復讐を誓う令嬢

ニート

第1話

 「……というわけでして」

私は今、王都にあるシャラロマーナの屋敷にいる。この屋敷の主であるシャラロマーナと対面し、これまでの経緯を話していた。

「なるほどねぇ……それで、あたしのところに来たってことかぁ」

私の話を聞いていたシャラロマーナは納得したようにうなずいた。

「えぇ、そうよ!姉様ならきっと力になってくれると思って……」

シャラロマーナの隣にいた少女が言った。彼女の名前はシャラロマーナ・ホリッケ。この国の第二王女であり、私の親友だ。

「ふむ……まあ確かに、あんたの話を聞く限りじゃ、そいつらを許すことはできないわね!」

「えぇ!そうなんです!」

私がそう言うと、シャラロマーナはニヤリと笑った。

「よしっ!だったらその二人に思い知らせてやりましょう!ねえ、シャラ?」

「はい!もちろんです、お姉さま!」

二人は意気投合しているようだ。これは心強い味方ができたかもしれない。

「ありがとうございます!それでは早速……」

「おっと待ちなさい!」

「?なんですか?」

立ち去ろうとする私を引き留めたのはシャラロマーナだった。

「あんたがあの二人に何をするつもりなのか知らないけど、ただ暴力を振るっても意味がないわ!」

「ど、どういうことです?」

「いい?暴力っていうのは、相手の心に傷を残すものなのよ!そんなんじゃすぐにまた同じことを繰り返されるだけだわ!」

「……」

私は黙り込んでしまった。確かに彼女の言っていることは正しいと思う。でもどうすれば……。

「そこであたしからの提案なんだけど……あなた、劇団に入ってみない?」

「げきだん!?」

突然の提案に驚いてしまう。どうして急に演劇なんかをやろうと言い出したんだろう。

「そ、それは一体なぜ……?」

「さっきも言った通り、暴力なんて何の意味もないわ!でも劇っていうのは、観客の心に強く訴えかけることができるのよ!」

「な、なるほど……」

「それに……あいつらに目に物を見せてやるにはちょうど良いんじゃないかしら?」

シャラロマーナの言葉を聞いてハッとする。そうだ、このまま何もしないでいるよりはマシかもしれない。

「わかりました!私、やってみます!」

こうして、私は演劇を始めることとなった。そして、これがのちに大騒動を巻き起こすことになるとは、この時の私はまだ知る由もなかった。

翌日、私たちは劇場へとやってきた。ここは王都で一番大きな劇場で、普段は様々な催し物をやっているらしいのだが、今日は違う目的のために使うのだ。

「ようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

受付の女性に声をかける。すると女性はこちらを見て驚いたような表情を浮かべた。おそらく王女であるシャラロマーナがいることに驚いたのだろう。

「えっとですね、実は私たち、劇団に入りたいと思いまして……」

「劇団……ですか?」

女性は明らかに困惑していた。それも当然の反応だと思う。いきなりこんなことを言われても困ってしまうだろう。

「はい、劇団『ラザロとピコクラテリア』です!」

「えっ!?劇団『ラザロとピコクラテリア』って……あの有名な!?」

今度はとても興奮した様子になった。やはり知名度は高いようだ。「それで、どうでしょう?入団させて頂けるんでしょうか?」

「ぜひお願いします!!」

即答された。なんだかすごい勢いで承諾されてしまった気がするけれど大丈夫だろうか。

「それじゃあよろしくね♪」

シャラロマーナが笑顔で言う。彼女はもうすっかりこの劇団の一員のような態度だ。

「あっ、申し遅れました!私、この劇団の代表を務めさせていただいております、ルミア・オーコットと申します。以後お見知りおきを」

「私はセセリア・アレクサンダーといいます。これからよろしくお願いします」

「シャラロマーナ・ホリッケです。よろしくね~!」

こうして私は、シャラロマーナと共に劇団に入団することになった。しかし、まさかこの後にあんなことが起こるとは思わなかった。

「はい、ではまずは皆さんの演技を見せていただこうと思います。それぞれ舞台袖まで行って待機していて下さい」

ついに本番が来てしまった。私は緊張しながらも、なんとか冷静さを保とうとしていた。

(落ち着け……とにかく練習通りにやればいいだけよ)

自分に言い聞かせながら、深呼吸をする。その時だった。

「きゃあああぁーーーッ!!!!」

突然、客席の方から悲鳴が聞こえてきた。驚いてそちらを見ると、そこには一人の男が立っていた。男は手にナイフを持っている。あれは……まさか……!

