第4話 邪悪な魔女

 水曜日の放課後。


 僕は駅前スーパーにいた。

そこでまたビビビッとなる。地味な女子だ!

この日もまた、声もかけられずに見送った。


 気を取り直して日用雑貨コーナー。

はたきは最後の1本。右手を伸ばしつかんだ直後。

「どいて、どいて、どいてーっ!」という甲高い声を聞く。


 軽い衝撃のあと、足を滑らせた僕は仰向けに転倒してしまう。

右手ははたきを手放し、代わりにやわらかいものをつかんでいる。


 やわらかいものなんて、世の中には山ほどある。

豆腐、はんぺん、プリン、茶碗蒸しにマシュマロ。


 だけど右手のやわらかいものは、手をはじき返すような弾力がある。

ほどよく温かいのはどうしてだろう。ひょっとするとこれが本当の……。


「温州……みかん?」


 それを掻き消す甲高い声。


「誰が温州みかんですって? 未完だけど……成長途中だけど!」


 面白いことを言う人だ。

本当にみかんかたしかめようと、さらに2・3回にぎにぎする。

うん、間違いない。たしかにみかんだ!


「……で、いつまでそうしているつもり?」


 言われて状況を確認する。はたきをつかんだ直後。

声を聞いて軽い衝撃を受けた。そして今、床に仰向けになっている。

軽い何かが乗っかってきた。そして今、その一部を右手で握っている。


 もう1つ。直ぐに分かったのは、軽い何かは声を出すこと。

これって、もしかして……まさかのまさか。僕が握っているのはみかん。

もとい、どうやら女子の身体の一部、最もやわらかいとされる、胸部!


「ごごご、ごめんなさいっ!」


 景子のだってつかんだことがないのに! 慌てて手を離す。


「いいわよ。元はといえば、ぶつかった私が悪いんだから」


 みかんの持ち主は言いながら体勢を立て直す。僕もそれに続く。

それでようやく、ぶつかってきた女子の姿を見る。


 金髪ツインテール! 鼻はすらっと高く、少し尖った耳がキュート。

腕や脚は折れそうなほど細くて長い。それでいてしっかりと貧乳だ。

それはまるで、魔法少女⁉︎


 僕は思わず「ごくり」と唾を呑む。感触を忘れまいと、何度もグーパーする。


「なに、その手の動き。きもい。うざい。変態。それと、きもい。あり得ない」


 きもいが2回。完全に嫌われている。


「ごごごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさーい」


 慌てて両手を背中に隠す。胸をもむなんて、大変なことをしてしまった。

警察に突き出されても、裁判所に訴えられても文句を言えない。


 だけど魔法少女はそうしない。あっさり許してくれる。


「いいわよ。それよりも、聞きたいことが2つあるんだけど」

「はいっ。僕の名前は武田晴郎。中3です。本日はお日柄も……」


 慌てると自己紹介するクセ、直したほうがいいだろうか。

魔法少女が僕の言葉に被せて言う。


「……よくないわよ。人の胸、育てておいて!

 って、そんなことを聞くつもりじゃないんだけど……」


 魔法少女は金髪ツインテ女子定番の姿勢をとる。

細い脚を肩幅大に開き、ない胸を思いっきり張ると、その下で腕を組む。


「……しかたない。私はバーバー美乃。同じく中3。って、違うから……」


 ノリツッコミをしてくるあたり、常識がありそうだ!

少なくともはたきを持ち逃げしたりはしないだろう。


 いやっ、騙されるな! 見た目のいい女子ほど、心は醜い。

僕は昨日、身をもって思い知ったばかり。昌は天使かと思ったら堕天使だった。

油断大敵! 美乃は魔法少女かと思ったら邪悪な魔女かもしれない。


 はなしを進める。


「聞きたいこと、ですよね」

「そうそう……」


 そこまで言ったあと、美乃が姿勢を微妙に変化させる。

組んでいた腕を解き、細身なのに大きくくびれた腰に当てる。


 仁王立ち!


「……で、どうしてネットスーパーを使わないのよ!」


 怒られているみたいだ。緊張のせいか、正直に答えてしまう。


「直接、手に触れてたしかめたいんです」


 言いながら手をグーパーする。はたきを掛けるには力任せではダメ。

ときには強く、ときには優しく、臨機応変に対処しなくてはならない。

自分の思い通りに動かすには、得物が手に馴染むのが必要条件。


 握り心地は重要。


「……サイテー。何をたしかめてんのよっ!」

「握り心地ですよ……」


 言っているそばから思い出す。さっきまで僕が握っていたモノを。

それは美乃のみかん。あんなに小さいのにあんなにやわらかい!


「……あっ、あれは不可抗力。わざとじゃありませんっ」

「そんなこと、分かってるわよ……」


 美乃はそこまで言って、僕が手放したはたきを持つ。

握り心地をたしかめているようだ。振りまわしたり、持ち替えたり。

その姿はまさに……ステッキを片手にした魔法少女そのもの。ブラボーだ!


「……で、アンタ。掃除は得意なの?」


 やはりそうきたか。僕の警戒心が一気にマックスまで跳ね上がる。

自己紹介したのにアンタ呼ばわり。美乃は邪悪な魔女に間違いない。

無視だ、無視! 相手にしないのが1番だ。


「まぁ、得意の範疇に入ると思いますよ」


 だけどビビビッが邪魔で、正直に言ってしまう。


「だったら次の土曜の午前10時。駅前広場に来なさい!

 待ってるわよ、晴郎くん!」


 美乃がレジの方へと去っていく。はたきをビュンビュンと振りまわしながら。

ブラボー、魔法少女。ビバ、魔法少女!


 そして、見えなくなってから思い出す。


「しっ、しまったーっ。あのはたき、最後の1つだったのに……」


 持ち逃げされた。美乃はいたいけな魔法少女かと思いきや、

はたきを持ち逃げする邪悪な魔女だった!


 右手に握る得物のなくなった僕は、何度かエアーで手をにぎにぎした。

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