?」

少し探してみることにした。廊下に出ると丁度彼が歩いてきたのが見える。こちらに気づいて駆け寄ってきた。

「あぁ、ここに居たんだな。探しに行こうとしていたんだよ」

「ごめんなさい……でもどこに行くつもりだったの?言ってくれれば一緒に行ったのに……」

そう伝えると困ったような顔をされた。どうやら行き先を言いたくはないらしい。仕方がないので諦めることにして話題を変えることにした。

「ねぇ、夜ご飯食べに行きましょう!せっかくだから奢るわよ」

「おっ!それはありがたいぜ!何食いに行ってもいいか?」

「もちろんよ!好きなものを頼みましょう!」

二人はそのまま食事に向かったのだった。ちなみにその後しばらくの間、二人はお金を使い過ぎないようにしようと誓ったという……。

「うぅん……」

ゆっくりと目を開けると見慣れた天井があった。いつの間に眠っていたのだろうかと不思議に思いながら体を起こす。その時ふと思ったことがあった。

「あれ?ここって私の部屋だっけ……?それにしてはなんだか違和感があるような……」

なんだろうとよく見てみる。その答えはすぐに見つかった。隣には誰もいないのだ。いつもなら必ず誰かが側にいるはずなのに一体どういうことなのか。嫌な予感がしつつもベッドから出て着替えを始めた。

「とりあえずみんなを探しましょう……」

朝食を食べるために厨房に向かうことにした。まだ早い時間なので人は少ないだろうと思っていたのだが予想に反して大勢の人がいて驚いた。

「えっと……これはいったい?」

恐るおそるという感じで料理長に声をかけると彼はニコニコしながら答える。

「いえ、実はご主人様のために腕によりをかけて作っておりまして……今のうちに味わってもらおうかと」

「なるほど、そういうことだったのね。じゃあお言葉に甘えて早速いただきま〜す」

美味しくいただいた後は部屋に戻って荷物をまとめる。忘れ物がないか確認してから部屋を出た。すると今度はミーアが待ち構えていた。

「おはようございます、セリさん!朝早くからすみません。実はあなたに会いたいという方がいるのですがよろしいでしょうか?」

「私にですか?構いませんけど誰でしょう……?」

「では案内しますのでついてきてください」

言われるままに歩き始める。しばらくして到着した場所を見て納得したと同時に驚いてしまった。何故ならそこは私の両親の住む家だったからだ。

「え?どうして私の両親がこんなところに……?っていうかどうして私のことを知っているんですか?」

疑問だらけだったが取り敢えず聞いてみた。すると彼女は微笑んで教えてくれた。

「この方はあなたの両親ですよ。といっても本物ではありませんけれど……簡単に言うならば影武者のようなものです。詳しいことは中で説明されますので行きましょう!」

促されるまま中に足を踏み入れる。するとそこには見知った人達がいた。母と父である。他にも何人かいたが今は割愛しておくことにしよう。皆揃って挨拶をしてきた。

「セリ、久しぶりね。元気そうで良かったわ」

「ああ、本当にそうだね。また会えるなんて思ってもいなかったよ」

「お母さん、お父さん……どうしてここに?」

問いかけに対して両親は悲しげな表情になる。その理由がわからずに困惑していると母は静かに語り始めた。

「私達は国王の命令で動いています。つまり命令に従う義務があるということですね」

「……!」

驚きで声が出なかった。まさか自分が人質のような扱いを受けていたとは思わなかったからである。ショックで呆然としていると父が代わりに話し始めた。

「本当は君を巻き込みたくないと思っているんだけどどうしても避けられない事態になってしまったんだ。本当に申し訳ない……!!」

深く頭を下げて謝罪する姿を見た私は慌てて止めようとする。だがそれよりも先に母の厳しい一言によって遮られた。

「謝るのは後です。まずはこの国を救うことを考えなければなりません。いい加減にしなさい!」

「……はい。わかりました。ですからどうか落ち着いてください」

必死に訴えかけることでようやく怒りを収めてもらえたようだ。ホッとしたところで本題に入ることになった。「それでこれからのことだけど、僕達と一緒に来てもらいたい」

「行くってどこにですか?」

そう尋ねると父は懐に手を入れて何かを取り出して見せる。それは見覚えのあるものだった。

「これって確か私が使っていた剣!?」

驚くの無理もないことだ。なぜならそれは大事な形見なのだから。それを持っていたということは……

「えぇ、その通りよ。あなたが持っているべきものだから持ってきたの」

「そんな……でもこれはもう……」

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