「動くんじゃねぇ!!この女の命が惜しかったらおとなしくしてろ!」

やっぱり!間違いない!あいつは……!

「セリ!落ち着きなさい!」

シャラロマーナの声に我に返った。いけない、今は私一人じゃないんだ。ここで私が取り乱したらダメだ!

「はい、落ち着いています!」

私はできるだけ平静を装いながら答えた。

「そうよ!あんたならできるわ!頑張りなさい!」

「はい!」

「いい返事ね!よしっ!それじゃあ行くわよ!」

そう言ってシャラロマーナが舞台に上がっていった。私もそれに続く。

「そこまでよ!強盗さん!」

「なっ……お前は!」

シャラロマーナの姿を見た途端、男の様子が一変した。

「てめぇ!よくも俺の前に顔を出せたな!」

「ふん、それはこっちのセリフよ!あんたがあの時逃げたせいで、あたしたちは大変な目にあったのよ!」

「うるせぇ!てめえらみたいなガキども、どうなったって知ったことか!」

「へえ、言うわね!でもあんたに人質を解放するつもりがないのはよくわかったわ。だから……力ずくでも解放してもらうわよ!」

シャラロマーナは剣を抜いて男に斬りかかった。だが、その攻撃はいとも簡単に避けられてしまう。

「くそっ!ちょこまかとうざったいわねえ!これでも喰らいなさい!ファイアボール!」

シャラロマーナの手のひらから生まれた火の玉は一直線に飛び、そして爆発を起こした。

「やった!命中よ!」

ところが、煙の中から現れたのは無傷の男だった。

「なんですって!?そんなはずはない!」

動揺しているシャラロマーナに向かって男は容赦なく襲いかかってきた。

「死ねやオラァ!」

「危な―」

「サンダーボルト!」

次の瞬間、雷が落ちたかのような轟音が鳴り響いた。見ると、いつの間にか私のそばに来ていたセシリア様が魔法を使ったようだった。

「チィッ……クソが……!」

「大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。助かりました……」

「いえ、それよりも……」

セセリア様に促されて前を見る。すると、そこではシャラロマーナと男が戦っていた。いや、正確には一方的にシャラロマーナが攻められているという感じだ。

「うぐぅ……このぉ……調子に乗るんじゃ……ないわよ……」

シャラロマーナの攻撃は全て防がれてしまっている。このままでは負けるのは時間の問題だろう。

(一体どうしてこんなことに……。そうだ、早く助けないと……)

「待ちなさい」

行こうとしたところを止められる。振り向くとそこには真剣な表情をしたセセリア様がいた。

「あなたが行ったところで何も変わりません」

厳しい言葉だったが、彼女の言っていることは正しいと思う。悔しいけど今の自分では何もできない。だからこそ歯痒くて仕方がなかった。

「ですが、見ていられなくて……それに、何かできることはあるかもしれまえん。例えば回復魔法の効果を上げるとか」

「残念ですが、それもできません。今はまだ魔力が回復しきっていないのです」

「そうなんですか……あっ」

そこでふと思い出す。そういえばあの時の傷がまだ治っていなかったはずだ。だとすれば、あの怪我のせいで力が出せないということか。ならばあの人を助けることができるかもしれない。

「セセリアさま、お願いします。どうか私をあの人のところに連れていってください」

「なりませぬ」

即答された。予想通りの反応である。だけど諦めるわけにはいかないのだ。

「お願いします」

私は頭を下げた。しばらく沈黙が続いた後、ようやく彼女が口を開いた。

「わかりました。ただし条件があります」

「なんでしょう?なんでもやります」

「もしあなたの身に危険が及ぶようなことがあればすぐに止めます。よろしいですね」

「はい、約束です」

私は迷わず答えることができた。たとえどんな危険なことだとしても絶対に守ろうと思ったからだ。

「それでは参りましょう。くれぐれも無茶なことはしないようにして下さい。いいですね?」

「はい!」

こうして私たちは戦いの場へと向かった。

「ハア……ハアッ……なかなかやるじゃない……でも、もう終わりにしてあげるわ……これでトドメよ……!」

シャラロマーナが息を整えながら言った。彼女は全身ボロボロの状態になっている。それに対して男はかすり傷を負っているだけだ。

「おい、さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだよ。まさかこの程度で終わるんじゃねぇよなぁ!」

男がナイフを振り上げる。まずい、これ以上長引かせるのはまずい!

