08Erry R erde

 今日は、シンセを持ってきた。これで、たくさん喋れる。


「こんにちは」


 目の前の、男のひと。困惑気味。


「こんにちは」


 シンセサイザー。この部屋に合うように、音の領域を調整。


 よし。


「ごめんなさい。わたし、ピアノがないと喋れなくて」


「あ、いやどうぞ。おかまいなく」


 もう少し、音を調整。たぶんトレーニング器具の何かと反響している。


「あなたは、ご自分のことは、どこまで?」


「自分がなぜこうなったかも、理解しているつもりだけど。あなたがなぜここにいるのかは、わからん」


「じゃあ、わたしのことを喋りますね」


 生まれてから15ぐらいまで、声が出なかったこと。たまたまどこかにあったピアノで、意思疏通ができたこと。声が出るようになってからも、ピアノを弾く指の動きがないと、会話ができないこと。


 そして。


 会話のためにピアノを弾く動きを続けたせいで、肩の関節が外れかかっていること。これを直すと、しばらく両腕を動かせなくなること。そして、それが原因で、話せない身体になるかもしれないこと。


「あ、いやあの」


「はい」


 ジャズじゃなくて、もっと明るいほうが好みなのかな。


「あなたの身の上話ではなく、その。俺との馴れ初めを訊いたんですけど」


「あら。ごめんなさい。勝手にいろいろ変なことを」

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