「やめてーーーッ!!」

私は大声で叫んだ。同時に走り出していた。そしてそのまま勢いよく体当たりする。

「ぐわっ!」

予想外の出来事に男は体勢を崩した。私はすかさず男の手を掴んで捻じり上げようとする。しかし、力が強くて思うようにできなかった。

そこへシャラロマーナが剣を突きつけた。

「観念しなさい……と言っても無駄みたいね」

その時だった。突然、背後から誰かに押されて地面に倒れてしまった。驚いて振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

「リリアナさん!?どうしてここに!?」

「ごめんね、セリちゃん。でもこうしないとセリちゃんは絶対あの男に突っ込んでいくでしょ?」

「それは……確かにそうかも……」

実際、そうするつもりだったので反論することができない。

「でも安心して!こいつは私がなんとかしておくから!」

「えっ、でも……」

「いいのいいの!それよりほら、早く行かないと!」

「えっと……じゃあよろしく頼みます!」

私は急いで立ち上がるとセセリア様と一緒にその場を離れた。

「くそっ!離せ!俺はあいつを殺すんだ!」

後ろの方からは男が暴れまわっている音が聞こえてくる。だが、私たちを追いかけるような様子はなかった。どうやらうまくいったようだ。

「ここまで来れば大丈夫でしょうか。とりあえずここで様子を見ることにしましょう」

「はい!」

近くの建物の陰に隠れて二人の戦いを見守る。シャラロマーナはかなり苦戦しているようだった。

(やっぱり強いな……。あんなに強かったなんて……)

改めて自分の弱さを実感してしまう。それと同時に、そんな相手と戦い続けていた彼女に尊敬の念を抱いた。

(もっと強くなりたい……)

そんなことを思ってしまうほどに。すると、不意にある考えが浮かんできた。

「セセリア様……一つ提案があるのですが……」

「なんですか?」

「私を強くしてくれませんか?」

「……理由を聞いてもいいですか?」

一瞬の間があった。きっと何を言われるのかわかっていたに違いない。それでもあえて聞いてくれたということは、彼女も同じ気持ちだったということだろうか? だとしたら嬉しい。でも違うなら無理だ。だから私は覚悟を決めて告げることにした。

「私は……セセリア様をお守りしたいんです」

「……」

返事はない。ただじっと見つめられているだけだった。

「だめ、ですよね……すいません変なこといって……。忘れてください」

沈黙に耐えきれず、思わず謝ってしまった。恥ずかしくて顔が熱い。穴があれば入りたいとはこのことを言うんだろうな……。

「いえ、違いますよ」

「へ?」

意外な返答に間の抜けた声が出てしまう。彼女は少し照れくさそうにしているように見えた気がしたが、気のせいかもしれない。

「実は同じことを考えていました」

「本当……ですか……?」

信じられなかった。まさかこんな日が来るとは夢にも思ってなかったので、まだ現実を受け入れられない自分がいる。

「はい……ですけど、その前にもう一つだけ聞きたいことがあります」

「何でしょう……?」

今度は一体どんな質問をされるんだろうか。緊張しながら待っていると、彼女が口にしたのはとても簡単なことだった。

「あなたにとって私は何番目の存在なんでしょう」

「セセリアさま、起きてください」

優しく揺すられて目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「おはようございます」

「うぅ~……おふぁょぉございまふ」

寝ぼけ眼のまま挨拶をする。今日は休日なのでもう少しゆっくりしていても問題ないはずだ。だけどそういうわけにはいかない。なぜなら、目の前にいる人が許してくれないからだ。

「ダメです!すぐに支度をしなくては!」

「むりぃ……あと5分だけでいいから……」

「もう、仕方ありませんね……ではその間に朝食の準備をしておきましょう。それでいいですね?」

「はーい……」

渋々ベッドから出て着替えを始める。その間、彼女はテキパキと動き回って部屋の掃除をしていた。

(なんかメイドさんみたい……いや、むしろ本物の?)

そんなくだらない事を考えながら身だしなみを整える。最後に鏡を見ておかしなところがないか確認した。よし、完璧!

「それじゃあ行きますよ。くれぐれも寄り道などしないようにお願いします」

「はーい」

彼女の言葉を聞き流しつつ玄関へと向かう。扉を開けるとその先には見慣れた光景が広がっていた。ここは王都の中心部に位置する高級住宅街である。

「あれ、珍しいわね。セリが朝早くから外に出てるなんて」

「うん、ちょっとね」

「なんだ、サボってると思ったんだけどな」

「失礼ね!」

「冗談だって」

軽口を叩きあう。いつも通りの日常、それがたまらなく愛しかった。

「おっ、セリじゃん。久しぶり!」

突然、背後から肩に手が置かれた。振り向くと同じクラスの男子生徒がいた。名前は確か……そうだ、アラン君だ。

「あら、知り合い?」

「ああ、セリは俺の幼馴染みなんだよ」

「そうなんだ!ねえ、よかったら今からお茶でも……」

彼が言いかけたところで横から出てきた手が私の腕を掴んだ。そしてそのまま引っ張られるようにして歩き出す。

「えっ!?ちょっ、待っ……」

戸惑っているうちに彼の姿がどんどん小さくなっていく。しばらくして立ち止まるとようやく手を離してくれた。

「いきなりどうしたの?」

振り返った私は首を傾げた。なぜだろう、すごく怒ってるような雰囲気を感じるのだが……。

「どうしたじゃありません!さっきの男は何者ですか!」

「クラスメイトだよ?」

「それだけではないはずです!」……なるほど。つまり彼は嫉妬していたのだ。私に近づきたいと思う人は多い。だが、そのほとんどが彼女によって阻まれている。中には実力行使に出る人もいたが、全員返り討ちにあった。その結果、今の彼女に逆らおうとする人は誰もいなくなったという訳だ。だから私に近づいてきたのが気に食わなかったのだろう。

(まったく……可愛いんだか可愛くないんだか)

そんなことを考えつつ苦笑する。

「別になんでもないよ。それよりそろそろいこう?」

これ以上追及されてボロが出る前に話を切り上げることにした。今はとにかくデートを楽しむことに集中するべきだ。せっかく二人で出かけられた貴重な時間なのだ。有効活用しなければ損というものだろう。「……わかりました。ですがその前に一つ約束してください」

「何?何でも言ってみて」

「絶対に私から離れるようなことはしないでください。もし離れてしまった場合は……」

「わかった、なるべく気をつけるようにする」

「よろしい」

満足げな表情を浮かべると、彼女は再び手を差し出してきた。その手に自分のものを重ねる。すると強く握り返された。

「それでは改めて出発いたしましょ―――っと危ない!」

彼女が急に立ち止まったため、危うくぶつかりそうになる。慌ててブレーキをかけたおかげでなんとか回避することができた。

「もう、ちゃんと前見て歩いてよね?」

文句を言いながらも視線を向ける。そこには小さな女の子が立っていた。

「あの子迷子に……いえ、違うようですね」

よく見るとその子の手には何かが握られていた。それは花の形をした髪飾りだった。おそらく母親にプレゼントしようと買ったものだと思う。しかし困ったことに彼女は転んでしまったらしく膝を擦りむいていた。この状態では一人で立ち上がることもできないようだ。

「誰か大人はいないのかしら……」

周囲を見回してみるものの近くにそれらしき人物は見当たらない。恐らく少し離れた所にいるんだろう。だとしたら探している間に傷が悪化してしまうかもしれない。それに彼女はずっと泣き続けているので、このまま放っておくわけにもいかないだろう。

「私が行ってきます。セリはここで少しの間だけ待っていて下さい」

「ううん、大丈夫。一緒に行く」

即答してから駆け出した。後ろからは制止の声がかかった気がしたが無視して走り続ける。幸いなことに近くまで来ていたためすぐに辿り着くことができた。

「こんにちは、どうかしましたか?」

しゃがみ込んで目線の高さを合わせる。それから優しく話しかけた。

「お姉さんたち誰?」

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